第49話 点在する統率者(3)
いつの間にか剣を構えて戦う体勢を整えたシルヴァートは手を頭上に掲げる。すると……その指先にこんなところでも寒いと感じる程の強力な冷気が集まっていく。冷気の塊はたちまち巨体な雲と化した。
「『氷幻華槍』‼︎」
その雲から鋭く、そして水晶のごとく澄んだ大きなつららが何本も形成されていき、そのつららがマグマに向かって一直線に飛んでいく。
流石は大精霊の力というべきか、高音のマグマですら表面が一気に冷えて黒ずむほどの威力。シルヴァートの魔法によって、僅かだがマグマの動きが鈍くなった。
「ニニアン、僕が抑え込んでいる内にやれっ!」
「は、はいっ!」
魔力で形成した鎖で結晶の周りにあるマグマの動きを封じ込めながら指示を飛ばすオスク。それにニニアンはすぐさま頷き、早速浄化の術を結晶に向けて放つ。
────が、それはマグマから千切れた炎によって掻き消された。
「そ、そんな!」
しかもそれだけで終わらなかった。炎が辺りに飛び散って、火の玉がいくつも出現していく。魔物とまではいかないが、それは何らかの意思を持って動いている。
こいつは……どう見てもあの結晶が抵抗するために放ったものだった。結晶が邪魔をするな、とでも主張しているかのようだ。早く結晶をなんとかしないと噴火までの時間がないというのに……!
「チッ、この状態だと僕らは応戦出来ないな……。お前らでなんとかしてよ」
「頼む。なんとかオスクとでマグマを抑え込むためにも」
「ああ、任せろ!」
「あたし達だけ何もしない訳にはいかないものね!」
異変を止めようと必死になっているオスクとシルヴァートに嫌という選択肢なんか始めからない。オレらも出来る限りのサポートをしようと、各々の得物を構えた。
大精霊である3人に比べたら妖精のオレらがやれることなんて小さなことだろうが、何もしないで突っ立っているよりはずっといい。
覚悟しろ、そんな気持ちを込めてオレは鎌を振りかぶり、力任せに目の前の敵を切り裂かんと振り下ろす。
「『カタストロフィ』!」
鎌から衝撃波を放ち、火の玉を吹っ飛ばす。
個体ごとはあまり強くもないし、簡単に吹き飛ぶが数が多い。なんとかオスクとシルヴァートに近づけさせないように、2人を防衛するしかない。
「『スカーレットレイ』!」
「『ブラッドムーン』!」
カーミラとレオンも魔法を放って応戦する。紅い閃光と、紅い月から集めた光でのレーザーが火の玉に襲いかかり、そして消滅。
流石吸血鬼だ。おかげでかなり火の玉を消し飛ばせた。
その後もさらに火の玉を撃破していき、シルヴァートとオスクがマグマを抑え込める時間を稼ぐ。おかげでマグマが黒ずんでいる面積も徐々に増してくる。
しかし、元凶である結晶は未だに健在だ。倒しても倒しても火の玉は次から次へと量産され、オレらに襲いかかってくる。これは最早、数の暴力。尽きることのない敵にオレらは徐々に押されていった。
このままじゃやられる……! そんな気持ちがよぎった、その時。
「……ルージュ、ゴッドセプター! 今すぐ出せ!」
「えっ⁉︎ う、うん!」
不意に飛んできた、オスクの指示。反射的にルージュはカバンに手を突っ込み、あの長い杖を取り出した。
妖精が一人で扱える代物じゃない。支えきれずにふらついたルージュを咄嗟に支える。
「あっ、と。ありがとう、ルーザ」
「礼はいらねえよ。それで、どうすればいい?」
「王笏に収めたエレメントを通じて、大精霊の力を借り受けられるんだよ。手段が手段だから頻繁に使われちゃ堪んないけど、今はそんなこと言ってられないからな」
マグマを抑えながら、オスクは辺りに密集する火の玉を見据える。
「『滅び』が生み出したものとはいえ、あれはただの炎に過ぎないんだ。水でもぶっかけりゃ消火もできなくないだろうけど、数が多すぎて一人じゃ対処しきれないのが目に見える。だけどお前らをニニアンもう一人分に見立てれば、全滅させられるかもしれない。てな訳で、水の大精霊サマ、後は任せた」
「ふええ⁉︎ そんないきなり!」
急なご指名に、ニニアンは目に見えて狼狽える。だがオスクの態度は真剣そのもので、そんなニニアンに対して声を張り上げた。
「うっさい、文句言うな! アンタだって曲がりなりにも大精霊だろうが。少しは胸張って先導しろってんだ!」
「う。は、い……できるか全く、これっぽっちも自信ないですけど……はい! あ、あのあの、お2人とも王笏を掲げて、たくさんの水を強く想像してください!」
「あ、ああ!」
おどおどしながらも説明してくれるニニアンの動きに合わせ、ルージュとうなずき合って王笏を構えた。その途端、動きに反応したかのように王笏の中央にある宝玉が光を宿す。
水……ニニアンの泉にあったような、澄んだ水を……!
「その調子です! 放つまで気を緩めないでくださいね!」
「は、はい!」
ニニアンの指示に従い、ゴッドセプターを2人掛かりで高く掲げる。それと同時に、王笏は水を思わせる蒼い光に包まれていった。
そして────その光と水が溢れ出した瞬間、ニニアンの「今です!」という合図に合わせ、
「「『アクア・カタルシス』‼︎」」
2人で支え合いながら、王笏に溜まっていたエネルギーを一気に放出する。
……途端に。水の塊が頂上一帯を覆い尽くし、火の玉を包み込むと同時に吹き飛んだ!
