第52話 夜はいつか明けて(2)
「……そう。じゃあもう行っちゃうのね……」
朝食を食べ終えて、荷物をまとめた後。私達はカーミラさんの屋敷を後にして帰ろうとしていた。
カーミラさんの表情は眉が八の字を描いて寂しそうだ。私達も出来ることならもう少しいたいのが本心だけれど、姉さんも心配しているだろうし、帰らなくてはならない。
隣にはレオンも来ている。変わらず無愛想な表情を浮かべているけれど、こうして見送りに来てくれるのは嬉しい。
「オレらも帰るところがあるからな。ずっといるわけにはいかないんだよ」
「カーミラさん、色々ありがとうございました!」
「いいのよ。あたしも色々助けてもらったし、楽しかったわ。ねえ、レオン?」
「……何故そこで僕に話を振る」
「いいじゃないの。あなたもお礼言わないの?」
カーミラさんがそういうと、レオンは不機嫌そうにぷいっと顔を背けてしまった。
素直にお礼は言えないようだ。それでもレオンは火山で助けてくれたし、照れ隠しなのだろうと私達も顔を見合わせて笑い合う。
「もう、仕方ないわね。でも割った窓ガラスの弁償の代わりに、ここでしばらく働いてもらいますからね!」
「その話はさっきも聞いた! 何回も聞かせるな、うっとおしい……」
そう。レオンは二日前、この屋敷を襲いに来た時に割った窓ガラスの代わりにしばらくここで働かされることになったんだ。
そのせいで今朝からレオンはまた不機嫌に。おまけに吸血鬼が本来寝ている時間にこうして起こされて、寝不足なためにさらにイライラしているようだ。
「何回だっていうわ! 逃げたら承知しないんだから」
「ふん。ならば僕はその間、お前にたっぷりと吸血鬼としての心構えを叩き込んでやる。精々覚悟しておけ、失格吸血鬼……!」
「えっ⁉︎ い、いいわよ、そんなお気遣いはいらないから……」
「問答無用だ‼︎」
「ひいっ⁉︎」
殺気立ったレオンのあまりの迫力で、カーミラさんは助けてと言わんばかりにオスクの影に隠れてしまった。
……なんだかんだで、カーミラさんとレオンはいいコンビなのかもしれない。初めはいがみ合っていたのが嘘のようだ。カーミラさんもレオンも、お互いに自覚はないようだけれど。
「あのさあ、僕を盾にしないでくれる?」
「だ、だって……レオンの気迫凄いんだもの……」
「ふむ……仲が良いな。妖精に比べれば長いとはいえ、まだ若いか」
「なに年寄りヅラしてんのさ、堅物。帰るんなら早く帰るぞ。こっちは疲れてんの」
そんなカーミラさんとレオンの様子にふっと笑みをこぼすシルヴァートさんにオスクは呆れたように返すと、ゲートの術に取り掛かる。
光の世界のシールト公国に戻るニニアンさんとも一旦お別れだ。
「では、私も戻りますね。また何かあればいつでも呼んでください!」
「はい、ニニアンさんもありがとうございます!」
ニニアンさんは自分で開いたゲートに足を踏み入れ、その姿を消した。
一方で、こちらもオスクが出現させた巨大な魔法陣の中心から光が漏れ出し、辺りを照らしていく。オスクは来た時と同じように、仕上げにその光の中央を蹴飛ばしてゲートを開通させた。
「ほら、通れ! シルヴァートも来るんだろ?」
「うむ。向こうはまだ月が出ていないからな」
シルヴァートさんはオスクの言葉に頷き、ゲートに入って行った。
ゲートの術はそこまで持続が効かない。オスクになるべく負担をかけないよう、みんなも急いでゲートに入って行った。
……みんなが魔法陣の中に入り、残りは私とオスクだけになる。私はもう一度振り返って、カーミラさんとレオンを見据えた。
「じゃあ……帰ります。本当にありがとうございました」
「いいのよ。困ったらまた来てちょうだい。いつでも力になるわ。あたしも、あたしなりに頑張ってみる。あなた達といたら、あたしも努力すれば大きな敵にも立ち向かえるってことが分かったから。あなた達に負けないように、やれるところまでやってみたいと思うから」
