第48話 反抗の予兆(1)
……吸血鬼殺し、ヴリトラとの戦闘を終えてしばらくする。
火山にぽっかりと空いた洞穴を進んでいくと、火山らしく流れたマグマが固まったと思われる、独特な紋様を描いた岩がオレらの四方を囲んでいる。そして、またもやボコボコというマグマの唸る音と共に足元が揺れた。
「うおっと……」
揺れで身体がぐらりと傾いた。さっきまでも足元がすくわれることはあったものの、今はヴリトラとの戦闘疲れもあって危うく転びそうになる。今も咄嗟に踏ん張って転倒こそ免れたが、ふらふらなことには変わらない。
そしてそれはオレに限った話ではなく、他の仲間も表情には疲労が見えていた。揺れによって覚束ない足取りがさらに悪くなる。
「少し、休んでいこうか。このままだと頂上に着く前に身体がもたないよ」
「ん、そうだな」
ルージュの提案に全員頷く。ここで無理をして登っても、帰る時に響く。急がなくてはならないことは確かだが、身体にも気を遣わないといざという時に対応できない。
オレはその場に腰を下ろす。他もその場に座り込んで、少しでも疲労を回復させようと楽な姿勢をとる。
「ふう……」
こうして座り込むだけでも楽なものだ。それだけ登山と戦闘に身体を酷使していたことを実感した。
オレは座ったままの姿勢で辺りをぐるりと見回す。
隙間から漏れ出した炎の光で溶岩が固まった壁を照らしている。壁には微小の様々な鉱物が混じり合っているようで、壁のあちこちに小さく光が反射してキラキラと輝いていた。溶岩が波立って固まった岩もあることで、もはや自然の芸術作品だ。
これだけ見れば様になる光景だ。だが、ここは火山という過酷な環境。魔法具を付けていなければ呑気に眺めている暇など無いだろう。それでも色々と疲れている今の状況だと、この景色は少なからず癒しにもなる。
「しっかし、ヴリトラ強かったな……。あんなの幾つになっても倒せる気しないぜ」
「本当です……。結局、倒すことは出来ませんでしたからね。レオンさんがいなかったらどうなっていたか」
イアもフリードも、ヴリトラのことを思い出してぶるっと身震いした。
10人がかりでも深手を負わせるのがやっとだった相手だ。あの時、レオンの咄嗟の行動がなければ全滅もあり得た。
「できればもう会いたくないね……。あ、その前にやることあったじゃない!」
「やること?」
エメラが何かを思いついたようで、聞き返したルージュに頷くとエメラはレオンの方を向く。
「ありがとう、ヴリトラを止めてくれて!」
「……は?」
いきなりのエメラの礼にレオンは戸惑う。
状況を理解しきれていないらしい様子のレオンに、エメラは続ける。
「あの時、止めてくれなかったらわたし達やられちゃってたと思うもん。だからありがとう!」
「あれは……あの方法が最善策と思ったまでだ。お前達を怪我させないようにするためじゃない」
「素直じゃないわね〜。そもそも一族を滅ぼすって脅されて屋敷に来た時点で、仲間思いなのは知っていたけれど」
「……うるさい」
レオンは不機嫌そうにそっぽを向くが、その顔はほんのり赤い。
照れ隠しが下手な奴だ。その顔でバレバレなものだから、オレらは顔を見合わせて軽く笑う。
「レオンさん、僕からもありがとうございます。助かりました」
「うん。酷いことはされたけど、僕らも大勢で応戦しちゃったし。これでおあいこかな?」
ロウェンさんもドラクもイアも……次々にレオンに礼を言う。その表情はいつものように笑みを浮かべて、もう疑いと警戒の眼差しはそこにはなかった。
レオンはそんな仲間達の様子に戸惑う。まだ自分が信用されていないと思っていたらしく、礼を言われるのは想定外だったという表情だ。
「……変な奴らだ。先程までは警戒していておいて」
「いいじゃないの。結局、あなたも受け入れているんだし」
「……」
カーミラの言葉にレオンは言い返せずに目を背ける。
レオンはまだ認めているというわけではなさそうだが、それでも仲間達はレオンに気を許している。
きっかけとなったヴリトラとの戦いは散々だったが、こうしていい機会となっただろう。
────そういえば、とオレはふと思い出す。
ヴリトラを吹っ飛ばした時の、得体の知れない力のことが気にかかった。
どうしてあんなことになったのか、未だにわからない。自分でも訳が分からずに硬直してしまっていたのだから。
それに加えて気になることはもう一つ。オスクが言っていたこと。
────『……全く、傷つけたら、あいつに説教くらうのは僕だってのに』
────『……あいつめ、助太刀が遅いっしょ……。ま、いつものことか』
……オスクがここに来てから、たまに口にする『あいつ』という存在。オスクと関係が深い相手というのは言動から察せるが、その人物のことはさっぱりわからないままだ。
だが、その『あいつ』はオスクが言うことが確かだとすれば、オレらに手を貸したということになる。それが、さっきの得体の知れない力なのか?
実態がわからない、第三者。それでも手を貸してきたというのなら無視はできない。そいつが一体何者なのか、どうして助けたのがオレなのか。……疑問は尽きない。
だけど、そのことについて聞くことを拒む自分がいた。理由はわからない。だがそれを聞いたら最後、今の状況を壊しそうな気がして。
せっかくレオンを受け入れた今の状況、それをオスクに尋ねて台無しにしたくなかった。
「……ん?」
その時、足元に違和感が。
ゴゴゴッ……という鈍い音と、振動が伝わってくる。まるで火山が底から唸っているような、そんな音と揺れ。
そう思ったその刹那────オレらの身体は宙に押し上げられた。無論、座り込んでいて動く筈がないのに、だ。
「うわっ!」
「きゃあっ⁉︎」
当然、予想外の出来事に全員体勢を崩した。
浮き上がった身体が地面に叩きつけられて、派手に尻餅をつく。
いっつ……。ったく、今度はなんなんだ⁉︎
反射的に頭上を見上げてみれば、岩が崩れるかのような重々しい音と共に、岩の欠けらがパラパラと落ちてくる。山全体が唸っていて、洞穴は悲鳴を上げているかのようだ。
「お、おい。なんかヤバそうだぜ⁉︎」
「くそっ。休憩は仕舞いだ。とっとと登るぞ!」
反対する奴はいなかった。当然だ、ここの洞穴まで崩れかけようとしている。こんなところで生き埋めなんて冗談でも笑えない。一斉に立ち上がって、洞穴の出口を見据えた。
「こっちよ、急いで!」
カーミラを先頭にオレらは頂上を一気に目指す。
切羽詰まっているからだろうか、さっきまでの疲れは嘘のように吹き飛んでいた。とはいえ、安心できないが。
まだ岩がゴロゴロと唸っている。そのことに緊張を覚えながら、とにかく前へ前へと進んでいった。
────進むのに必死で、一人欠けていることにも気づかぬままに。