「ぐっ……!」
その反動で吹き飛ばされそうになる。だが、ここで負ける訳にはいかない。オレもルージュも、ニニアンも、仲間たちも気合いと根性で地面にしがみつく。
だが、おかげで効果は絶大だった。衝撃が収まったころにはオレらを取り囲んでいた火の玉は消え去っていて、あれだけ暴れていたマグマも大精霊2人の尽力によってすっかり大人しくなり、あのどす黒い表面が露わになっていた。
「今だっ‼︎」
その隙を見逃す筈がない。その声を合図に、オスクとシルヴァートは同時に浄化の術を撃ち込む。
……術に貫かれた結晶はみるみる内にそのどす黒い色を失い、粉々に砕け散る。形を失った結晶は冷えて黒くなったマグマに飲み込まれていき、やがて見えなくなった。
「うあ……」
力が抜けて、オレはその場に座り込む。
もう満身創痍だった。他の仲間も同様だ。しゃがみこんだり、イアなんてその場に大の字になって寝転んでいる。
「や、ったね……!」
「も、もう動けねえ……」
全員、息をゼエゼエと切らして顔が真っ赤。
登山に、ヴリトラとの戦闘、『滅び』の結晶の破壊に、そして……魔法具で守っているとはいえ、この火山という過酷な環境下。この短時間で身体を酷使していたことを表情は物語っていた。
『滅び』の結晶が消滅したマグマは、さっきまでの状態が嘘のように活動が穏やかになっている。あの揺れも、千切れた炎も、今はどこにもない。今ではシルヴァートの魔法によって表面が冷え切って、ただの岩石と化していた。
これで終わった。『滅び』よってもたらされようとしていた災いが。
そう思っていた。そう思いたかった。────だが、その希望は突如として聞こえてきたおぞましい唸り声によって掻き消された。
『……グルアアッ‼︎』
「なっ……⁉︎」
地の底から這い出してくるような、そんな獣の唸り声。その声を響かせるのは闇のような漆黒の鱗に覆われた、まさに『悪魔』としか表現しようのない怪物。
その『悪魔』を目にした途端、オレらの表情に絶望感が写る。
ここに来る前にレオンによって動きを封じられたはずの、『吸血鬼殺し』────ヴリトラだ。
「な、なんであいつが……! レオンの命令で動けない筈だったろ⁉︎」
「ぐっ、おのれ……あの量の血では数分が限界だったか……!」
レオンは悔しそうに顔をしかめる。
こんな状態じゃ、とてもじゃないが応戦なんてできない。オレもルージュも他の仲間も、オスクでさえ力を使い果たして地に伏していた。
「……動けるのは、我らしかいないようだな。ニニアン、なんとしてでも魔竜を止めるぞ」
「は、はい!」
まだ戦える程の力があるのは途中から助力したシルヴァートとニニアンだけ。2人だってまださっきの疲れが完全にとれているわけでもないが、なんとかヴリトラに立ち向かう。
────だが2人が攻撃する前に、ヴリトラは天から降ってきた閃光に吹き飛ばされた!
『グォアッ⁉︎』
ドカン! と大きな音が響き、土煙がもうもうと巻き上げられる。その土煙が晴れるとヴリトラは力尽きて派手に倒れこむ。そして次の瞬間にはその身体は消滅していった。
な、何が……?
突然のことにシルヴァートもニニアンもその場に固まる。その頭上からゆっくりと……黒いマントをなびかせた一つの影が降りてきた。
「……胸騒ぎがして来てみれば。間一髪だったようだな」
「お、お父様⁉︎」
黒のタキシードと、これまた黒いマントに身を包む男の吸血鬼。カーミラの父親だった。
紅い月をバックにした、威厳のあるその姿。身体を悪くして棺で横になっていた時とは雰囲気がまるで違う。弱っていたとはいえ、あのヴリトラを一発で仕留めるとは……カーミラの父親も相当な化け物だ。
カーミラの父親は地面に降り立つと火口を覗き込む。その状況を一瞬で理解したらしく、オレらに頭を下げた。
「君たちが火山の噴火を止めてくれたのだな。感謝しよう」
「い、いえ。こちらこそ、助けていただいて、ありがとうございます」
そんなカーミラの父親にルージュはおずおずと礼を言う。
この吸血鬼が来てくれなかったら、オレらはヴリトラにやられていたかもしれない。……ギリギリで助かった。
「あーあ。もうちょっと早く来れなかったわけ? おかげでヘロヘロなんだけど」
「オスク。恩人にそのような言い方はないだろう」
オスクをたしなめるシルヴァートの言葉に、カーミラの父親は首を振る。
「……貴方の言う通りだ。娘と、客人に危機が迫っているというのに、私は早く来れなかった。申し訳ない……」
「お父様、いいのよ。こうして助けてくれただけで嬉しいわ。だから……一つ我儘を言ってもいいかしら?」
「よし。聞こう」
カーミラの父親はカーミラの言葉にすぐに頷く。カーミラはありがとう、と言いながら、その我儘を話した。
「これだけお客様がいるんだもの、お礼にたくさんのご馳走を作ってあげたくて。みんなくたくたに疲れちゃってるから、せめて美味しいものをいっぱい食べて元気になってほしいの」
「うむ。そうだな、それがいい」
カーミラはまたにっこりと笑う。
確かに、動きすぎで腹が減った。こんな状況でのカーミラの提案はありがたいことだ。
オレらは顔を見合わせて笑い合う。
────空に浮かぶ紅い月は、不気味な色とは真逆に、そんなオレらをいたわるようにその光で照らしていた。




