第6話 目線の転換(1)
今回は視点が変わっています。後々増やす予定です。
日が昇ってきて、その高さをだんだんと増してきた頃。
いつも通りののどかな朝。なんの変哲もない、それぞれが学校やら仕事やらに向かう時間帯だが……ここにいる一人にはそうではなかった。
「じゃあ行ってくるね」
「ああ」
街散策の翌日、オレ……ルーザは学校に行くルージュを見送っていた。
突如、この世界に放り出されたオレには当然、ここの学校に行くことはないし、権利もない。だからこうしてこの家の主であるルージュを見送る他なかった。
なんだかズル休みしているようで気分はあまり良くないものなのだが……ここの学校にいきなり『通わせてほしい』なんて言えるはずもなく。解決策は見つかっているし、あと数日の辛抱だ。
……そして屋敷の扉が音を立てて閉まると、オレ一人が屋敷に残された。話し相手もいないと口を開くこともなくなり、静けさだけがオレを包み込んだ。オレはそんな静まり返った屋敷を見回す。
「ここもすっかり慣れたな……」
この状況に違和感を感じなくなっているという事実を痛感し、オレは思わずそうぼやいた。まあ当然か、二週間近くもいるんだから。
ずっとここに引きこもっているのは嫌気もさしてくる。昨日ある程度案内してもらったし、屋敷の鍵の呪文と森の歩き方も覚えたんだ。せっかくだから出かけてみるとするか。
そう思い立ったオレは早速準備を始める。カバンにハンカチと少々の所持金という最低限必要なものを突っ込み、多少なりとは身なりも整えて。
後は……護身用に愛用の鎌も。ここは治安も特に問題ないようだが、一応にだ。魔力で大きさは縮められるし、ないよりはあった方がいいだろう。
そうして準備も完了。戸締りを確認した後、オレはいよいよ外へと繰り出した。
「……これでロック、と」
そして忘れない内に教えてもらったばかりの鍵かけの呪文を門にかけると、ガチャンと派手な音が鳴って鍵が閉まった。屋敷の大きさに比例してか、鍵かけの音も大きなものだった。
森を出て、辺りを見渡す。今気付いたことだが、高台であるここからだとほとんどが一望出来るようだ。
昨日歩きまわったとはいえ、完全に覚えた訳じゃない。でたらめに行けば迷う可能性の方が高いし、確かめながら慎重に歩かなければ。この歳になって迷子になるなんて流石に屈辱だ。
「それは避けないとな……。さてと」
羽を広げ、とりあえず覚えた昨日の王都の通りを歩いてみることにして、そこまで飛んで行く。
やがて目的の通りに辿り着き、羽を畳んだ。だが、降り立っても朝早い時間とあってか周りにいるのは商人妖精か買い物に来ている少ない一般妖精くらい。様々な店がひしめいているこの通りでもまだ開いていない店も多く、少し寂しげだ。
「おや、お嬢ちゃん。こんな時間に出歩いとるとは、学校はどうしたんだい?」
適当にぶらぶらしていると果物の露店を開いている年寄りの男妖精に声をかけられた。まさか話しかけられるとは思っていなかったため、ギクッと肩が跳ねる。
「あ、いやオレは……」
「まさかサボりかい?」
「違う! 断じてない!」
「はっはっは、冗談だよ。さしずめ旅行ってところかな」
「……まあそんなとこだ」
オレは適当にはぐらかした返事をする。
来たのは不本意だがあながち間違いでもない。否定したところでなにかある訳でもないし、ただ声をかけられただけだから、見ず知らずの相手に自分の事情を詳しく言う必要も義理もないだろう。
「ここは旅行客とかも多いからね、珍しくないんだよ。でも悪いこと言っちゃったな。お詫びに虹りんごをあげるよ」
「あ、ああ。ありがと……」
そう言われて、オレの手のひらに丸いものをポンと乗せられた。名前の通り、虹色のりんごなのだが……どうすんだ、これ? 食べるのか、ここで?
「まあ土産にでもしとくれればいいよ。それにしてもお嬢ちゃん、ルージュちゃんに似てるねぇ」
「……っ!」
虹りんごを色々な角度で眺めていた時、その爺さんの口からふと『ルージュ』という単語を拾ったことにより、少々驚いた。
「あいつを知ってんのか?」
「よくここに買い物に来てくれるんだよ。お嬢ちゃんも知り合いだったか」
「成り行きでな」
「そうかい。ルージュちゃんは今は一人暮らしでいるからねぇ。王女様も楽じゃないようだし、仲良くしてくれると嬉しいよ」
……この爺さん、ルージュが王女ってこと知ってたのか。だけどあいつは確か、国にあまり公表してないと言っていたが……。
そのことを問うと爺さんは微笑んだ。
「偶然、魔物退治で親衛隊といるところを見かけてね。ここで露店を出してる一部の妖精が知ってると思うよ」
「成る程な。……公表してない割には結構色々やってるんだな」
「女王様から書類整理の手伝いもたまにやってると聞いたねぇ。まだ若いのにしっかりしてるよ、あの子は」
爺さんはのほほんとした笑みを浮かべる。歳もあって、まるで孫のことを語っているかのようだ。
確かに、城にはいないとしてもルージュは王女。一見贅沢そうに見えても、昨日も逆にこそこそと自分の身分を隠すような振る舞いだった。色々苦労もあるだろうし、それで居候までさせてもらってる訳か。少しは形での礼をしないとな……。
オレは不意に商品が並んでる荷台に目をやる。様々な果物が並ぶ中で紅い苺に視線が止まった。地元じゃあまり出回ってないが、確かこれはスカーレットベリーだった筈。
そういやあいつ、苺をよく好んで食べてたな……。それを思い出してすぐにオレはスカーレットベリーが盛られてるカゴを手に取り、爺さんの前に置いた。
「爺さん、これいいか?」
「その苺かい? お土産かな」
「まあ自分用にな」
代金を払って虹りんごもその上に乗せた。
これくらいじゃ対価には釣り合わないだろうが、無いよりはマシか。
「ルージュちゃん、喜んでくれるといいねぇ」
「ばっ……! そんなんじゃねえよ!」
オレが言い返すとじいさんはまた笑った。まるで最初からお見通しと言わんばかりだ。
くそっ。考え見事に当てられた……。
こうもあっさり見抜かれてしまい、オレはがっくりと肩を落とす。でもまあ、ここでの用事は済んだし、何処か別の場所へ……と思ったその時だった。




