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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第5章 交錯への序曲
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第51話 我が力、死の渇望(2)


 今いるこの場所は、どこかの建物……屋敷の廊下のようだった。建物に使われている石は白いもので、カーミラさんの屋敷の様子とは正反対。それでも曲がり角が多いこの廊下はカーミラさんの屋敷と同じように迷路と錯覚しそうになる。

 今回は目的地がない分、デタラメに走っても問題ないけれど……行った先で人形と鉢合わせするのは御免だ。


『ミコサマ、逃ゲテモ無駄デス』


『アノ方ガオ待チデス。オモドリクダサイ』


「誰が戻るかよ、こっちから願い下げだ! 『ディスピアーレイ』‼︎」


 言うが早いか、レシスは黒い閃光を人形に向かって容赦無く放つ。

 これは私も吹っ飛ばされた魔法だ。当然のこと、人形は耐えきれずに再びその形が崩れていく。


「今のうちだ、距離をとるぞ!」


「うっ、……ッ。はあ……はあ……」


 返事は出来なかった。

 私は苦しくなって胸を抑える。うん、と答えようとしたのだけれど、言葉が出しきれずに喉の手前で詰まった。

 昼間に火山に行ったことでの疲労のせいだ。いくら意識だけこの記憶の世界に飛ばされていても、疲労が溜まっているのは変わらない。横になってすぐここに来たから、充分に回復する時間も取れなかった。


「お、おい。大丈夫か?」


「ご、ごめん……。走らなきゃいけないのはわかっているけど……足がもうふらふらで」


「……ッ、そうか。悪いな、無茶させて」


 レシスは私の背中を優しくさすってくれた。

 人形の狙いはレシスだ。私を見捨てて逃げる方が絶対にいいのに、レシスはそれをしなかった。それはありがたいけれど……レシスに申し訳なくなってくる。


 ……後ろからガシャガシャという音が聞こえてくる。確認するまでもない、人形がまた再生してしまったようだ。

 スタミナに限りがある私達とは違って、人形は術者の魔力によって動かされるから、その体力は無尽蔵だ。壊されても再生し、対象の体力が尽きるまでとことん追いかけ回す……人形は始めからそうするつもりなのだろう。


「チッ、オレだと回復は出来ないからな……あの手を使うのも後で響くし……」


「『あの手』、って……?」


「オレの中での最終手段だ。それを取るにはまだ早いからな」


 レシスはそういいながら、廊下の隅にあった壺に手を伸ばす。その中身を確認して、人形を睨みつける。


「こういうのはシンプルにいくか!」


 レシスは壺を人形に向かって投げつけた。

 カシャンッ! と音を立てて割れる壺。途端に、その中身がドロドロと床に滴っていく。

 褐色に濁った油だ。さっきのはどうやら油壺だったようで、辺りの床一面は当然油で覆われる。もともとつるつるとしている陶器製の人形はブレーキをかけることもできず、ぬめりがある油に足を取られて派手に転んだ。


『オヤメクダサイ、オヤメクダサイ』


『コンナコトヲシテモ無駄。コチラニモドッテクダサイ』


「無駄っていえるのか? ならそこから立ってみろよ」


 レシスはニヤッと笑いながら人形を挑発する。

 人形は廃油の水たまりに足をとられてなかなか体勢を戻せない。立ち上がろうとしてもツルッと滑り、足がまた割れて壊れていく。


「今のうちだ、距離をとって離れてから休むぞ!」


「う、うん!」


 そうだ、人形が動けない隙に距離を稼いでしまわないと。休むのはそれからでもいい。

 小刻みに震えてる足にムチ打って、床を蹴って立ちあがる。廃油に足をとられている人形を背に廊下を駆け抜けた。


 レシスは私が遅れそうになると後ろを振り返って、追いつけるまで待ってくれた。私はレシスにお礼を言いながらなんとか走りきる。


「……よし、ここまで来ればかなりの距離はとれただろ」


 レシスは廊下を進んだ先にあった、厨房のような部屋で足を止めた。

 私も少しでも疲れをとろうとその場に座り込む。視線が低くなると、厨房の床に置かれたものが視界によく入ってくる。藁に小麦粉袋、マッチなど……使いかけのものが乱雑に散乱している。


 一見しただけではただ置かれているゴミや調味料だけど、足止めに使えるものは多いかもしれない。実際に、油はかなりの時間稼ぎになった。


「丁度いい、何か使えそうなものがないか探すか」


「う、うん」


 こういう時は魔法より、こういったベタなものが役に立つ可能性が高い。人形も魔法で足止めしてくると思っているのなら、その意表を突いた方がより効果的だ。


 小麦粉とか……目くらましに使えないかな?

 床に散乱しているものを物色して、作戦を考える。でもいざとなったら、レシスには私を見捨てて逃げてもらった方がいいような……ふと、そんな考えが浮かぶ。


「駄目だ」


「え?」


 レシスは首を振り、私を見てきた。

 鋭い、真剣な眼差し。私はそんなレシスの目にたじろいだ。


「お前も捕まえられるわけにはいかないんだよ。あの人形はお前が思っているより凶悪だ」


「えっと……それってどういう」


「あいつらはオレしか興味がない。逆に言えば、それ以外はどうなったって構わないってことだ。アレの術者は目的のものが手に入れば、あとは朽ち果てようがどうとも思わないんだよ」


「────‼︎」


 それを聞いて、背筋に寒気が走る。

 レシスが逃げ出したところの『支配者』は私が思っていた以上に冷たくて掴み所がない。

 ならあの人形は、最初から私を殺すつもりでナイフを……。その光景が頭にフラッシュバックして、サッと血の気が引いた。


「……だから逃げ出したんだ。オレはあいつの言いなりになんかならない。だから反抗する、どこまでもな」


「レシス……」


「安心しろ。お前を殺させるような真似はさせねえよ。その前にオレの手で仕留める」


 レシスは剣に触れながら、不敵に笑う。

 そう言ってもらえると、なんだか安心感がある。私も思わずレシスに笑みを返していた。


 なら私はせめてお荷物にならないように人形の足止めを考えないと……そんな静かな、それでも強い思いを胸に、手元にあるもののみで実行できる精一杯の作戦を練っていく。

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