第47話 死を侮ることなかれ(2)
「……言っただろう? 簡単に傷を付けられるような相手じゃないと」
「ま、まだわからないわよ! こっちには大精霊様だっているわ!」
「そ、それより前見て!」
ルージュがレオンとカーミラの会話を遮る。目の前にはこちらに向かってくるヴリトラが。爪を立てて応戦してくる気満々だ。
「ぼさっとしてんなよ! さっさと散れ!」
「ッ!」
オスクも流石にこの時ばかりは余裕をかましてはいられない。珍しく声を張り上げてオレらに指示する。
当然、無視する選択肢は誰にもない。オスクの指示通り、固まっていたオレらはばらけてヴリトラの狙いを定めにくくした。
だが、それでもヴリトラは動じない。その鋭い爪をオレに向かって突き立ててくる。
「ぐっ!」
なんとか鎌で相殺する。ガツンッ! と鋭い金属音が耳をつんざく。しかし、ヴリトラの力は尋常じゃない。ギリギリと鎌を押し込められて、オレはどんどん後退していく。
そしてついに、鎌が攻撃に耐えきれずに弾かれてしまった。
「なっ……⁉︎」
まずい。そう考える暇もなく、ヴリトラの爪が目前にまで迫り────
「ぐあっ⁉︎」
ヴリトラの鋭い爪がオレを引き裂く。
ザシュッ、と嫌な音が聞こえてくると同時に、オレは吹っ飛ばされて地面に身体を叩きつけられた。
「ルーザ⁉︎」
「ルーザさんっ!」
「だ、大丈夫だ……」
ルージュとフリードの心配そうな声が重なる。オレはああ言ったものの、返事をするだけで精一杯だ。
予想以上に受けたダメージが深い。オレは体勢を整え直すことすら満足にできず、その場でうずくまってしまった。
「ルーザ、大丈夫⁉︎ 今、回復するから!」
エメラが大急ぎでオレの傍に飛んでくると杖から治癒魔法をかけ始める。
柔らかい光がオレの傷口を優しく包み込み、塞いでいく。だがあくまで応急処置だ、傷は塞がっても痛みまではなかなか引かない。それだけ、ヴリトラの攻撃が重かったことを思い知らされた。
だが、敵はオレが回復するまで待ってくれるほど親切じゃないんだ。オレはできる限り身体を持ち上げ、仲間に向かって叫ぶ。
「オレのことはいい……! ヴリトラを早くどうにかしろ!」
「……ッ。わかった、ルーザは休んでいて!」
ルージュはすぐにうなずいてくれた。状況判断にも長けているあいつのことだ、それが今一番優先するべきことだとわかっているからだろう。
ヴリトラは防御を捨てて、滅茶苦茶に暴れている。そのせいでオレ程ではないものの、仲間もダメージを受け続けている。
防御を無視したヴリトラの攻撃は重く、激しい。それに防御を捨てているにしても、仲間が攻撃に移れなかったり、鱗が硬くて刃じゃ通らなかったりとヴリトラになかなか傷を入れられない。まさに、攻撃は最大の防御とでも言うことがぴったりなくらいに。
チッ、バケモノめ……。
イラつき、舌打ちする。エメラの治癒が効いて、なんとか体勢を立て直すところまで持ち直せた。
エメラに礼を言いつつ、弾かれた鎌を拾い上げる。ヴリトラは相変わらずビクともしていない。
「クソがっ‼︎」
もうオレもヤケ気味だった。怒りに任せて鎌を大きく振るって衝撃波を飛ばしていく。
ヴリトラは確かに衝撃波をくらっているというのに、仰け反りもしない。ホントに、バケモノとしか言いようがない奴だ。
「正面からは駄目でも……これならどうだっ⁉︎」
馬鹿正直な攻撃では駄目だと思ったのだろう。ロウェンは素早く弓を構え、ヴリトラの目に向かって矢を射る。
そうか、ロウェンは目を潰す気なのか。確かにこれならっ……!
視界を奪われれば、ヴリトラといえど焦る筈だ。そう期待していたのだが……その目に矢が当たることはなく、それどころが弾かれてしまった。
「な、なんでっ。狙いは、正確な筈……。目も閉じてなかった……その筈、なのに!」
「クソがっ。攻撃力と体力だけじゃなくて、耐久力までバケモノなのかよ⁉︎」
ヤツはロウェンが放った矢に対して、目を瞑るなどの防御するような反応も見せなかった。何もしないで、矢を弾いてしまったんだ。
目なんて剥き出しの部位まで強靭とかふざけてる。アイツの角膜どうなってんだよ……⁉︎
「だ、駄目だ……。こっちの体力が持たないよ……」
「どんだけだよ……。これ程魔法撃って傷一つないとかチートだろ!」
ドラクもイアも、攻撃が通らないことの苛立ちと疲労で膝をついてしまった。2人だけじゃない、ルージュもフリードもカーミラもレオンさえも……ほとんどの仲間がゼエゼエと息を切らしている。
無理もない。戦闘の前には火山を登ってきた疲労だってあるんだ。元気が有り余ってるヴリトラとは訳が違う。その時点でオレらは不利だったんだ。魔力も体力もじわじわと削られてきて時間が経てば経つ程こちらが不利になるばかり。
唯一、まだピンピンしているのはオスクのみ。オレが頼んだことも一因とは思うが、流石は大精霊と言ったところか。オレの要請通り、いざという時のために、魔力を温存しているのだと思う。
「おい、オスク。いつ仕掛けたらいいとかわかるか?」
「さあね。この分だと僕が本気でかかっても良くて気絶くらいにしか持ち込めないと思うけど。なにせあの怪物、冗談みたいに体力あるし」
オスクは表情をくしゃっと歪ませる。
オスクにすらそこまで言わせるなんて、よほどのことだ。それだけヴリトラは恐ろしい相手だというのだろう。
くそ……やられっぱなしで終わらせてたまるかよ!
オレは再び鎌を振り上げる。どうにかしてでも、ヴリトラに対して傷を入れようと感情を高ぶらせて。