「いつかヤツを、『滅び』とやらの元凶を潰せるのなら僕も助力する。お前が何者であろうとも」
「レオン……ありがとう……!」
「……武運を」
レオンはこの時ばかりは口を持ち上げて笑みを返してくれた。顔も晒さず真っ直ぐに、小さいながらもはっきりと。
レオン……昨日の話のこと、気にしていてくれたんだ。
レオンは私の血が精霊に近いのが興味があるとだけ言っていたけれど、これからのことを危惧して自分の血を渡してくれたのも事実。レオンなりに、心配してくれているんだよね……きっと。
私も二人に笑いかけ、魔法陣に向き直る。今度こそその中に飛び込み、アンブラ公国の地から足を放す。次の瞬間、私の目の前は白に塗りつぶされた────
……魔法陣を抜けた先には岩で出来た洞窟の風景が広がっていた。
ゴツゴツとした岩石の道の先には、場違いに思える程の祭壇が構えている。その祭壇を目にして、ここがオスクが以前まで過ごしていた地下神殿だということがわかった。
成る程。オスクがゲートの術を開けるのは夜や洞窟など、暗闇がある場所に限られる。この神殿はそこまで暗くはないけれど、オスクが過ごしていた場所だからゲートを開通出来たんだろう。
「お、ルージュも来たな」
「じゃあ帰りましょうか」
ゲートの先で私とオスクを待っていたらしい、みんなが私達の到着を確認してそう言った。
確かにくたくただ。今はせめて早く戻って身体を休めよう。姉さんへの報告はそれからでも遅くはない。
先に進んで行くみんなを追いかけながら、自分のペースで帰路についていく。
そうしながら、私は周りを見渡してみる。
……以前にも来た、オスクの神殿。ここでオスクと出会って……あれからもう一ヶ月が経とうとしている。
なんだか懐かしく思えてくる。そこまで月日は経ってはいないのに、あの日……オスクと出会った日がずっと前に起こったことのように。長いような、それでいて短くも思える不思議な感覚。オスクと出会ってから色々あって、そして今に至るんだ。
あれから……少しは成長出来たかな?
「どうした? ぼけっとして」
そんなことを考えていると、ルーザが不意にそう聞いてきた。
「あ、えっと。ここに来て……あれから色々あったな、って」
「ふん……まあな。思えばあれがきっかけだったのかもな」
確かに、オスクに出会ってからだ。『滅び』の存在を知って、他の大精霊に会いにいくと決めたことは。それでも、一番の大きなきっかけは……やっぱり、最初のことだろう。
「一番のきっかけは、ルーザと出会ってからじゃないかな」
「はん。違いねえ」
ルーザと出会ってから私のひとりぼっちだった生活は激変した。でもそれは悪い意味ばかりじゃない。友達も仲間も沢山出来たという、確かな軌跡が残っている。
数ヶ月前じゃ、考えられなかったことだ。嬉しくなって、自然と笑みがこぼれる。
「ん? なに、笑ってんだ?」
「ううん、なんでも! さあ、早く追いつかなきゃ」
ルーザと話していたら、みんなとすっかり距離が空いてしまった。ルーザとしまった、と思いながらみんなに追いつくために駆け出す。
今は……今はいいよね。
レシスとルーザになんらかの関係があったとしても。私にまだ何か、私すら知らないことがあったとしても。それを知る日は近い────それなら、そこまで気にしなくてもいいかな。
やがて洞窟を出て、久々に浴びた陽の光に目を細めながら……私はそう思った。
これで5章、アンブラ公国編は終了です!
話数も50話を超えて、量が増えてきたことを実感していますが、物語はまだまだ続きます。
やっと中盤辺りに差し掛かろうとしていますが、書いていないことも沢山あります。これからもお付き合いしていただけると嬉しいです(^^)




