第49話 点在する統率者(2)
遠写の水鏡は先日、水の大精霊・ニニアンから譲り受けたアイテム。このアンブラ公国に来る前にも状況確認に使った道具だ。
恐らく、これを使って何かを写し出そうって気だろうが、使うには水がいる。こんな火山の頂上で、水なんか一滴だってある筈がない。水分補給用に水筒も持ち込んで入るが、その中身だって残りわずかで杯を満たすには到底足らない。一体どうする気なんだ?
「無ければ作り出すまでっしょ。ほら雪妖精、氷作れ。今すぐ!」
「えっ。あ、はい!」
突然名指しされてたことに驚きつつも、フリードはすぐさまうなずいてその場で詠唱を始める。
そうか、氷を溶かすという手があったか。それならば氷を大量に作れば水鏡を使えるようになるまで水を作り出すことができる。
だが、オレらにはカーミラからもらった魔法具の効果で暑さを凌げているが、当然水鏡にまでその力は作用してない。フリードが氷を生み出してやがてそれが溶けることによって水を生成できたはいいが、火山の高温によって間を置かずに蒸発し始めてしまう。
それでもフリードはめげずに何度も氷を作って杯を氷で埋め尽くす。その甲斐あって、なんとか呪文が使える程度に杯が水で満たされた。それが消えて無くなってしまわない内に、早速オスクは水鏡を使う準備に取り掛かる。
「その杯で何かするの? あたしには想像できないんだけど」
「いいから、見てろよカーミラ。オスクが何をしでかすかは知らんが」
「しでかすとは失礼だな。いいからやるぞ!」
オスクはオレに抗議しつつ手を水鏡にかざして、早速詠唱を始める。
「『カステフティス・マーレ。新月の大精霊を写せ』!」
オスクが呪文を唱えた途端、それに反応した水鏡の中の僅かな水は波立って、ゆらゆらと揺らめいていく。やがてぼんやりと淡い光を放ち……水の中で像が写し出された。
一面が氷に覆われた広間。その景色をバックに、見憶えのある長い白銀の髪を持った男の姿が水の中に浮かび上がる。
忘れる筈がない。新月の大精霊、シルヴァートだ。水鏡が写したのは氷河山でのシルヴァートの部屋だったんだ。
『……む? オスクか。どうしたというのだ』
「説明は後。『滅び』絡みの緊急事態だ、今すぐ来い!」
『成る程。して、場所は?』
「アンブラ公国、中央火山の頂上」
『……承知した』
水鏡の中に写るシルヴァートは状況を理解したらしく、頷いて見せた。
それを確認したオスクは水鏡を指先でコツコツと叩く。水鏡に写りこんだ像は波紋によってぼかされていき、やがて元の透明な水に戻った。
「さて、次は……」
オスクは再び同じ呪文を詠唱する。
……今度は澄んだ水がたっぷりとたたえたれた池が多くある森の中の景色。見てからそこまで時間も経っていないから、すぐにシールト公国の離島の景色だとわかった。
そして水の中に大きく写し出されたのは、鮮やかな水色の長い髪を持った女、水の大精霊ニニアンだ。
ニニアンはいきなりオスクが水鏡で写したことから、びっくりという表情を見せていた。
『お、オスクさん⁉︎ どうかなさいました?』
「どうかあったからこうして写したんだ。ちょっと手伝ってもらいたくてな」
『は、はい。私で良ければ助力します!』
「よし。なら、どこでもいいから暗い所に移動しなよ」
水鏡の中のニニアンはそう言われて、前にも見たことがあるニニアンが出て来た洞穴へと入っていった。オスクはそれを見ると、大きな魔法陣を描く。
オスクが世界を渡り歩くための術、ゲートだ。アンブラ公国に来る時にも見た方法だ。それを使って、ニニアンをここに呼び寄せようという気なのだろう。
ニニアンがゲートの術を展開するのには水があることが絶対条件だ。ここには水は一滴たりとも存在しないから、ニニアンはゲートを開くことが出来ない。それでオスクが開くという訳か。
ニニアンがその魔法陣をくぐる様子が水鏡に写し出されると……残り僅かだった杯の中の水が全て蒸発した。
「は、はわわっ! なんですか、ここ⁉︎」
ゲートをくぐってこちらに来たニニアンは目の前の光景に慌てふためく。
今の今まで、水で溢れかえった場所からこんなマグマが煮立った場所に飛ばされたら、驚くのは当然だ。
「言っただろ、手伝ってほしいって。その場所が火山ってだけ」
「驚く要素が満載すぎです‼︎ これじゃ、蒸発しちゃいます……」
ニニアンの言うことも最もだ。いきなり火山に飛ばされて、驚かない奴の方が珍しい。……本当に蒸発するかどうかは知らんが。
そんなことを考えていると、上空から一つの影が飛び降りて来た。白銀の髪を熱風になびかせる男────新月の大精霊、シルヴァートだ。
「……成る程、状況は把握した。あの結晶を破壊しようというのだな」
「そういうこと。流石にあれじゃ、僕一人だと厳しいからな」
「シルヴァートさんはなんでそんなに冷静なんですか……」
ニニアンは驚きと呆れが混じった複雑そうな表情でシルヴァートを見る。
「如何なる時でも、万事動じずに冷静である。大精霊としての当然の心構えだ」
「え、えとえと……とても真似できないです」
「いいからやるぞ! 今こそ大精霊の力、合わせる時だ!」
オスクの言葉でニニアンもシルヴァートも火口のマグマに向きなおる。相変わらず、マグマは膨張して爆発寸前だ。
「ねえ、ルーザ。この2人は誰なの?」
「新月の大精霊、シルヴァートと水の大精霊、ニニアンだ」
「え、ええっ⁉︎ 大精霊様⁉︎」
「3人の大精霊と知り合いとは……お前達、一体何者だ?」
「知るか。あの闇の大精霊にでも聞いてくれ」
驚くカーミラとレオンにそう言っても2人は納得がいってないと言わんばかりに、頭上にハテナマークを浮かべている。
だが、オレだってわからないものはわからないし、それに今は呑気に話している場合じゃない。目の前のマグマという巨大な敵が、今も迫って来ているのだから。




