第46話 暗夜を裂く業火(2)
オーブランが飛び立った途端、ブワッと熱風がオレらに直撃する。だが流石、古いとはいえど吸血鬼の魔法具だ。しっかり熱から守ってくれた。
オーブランが羽ばたく度に、翼に纏った水が飛び散る。だがそれも数秒もしない内に蒸発してしまい、その光景がここがどれ程過酷な環境なのかを物語っていた。カーミラの協力無しでは火山に踏み込むことさえ叶わなかっただろう。改めてカーミラに感謝だ。
オーブランは翼を目一杯広げて風を切って飛んでいく。そのスピードは凄まじく、火山をどんどん登っていく。妖精の飛行速度とは桁違いだ。
オーブランは水を纏っているからか、この過酷な環境下でも問題なく進めている。オーブランを呼び出して正解だった。
「……っ! 魔物が来るわ!」
「チッ、早速出迎えか」
カーミラの言葉通り、目の前から影に隠れていた魔物が飛び出してくる。火の玉に目と口がついたような魔物────フレウィスという個体だ。その数、五体。
数は大したことがないが、慣れない騎乗戦だ。気をつけないと地面に叩き落される可能性もある。ここでの鎌の使用は仲間にも当たりそうで振るうことが出来ない。魔法で応戦するしかなさそうだ。
「いくわよ、『スカーレットレイ』!」
とにかく、立ち止まっている暇はないんだ。先手必勝とばかりに、早速カーミラが紅い光弾を放って攻撃する。
オレらもカーミラに遅れを取るわけにはいかない。オレらもそれに続いて魔物への応戦を開始する。
「『ヘイルザッシュ』!」
「『グロームレイ』!」
フリード、ドラクが魔法で間髪入れずに魔法を放つが……普段より威力が全然出ていない。
騎乗という慣れない状況のせいだ。オレらの魔法はほとんどが武器を媒体として放っている。その武器を思い切り触れない現在では、思ったように魔法を放てないんだ。
「くそっ、やりづれえ!」
「これじゃあ撃退には時間がかかりそうですね……」
「そ、それより前見て!」
「……っ!」
あたふたしている内に、いつの間にか魔物が目前まで迫っていた。それなのに、オレの身体はふらついて思うように鎌が振るえない。そのまま、抵抗する術もなく魔物の攻撃が脳天に向かって────!
「……当たれっ!」
……が、攻撃が到達する前に魔物の身体は撃ち落とされた。一本の細く、鋭い矢によって。
「ふう……直撃は回避出来たかな。大丈夫かい?」
「ロウェン! 今の、お前が?」
「はい。幼少の頃から狩りをしてたんだけど、まさかその経験がここで生きるとは思わなかった」
照れ臭そうに、それでもどこか自慢げにロウェンは手にした弓を突き出す。そして素早く矢を取り出すと、目にも留まらぬ速さでまた迫って来ていたフレウィスを矢で貫いた。
数センチのズレもない、正確な射撃だった。オレらが不慣れ丸出しの騎乗という状況にもものともしてないようだし、その腕前に思わず目を見張る。
「ここは役割分担しよう。敵は僕が引き受けるから、ルヴェルザさんは上を目指すことに専念してほしい!」
「……っ、わかった!」
オレはロウェンの言葉にうなずき、オーブランに早く山を登るよう頼む。オーブランもちんたらしている余裕がないことは理解していたようで、すぐに指示を受け入れてくれた。
その間にもフレウィスはオレらに襲いかかって来ていたのだが、ロウェンが全て撃退してくれた。バシュッ、バシュッと矢が飛ぶ音が響く度に、オレらの周囲でフレウィスが消滅していく。
魔物のことはロウェンに任せて、他はスピードを上げるオーブランから振り落とされないようその身体にしっかり捕まる。一人、頑張っているロウェンと連携出来ないことに申し訳なさを感じるが、今はとにかく早く頂上に辿り着くことを優先しなければ。
「この辺り……登山道では中枢辺りね。もうひと頑張りよ!」
「何事もなけりゃいいんだがな」
そう、何気なくボソッと呟いた時だった。その直後、上からゴゴッ……と鈍い音が。
その次の瞬間、ドカン! と大きな音が響き渡って上から頭くらいの大きさの岩が降ってきた!
