第51話 我が力、死の渇望(3)
私は散乱していたものを拾い上げ、用途を考えを繰り返し……ある一つの方法を思いついた。
私が持ったのは小麦粉袋とマッチと散らばっていた藁。これだけじゃ何をするのかレシスにもわからないだろうけど、これがあれば人形を吹っ飛ばすことも可能だ。
危険な行為だ。やる時には充分注意しないと。
「……ッ! 来たぞ!」
「……!」
レシスの言葉に厨房の外を見た。
生き物ばなれの動きをする人影。人形達はさっきと同じようにカクカクと揺れ動きながら迫ってくる。
『無駄デス、無意味デス』
『諦メテクダサイ。邪魔者ハ排除シマス』
人形は相変わらず感情のこもらない無機質な声を発する。その手には銀のナイフが私を付け狙うようにギラギラと光っている。
人形には感情がない。当然、命を奪うことに対しての躊躇も戸惑いも……。
仕掛けるなら、今しかない!
「なら、その『邪魔者』があなた達を吹き飛ばしたら……どう思うの?」
私はそういいながら小麦粉袋の口を開ける。そして、その中身を人形に向かってぶちまけた!
私とレシスは小麦粉を吸い込まないよう口元を手で覆う。
『ッ。ナンデスカ、コレハ』
『邪魔デス。ヤメテクダサイ』
流石の人形も視界が真っ白になったことで戸惑っている。
……だけど、これで終わりじゃない。目くらましなんて、一瞬の凌ぎにしかならないのだから。私がやるのはもっと派手なことだ。
「すぐに終わるよ。それごと、吹き飛ばしてあげるからっ‼︎」
私はマッチの一本に火をつけて、藁を掻き集めた即席の松明に引火させる。そしてそれを小麦粉の煙幕に向かって放り投げた。
藁につけた火は小さく、それでも大きく揺らめいていく。火の粉を散らし、焦げた臭いが鼻をついた。
「レシス、伏せてっ!」
「あ、ああ!」
レシスも反射的に頭を抱えてその場に伏せる。その次の瞬間、
────ドォォンッ‼︎
爆発音が耳をつんざき、熱風が私達を襲った。それと同時に、人形の無機質な声が途切れる。
……やった。成功だ!
「お、おい。一体、何をしたんだよ?」
レシスは目の前の光景に唖然としている。
人形は『それ』に吹き飛ばされて、全身が粉々になっていた。さっきまでの人型の形は微塵もない。
「────『粉塵爆発』。可燃性の粉が空間に一定の密度で存在している時に着火元があると爆発を起こすんだよ」
少量でも爆発は起こるんだけど、小麦粉の量は相当だった。こうして魔導人形すら跡形もなく吹き飛ばすくらいに。
だけど、危険なことには変わりない。正直、試すのは一か八かだったけれど……上手くいってホッとした。
「……ったく、滅茶苦茶なことしやがって。おかげで魔力も擦り切れてるよ」
レシスは人形を見据えてニヤッと笑う。
人形も再生しようとしているけれど、さっきまでとはスピードが段違いに遅い。魔力が擦り切れたことで、再生する力も削られたんだ。
「さて……オレが直々におまえらに『死』をもたらしてやるよ」
レシスはどこからか大きな刃を取り出した。
反り返った、黒く悪魔の翼を模したような刃……鎌だ。
「れ、レシス、それは?」
「ああ、こっちの方が『仕事』をするには都合がいいからな。剣はあくまで夢の世界にいくための鍵みたいなものだ」
「そ、そう、なんだ……」
レシスは鎌の刃を人形に向ける。その後ろで、私はレシスの姿に戸惑っていた。
その構え方も振り方も……何もかも似ていた。まるで目の前にルーザがいるようで……レシスをルーザと錯覚してしまいそうになる。
「『我、死をもたらす者。我、死を司る者。我が名においてその命の繋がり、断ち切らん』」
レシスは詠唱し、鎌を振り上げる。鎌はそれに反応したようにギラッと輝く。
そんなレシスの後ろ姿はまるで────
「『デスディザイア』‼︎」
レシスは人形を切り裂く。人形は繋ぎ合わせていた力を断ち切られて形を保てなくなり、ガラガラと崩れ去る。
レシスのその姿はまるで、死をもたらす『死神』だった。
……人形が破壊された後の厨房には静寂が訪れていた。
足元には魔導人形であった陶器の破片が散乱している。最初からこうだったというように……動いて私達を追いかけていたのかさえ、疑わしくなってしまう。
レシスはそんな欠けらを摘み上げ、動かないことを確認するとポイっと放り捨てた。
「……これで追いかけっこも終いだな。苦労させたな、ルージュ」
「う、うん。えっと、『夢の世界』のことはいいの?」
「心配ねえよ。確実に近づいてきている。あの人形が追いかけてきたのが証拠だ」
レシスは人形の欠けらを指差す。
確かに、邪魔立てしてくるのはその術者……レシスが逃げ出した『支配者』にとってはまずいことになるのだから。
だけど、私にはもう一つ気になっていることがあった。
「レシスは……何者なの? 『死の渇望』って、あれじゃあまるで……」
それ以上、言葉が繋がらなかった。どう言えばいいのかが、わからなくて。
それに、少し恐ろしいような気もした。相手を『死』に至らしめる程の力を……いや、『死』そのものを操るような力で。もしかしたらレシスは……と、私はとある可能性を疑っていた。
でもレシスはいつものようにフッと笑う。
「……別に隠すつもりは無かったんだがな。オレは『死』を司る、死の大精霊だ」
「や、やっぱり!」
さっきの力でなんだかそうじゃないのかとは思っていた。
それに、レシスが人形を見た時に言った……『生ける者』じゃ、自分に敵わないということ。それはその生ける者の『死』を操れるということだ。それでその術者も魔導人形をレシスを捕まえるためにここに来させたんだろう。
「あまり言いたくは無かったんだかな。『死』なんて、色々誤解されるところもあるし、聞こえも良くないだろ?」
「うーん……まあでも、レシスが信用出来る相手ってことは変わらないから」
「はん、そうかよ」
レシスは私を気遣ってくれたし、私を見捨てたりもしなかった。それだけで信用出来るのには充分だった。
でも、レシスが死の大精霊なら……オスクが隠している、私とルーザのことも知っているのかもしれない。大精霊達はどうしてだか私とルーザの名を聞くと何らかの反応を示していたから。
でも、今聞いていいのかな? ルーザとオスクがいる前で聞いた方がいいんじゃ……。
「……焦らずともその時は近い。それが『決行』の時だからな」
「え?」
迷っている最中、レシスが私が思っていることを見透かしたようにそう告げてきた。
けれど、訳がわからず疑問がますます深まるばかり。『決行』とは一体なんなのか、さっぱり理解できなくて。
「じゃあ、今回は時間もないからな」
「え、あ、ちょっと⁉︎」
私が聞く前にレシスはさっさと私を現実に戻すための術をかけてしまった。
声が途切れ、意識がブレて、視界がぼやけていく。伸ばした手は届かずに指先が虚空を仰いだ。
私が言葉を紡ごうとした次の瞬間には、目の前が真っ白になっていった────




