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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第5章 交錯への序曲
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第51話 我が力、死の渇望(1)

 

 レシスに言われて見据えた先。そこには二つの人影がうごめいているのが見えた。それだけなら良かったものの……それは、ただの人影じゃなかった。


 人型なのは確かなのだけど、動き方が異常だ。頭がカクカクと揺れて、腕はあり得ない方向に曲がりながら進んでいく格好。まだどんな奴なのかはっきりしていないだけに、恐怖感で鼓動が早まる。


「れ、レシス、何あれ?」


「さあな。わかっているのはオレが逃げ出してきたところの支配者が差し向けたってことぐらいだ」


 支配者……確かレシスは、夢の世界にいるらしい精霊との約束を果たす以外にも、その人に反抗する意思を示すために記憶の世界へと来たと言っていた。

 その「支配者」が差し向けたというのなら……レシスを連れ戻しに来たということだ。


「────‼︎ 来るぞ、構えろ!」


「ッ⁉︎」


 レシスの声に反応する前にはその影が目の前まで来ていた。

 薄い淡黄の身体。その表面は磨かれているのか、つるんとして滑らかだ。髪をまとめた、人間体の女性の姿をしているけれど……その表情も、瞳も、全てが作り物である、陶器製の魔導人形だ。


 魔導人形だから、あんな生き物らしくない動きをしていたんだ。ようやく納得がいく。

 それでもこの二つの魔導人形達はレシスを連れ戻しにやって来たんだ。その『支配者』が操っているのは明白だし、どんな手を使ってくるのかわからない。


『ミツケタ……ミツケタ……ミコサマ』


『ミコサマ、オモドリクダサイ』


 レシスのことを見た途端、魔導人形達はぎこちなく口をパクパクと動かして音を発する。当のレシスはそんな魔導人形達の言葉を鼻で笑った。


「ふん、『生ける者』じゃオレに敵わないから、人形をよこしたってわけか。全くもって、アイツらしい」


「レシス、『ミコサマ』ってなんのこと?」


 人形が口にした言葉について、私は尋ねずにはいられなかった。その『ミコサマ』というのがレシスのことだとは理解出来るのだけど、意味がよくわからない。

 予想出来るのは『神子』ということだろうけれど、どうしてそんな呼ばれ方をされているのかがわからなかった。


「なんの意味も無い。オレはその『反逆者』だ。神子なわけあるか」


『ソレハイケマセン』


『アノオ方ノ命令デス、オモドリクダサイ』


「アイツのことなんか信用しない。オレは何処までも抗うって決めたからな」


『ミコサマ、コチラニ』


『オモドリクダサイ、オモドリクダサイ』


「オレは縛られたりなんかしない。テメェらの都合なんざ知ったことか」


 レシスは人形の言葉を振り払うように剣を構える。

 魔導人形達は相変わらず、レシスに向かって『オモドリクダサイ』とだけしか言っておらず、その声には感情は一切篭っていなかった。

 と、いうより言葉の受け答えがさっきから出来ていない。横から見ていると人形は同じ言葉を繰り返すばかりで、レシスが一方的に話しているような感じで……そんな光景を見せられて、私はさらに戸惑う。


『アノ方ノ命令デス。ミコサマ、コチラニ』


「はん、それしか言えねえのかよ。どうせわかってたけどな」


「レシス、その……やっぱり捕まえに来たってことだよね?」


「ああ。人形なら従順だからな。与えられた命令をこなすだけ。慈悲も感情もないなんて、これだけいい手駒はないだろ」


 ……成る程。確かに、容赦無く捕まえに行くだけなら、魔導人形はその状況にうってつけだ。言われたことをただ果たすのみ……それは私とレシスにとっては厄介極まりなくて。

 魔導人形達はカクカクと頭を揺らしにじり寄ってくる。そんな生き物らしからぬ動きで這い寄ってくる光景は恐怖でしかない。エメラがここにいたら、間違いなく気絶していただろう。


「やられる前に……こっちからやってやるよッ‼︎」


 言うが早いか、レシスは素早く剣を振り下ろし、人形を切り裂いた。途端に、カシャンッ! と陶器が割れるような音が響き渡り、人形の腕が吹っ飛んで粉々に砕け散る。

 人形だけど、やっぱり腕が飛ぶのはゾッとする光景だな……。


 でも人形もそれだけでは動じない。片腕を失っても、そのままの体勢で襲いかかってくる。

 私も怖がっていないでやらなくちゃ。レシスを捕まえに来ているのだから、私がせめてオトリにならないと!


