第48話 反抗の予兆(2)
「あーあ、随分派手に音を立てているもんで。崩れそうだから、早めに抜け出したいところだけど……他に用事があるからな」
一人、その場に残っていたオスクは今にも崩れそうな洞穴を見上げてため息をつくと、後ろを振り返る。……そこには一つの影。
「助けたのはいいけど、あいつ勘付いたっぽいじゃん。あそこまでいくと僕もフォローしてやれないね」
『────』
オスクはその影を見据えて鼻で笑う。
影……とは言っても蜃気楼のように揺らめき、その像ははっきりしない。長い髪を下ろした、女性のような姿を形作っているが、それだけだ。顔つきも体格も表情も……何一つ読み取れるものがない。
地面からの煙で形をとっているような、そんなベールを影は周囲に纏う。ゆらゆらと揺らめいて、全身が脈をうっているかのようなその姿。視界に捉えられるのはオスクただ一人だ。
オスクに対してその影は声にならない雑音を返すばかり。ノイズまじりでまるで不協和音の如く、思わず耳を塞いでしまう……そんな荒れた音を。
だがその影が発する雑音はオスクには『言葉』として伝わっていた。オスクただ一人に伝わる、音の間にこもっているその意味が。
「ま、今の状態じゃ限度はあるし、これ以上あれこれ口出してやらないでおいてやるけど。せめてお前が完全なら、さっきのヤツも倒すまではいかなくても、抑え込むくらいは出来たかな」
『───、────』
「見張ってはいるし、あまり注文加えるのは勘弁っしょ。そっちだって『もう片方』にこじ開ける手伝い頼んだだろ?」
『─────?』
「ハハッ! バレてない訳ないだろ? お前の二倍は苦労してんだ、年の数が違うんだし」
『───。──』
「老けたって? ま、そりゃ伊達に五百年大精霊やってないんでね」
オスクは軽く笑い飛ばし、遠い目をする。
その途方も無い五百年を振り返るかのように。その影は答えることなく、霧のごとくゆらゆらと存在しているのみだ。
「……でもま、この目付役もそろそろ終わりだな。そこまで辿り着いたんなら、白状するのは近い」
『────』
「成功するか……か。どうだかな。今、『合わさった』ら耐えきれないとは思うけど。それは自分で判断するべきっしょ。それはあくまでお前らの問題、僕にどうにか出来るものじゃないし」
『……』
影から音が途切れる。しばしの両者の沈黙。それはこれからの出来事への考察をしているようで……その考えがお互いに相手には伝わらなかった。
「……ここまでにしておくか。『決行』は必ず果たす。反逆の意志を示すことが、ヤツへの宣戦布告になる。それに……そろそろ行かないとこっちがうるさそうだし」
オスクは洞穴の先を見る。奥からぐぐもった音で何かの叫び声が響く。それはオスクの名を呼ぶ声。ついて来ていないことに気づいたためだ。
「てなわけで、またしばらくお別れだね。お前も精々頑張れば?」
『─、────』
影はより強く波打ち、その姿を消した。まるで元から何もいなかったかのように、存在がこの場から消失した。
オスクは息をつき、先へと駆け出す。オスクが誰と話していたのかは……本人しか知る由がない。
「オスクさーーん!」
「おーーーい⁉︎」
洞穴を抜けた先で、オレらはオスクの名前をしきりに叫んでいた。
洞穴から出たのはいいが、オスクの姿だけが忽然と消えていたのだ。いつの間にかはぐれたのか、と焦ったことで今の状況になっている。
そして叫び声が洞穴にこだまして、跳ね返って来た時……見慣れた紫の法衣を纏った男精霊が、こちらの心配も知らずにのうのうと歩いて来ているのが視界に入った。
「お、オスクさん! 良かった……」
「うーん、律儀に待ってたわけ? ご苦労様なことで」
「誰のせいだと思っているんだよ……」
こちらの心配などちっとも知らないオスクの呑気な言葉に、言い返す気力もない。
こんな時に何をしていたんだか。
「別にぃ。あの魔竜の様子見に行っていただけ。動くか気がかりっしょ?」
「ったく。報告してから行けよ。心配になるだろうが」
「ハイハイ。悪うございました」
悪びれもせずにオスクは適当な返事をするものだから、オレは呆れてため息をつく。
……それは嘘だろうとは思ったが。オスクの動きがやたら落ち着きがない。それを伝えるのはまずいと言わんばかりに。
ただ今はそんな場合じゃない。火山の噴火をなんとかして止める方が先だ。
「さあ、行きましょう。頂上まであと少しよ!」
カーミラがコウモリの翼を目一杯広げる。オレらはそれを見失わないよう、必死になって追いかけた。
異変が起こる……その緊張感を高めて。