「────‼︎ やばいっ……オーブラン、急いで旋回しろっ!」
「クルゥッ!」
オーブランはオレの指示に従って身体を大きく逸らし、今いる場所からすぐさま移動する。
そして岩がここまで落ちてきて、地上へと派手に叩きつけた。言い表し難い音が鳴り響いて、上もその衝撃でガラガラと音を立てている。
……あれが当たっていたら、間違いなく一瞬であの世行きだった。
「あ、危なかった……」
「こいつは相当だな。ぼやぼやしてるともっと酷くなるぞ」
「わかってる。オーブラン、頼んだ」
もはや迷っている余裕は無い。とにかく早く解決するために一直線で頂上を目指そうと、オーブランにスピードを上げるよう指示する。オーブランもそれをすぐに聞き入れてくれて、翼を力強くはためかせて飛行速度を早めた。
道中に魔物が立ち塞がろうが関係ない。弓を使えるロウェンに蹴散らしてもらいつつ、全速力で上へ上へと一気に上昇していく。
だが、上手くいくことは長続きしない。火山のおよそ三分のニくらい登りきったと思った、その時。
「止まって! ここからは歩きで行った方がいいわ」
「え、どうして? このまま頂上まで飛んでもらった方が良くない?」
急にカーミラが着陸を促し、その意図が分からず思わず首を傾げる。エメラが咄嗟に疑問を投げかけるが、カーミラは首を振ってその訳を話し始める。
「頂上は大きな火口があるから、安定した足場があまり無いのよ。頑張ってくれたオーブランには悪いのだけど、こんなに大きな鳥が着陸するのは無理があるわ。そのためにもここからは歩いた方がいいの」
「成る程な。それなら仕方ないか」
足場が悪いのなら、オレらがオーブランから降りるのも一苦労だし、オーブランの負担になり兼ねない。オーブランのおかげでここまで一気に登ることが出来たわけだし、ここからは自分達で行く方がいいな。
そう判断してすぐにオーブランには手頃な場所に着陸してもらい、その背から地面に飛び降りる。全員が地面に足をつけるとオーブランは役目を終えたと認識して、その身体が魔法陣に包まれた。その魔法陣から放たれた光がオーブランを包み込み……やがて光が収まると、オーブランはその姿を消していた。
オーブランは元の住処に戻ったのだろう。今度、礼をしないとな。
「ここからは先は道が二つに分かれているけれど。どちらに進む?」
カーミラのその言葉通り、目の前には道が分岐していた。山を沿っていく登山道と、山の中に入る洞穴の用意された二つの道。カーミラの話では、登山道は比較的近道で、洞穴は多少遠回りらしい。
普通に考えれば登山道の方に行くが……。
「洞穴なら魔物の巣はあるでしょうけど、さっきみたいな落石は防げるわ。急いで行くか、安全を考慮するかのどちらかになるわね」
「そう、か」
カーミラのその言葉で思い浮かぶのは先程の光景。
あの落石は岩の大きさこそオレらの身体にも満たないものだが、威力は相当だった。あんなものに直撃されたらたまったものじゃないし、ここから先を落石にビクビクしながら進むというのも、精神をすり減らす行為だ。
ここは……遠回りでも安全面を優先した方がいいな。
「カーミラ、洞穴の方に行く。先頭は頼んだ」
「わかったわ。ついてきて」
カーミラは頷く同時に懐から持参していたらしいキャンドルを取り出して、それを灯りにしながら進んで行く。
外からの光が遮られる洞穴では、キャンドルの灯りがないと自分の手すら見通せない。カーミラを見失っては置いてけぼりを食らうことになる。そうならないためにも、オレらはお互いの距離を詰めながらカーミラの後を追った。
そうして踏み入れた洞穴の中は火山が活動している証拠なのか、ボコボコとマグマが煮えたつような鈍い音が響き渡っている。マグマ自体は見えないものの、緊張感を高まらせる要因になった。
だが、それでも落石に直撃するよりかはマシだ。オレらはさっきよりかは恐怖心を和らげて進むことが出来ていた。
「あら? おかしいわね……」
洞穴を進み始めてしばらくした頃。カーミラが立ち止まって辺りを見回した。急にそんなことをするものだから、オレは危うくカーミラにぶつかりそうになった。
「……っぶね、どうしたんだよ?」
「魔物が一匹もいないのよ……。いつもは見飽きるくらいいるのに」
「ん、そう言えば……」
つられてオレも周囲を見渡してみれば、確かに魔物らしき影が一つも見当たらない。この洞穴は炎系の魔物にとってはこの上ないくらいにいい環境だというのに、一匹もいやしないんだ。
この状況……ドラゴンがいたあの廃坑と同じだ。それと同じ状況だとすれば、強力な魔物が住処にしているということだ。それもかなりヤバい奴が。
「お、おいっ! あれ!」
イアが洞穴の奥を指差す。そこには巨大な一つの影が。
黒い金属質の鱗に覆われた身体と翼。口から鋭い牙を覗かせて、赤い目がギラギラと光らせるその眼差しは獲物を狙う肉食獣そのもの。そんな悪魔を模したような……巨大な竜だ。
────カーミラから昨日、思い当たる話を聞いていた。『吸血鬼殺し』と呼ばれ、恐れらる程の大型の魔物……。今、目の前にいる奴はまさにそれだ。
「お、おい、コイツってまさか……!」
「そのまさかよ。コイツが吸血鬼殺し────ヴリトラよ‼︎」