「『ルミナスレイ』!」


 一点に集めた光を人形にぶつける。着弾した表示に人形の胴体にヒビが入り、ガラガラと崩れていく。

 や、やった……!


 ……と、一瞬は喜んだけど、不安が拭いきれない。あまりにもあっさりしすぎている。レシスが逃げ出す程の術者が操るものだ、こんなに簡単にいっていいものなのか。

 ────そう思っていたら、人形の欠けらが不自然に動いた。


「……え」


「……ッ! 下がれっ、ルージュ!」


「うわっ⁉︎」


 切羽詰まったようなレシスの声が聞こえると同時に、腕を引かれて強制的に後退させられる。

 私が驚いている間も人形の欠けらはより一層動きを激しくしていき、一点に集まっていく。やがて……元の人形を形作った。


「さ、再生した……⁉︎」


「チッ、通りで簡単に壊せると思った」


『ミコサマ以外ハ不要……排除シマス』


「……っ!」


 人形が光る何かを振り下ろしてくるのが、嫌でも視界いっぱいに突き刺さってくる。

 銀のナイフだ。迷いなく私を刺そうと迫ってきてる……!


「させるかっ!」


 ナイフが私を今にも切り裂こうとした瞬間、ガツンッ‼︎ と金属がぶつかり合う音が耳をつんざく。人形の手からナイフが落ちて、床に落下。レシスが剣でナイフの攻撃を相殺してくれたようだ。


「あ、ありがとう……」


「礼なら後にしろ。それにしても……見た目で判断とは落ちぶれたな。所詮は人形か」


 レシスは人形を睨みつけて吐き捨てる。その眼差しは冷たい。私と対峙した時だって、そんな目はしていなかったというのに。

 レシスは人形にナイフを拾わせまいと剣を間髪入れずに振るう。そのおかげで私もなんとか体勢を立て直せた。そんな私の動きに人形達はカクカクと首を横に曲げる。


『アナタハ、ナンナノデスカ。邪魔デス、不要デス』


「あなた達にとって不要でも私はそうはいかないの! そっちこそ邪魔しないで! 『リュミエーラ』!」


 人形に光弾をぶつけて人形を吹っ飛ばす。

 再生してしまうけれど、時間は少し稼げるはずだ。この間になんとかする方法を見つけないと。


「人形を止める方法とかないの?」


「一つ、あることはある。人形に繋がれている術者の魔力を死滅させれば動かなくなる」


「え、そんなこと出来るの?」


「お前にも一回やったことあるぞ。光弾とお前の魔力を消し去っただろ」


「あ、そういえば……」


 レシスと以前に対峙してしまった時に、レシスに対して放った『セインレイ』が当たる前に何かをして消滅させられてしまったんだ。その時にレシスがやったことが、その術者と魔法の繋がりを『死滅させる』ことなんだろう。

 そんなことが出来るって……やっぱり、レシスは普通の精霊とは思えない。


「だが……今は無理だな。人形と魔力ががっちりくっついて離れない」


「そうなの?」


「ああ、オレの術はあくまで弱っているものを死滅させる程度だ。問答無用では消し去れない。それじゃあ『絶つ』方が正しいし、それはどちらかというと……」


「え?」


 何故か、レシスは不意に私を見る。

 何かを悔いるような……不機嫌とはまた違う、鋭い眼差し。私がそれに気づいているとわかると、レシスは慌てて目を逸らした。


「とにかくだ。今はどう足掻いても人形は無力化出来ない。まだ状況をひっくり返せる一手がないんだ」


「そんな……どうしたら」


 レシスは人形の欠けらを見据えて顔をしかめる。

 人形が砕けてもそれが出来ないのだとすれば、人形が砕いて欠けらにするだけじゃ駄目ってことか……。


「繋がれている魔力が擦り切れたなら、出来るかもしれないがな」


「擦り切れるって……どうやって?」


 そう聞くとレシスはニヤッと笑ってみせる。

 ……嫌な予感しかしない。


「決まってるだろ。その時が来るまで走れっ!」


「ええーーっ⁉︎」


 それは見事に嫌な方向へ的中。なんの前触れもなく走り出したレシスを慌てて追う。

 背後からはまた再生した魔導人形がまた『オモドリクダサイ、オモドリクダサイ』と言いながら床を滑るように追いかけてくる。


 うう、あんなのに捕まりたくない……!

 恐怖で顔が引きつってくる。それでも、今はとにかく前に進むしかない。後ろの恐怖の対象を見据えながら、私とレシスは前だけを目指して未知の建物の中を駆け抜けた。

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