第46話 暗夜を裂く業火(1)
カーミラの屋敷での騒動を終息させた翌日。オレらは予定通りカーミラの案内で、本来の目的であった火山へといよいよ踏み込もうとしていた。
山の傍まで来ると、とてつもない標高を誇る山は最早岩の壁が立ち塞がっているようにしか見えない。岩肌のあちこちから入っている亀裂の底から、炎の光が見え隠れ。まだ歩き出しさえしていない今の状況でも、その熱が伝わってくるように感じた。
これだけでも足がすくみそうだというのに、追い討ちをかけるように亀裂から煙まで吹き出しているし……。魔法具を付けていなきゃすぐにくたばること間違いなしだ。
……レオンも一応、ルージュの説得でついてきてはいるものの、ずっとそっぽを向いて一言も喋らないでいる。カーミラにもああは言われたが、オレらも昨日のことがあってまだレオンに対して警戒心を抱かずにはいられない。オレらを包む空気が嫌に重く感じてしまう。
「じゃあ、開けるわよ。魔法具も問題なく効いているようだけど、もし不調があれば言ってね」
火山へと続く魔力の檻を解錠する前、カーミラがそう知らせてくる。
火山という、過酷な環境下に突撃するわけだ。効果が万が一、途切れたらどうなるかは想像するのは容易い。カーミラが念を入れて尋ねるのも当然だ。
今、こうして火山に近づいても熱はあまり感じていない。魔法具はちゃんと効いているようだし、今のところは大丈夫だな。
カーミラは昨日屋敷で苦労しながら取ってきたであろう、火山の鍵を檻の錠の鍵穴に差し込む。錠前の鍵穴に触れた瞬間、魔力で形成された檻が取り払われていく。心なしか熱気が少し増した気がした。
……さて、何があるやら。
異変があるのか、もしくはそれ以上のものか……様々な可能性を予想しつつ、いよいよ火山へと踏み込んだ。
……火山に登り始めてすぐ、オレらはその異変を感じ取り始めた。
炎が吹き出している程度ならまだいい、火山がたまに揺れているんだ。ゴゴゴッ……と重々しい音を響かせ、足元が揺れる。まるで山が唸っているかのようなこの現象。火山が活動している証拠だ。
「こんなに揺れるのは滅多にないわね……。しかも山だけ揺れてる、なんて」
「も、もしかして噴火するんじゃ……!」
エメラが不安げに辺りを見回す。
確かにこの揺れで、活動も活発になっているとカーミラの父親からも聞いていた。ここと繋がっているシノノメ公国の惨状を考えると、噴火する可能性は高いと思っていた方がいいかもしれない。
「とにかく、上を目指すしかないっしょ。確かめなきゃどうにもならないし」
「それもそうだな」
オスクの言葉に頷き、上を見上げる。
……まだまだ先は長い。もし噴火するのだとすれば、急いで登りきらないとマズい。
それにしても高いな……。首を痛めるんじゃないか、ってくらいに上を見上げてやっと頂上が見えるくらいだ。
氷河山の案内妖精であり、悪路にはめっぽう強いドラクに先導してもらいながらなんとか登り進めているものの、歩いても歩いても進めている気がしない。ドラクのおかげで安全な道は見極められるものの、揺れによって足元をすくわれるせいで進むスピードが圧倒的に遅いんだ。
「これ、一日で登りきるのはキツいんじゃないかい?」
「は、はい……。しかも魔物もいるでしょうし、火山だと何が起こるか……。休憩する場所もないですよね」
「登山は慣れてるけど……溶岩が流れてできた山だからかな。地形が複雑で安定して一気に登れるような道が無いよ」
ロウェンとフリードも登りきる自信は無さげ。他の奴らも同様だ。
ドラクは登山の技術を叩き込まれている故か、ふらつく様子も無くて余裕すらありそうなのだが……氷の山と、溶岩の山。環境の違いはどうにも出来ず、特性の違いに翻弄されている。
「あ、そうだぜ! ルージュ、ドラゴンに手伝ってもらうのはどうだ?」
「熱に熱を加えるようなものだよ? 魔法具が限界を超えて壊れちゃう」
「う、それもそうだな……」
イアがドラゴンに乗ることを提案したが、ルージュは首を振る。
火炎のドラゴンであるあいつは確かに熱に強いが、そのドラゴンも熱気を放つ。身につけている魔法具は古いものだ、耐えきれるとは思えない。だが、そうでもしないと登りきれない気がするのも確か。
……ん? いや、もう一つ手があったか。
オレは懐から蒼のオーブを取り出した。こいつなら火山でも問題ないだろう。
「あら、ルーザ。それは何?」
「仲間を呼び出すってところだな。水なら問題ないだろ?」
「そっか。オーブランなら!」
オレはルージュに頷いて見せる。
オーブランは水を纏っている。この火山地帯ではうってつけだ。
「ああ。腰抜かすなよ、カーミラ!」
オーブを頭上に放り投げる。オーブは光を放ち、大きな影を呼び寄せた。
「クルウゥア!」
「きゃあっ⁉︎」
「うわっ!」
いきなりのデカい鳥の登場にカーミラはともかく、レオンも驚いた。
やれやれ。吸血鬼とはいえど、驚く感覚はさほど妖精とは変わらないんだな。
「ど、どうしたのよ、この鳥! 魔法⁉︎ 呪術⁉︎」
「大袈裟だな……。一言で言えばオレらの仲間だよ。あとオレは呪術みたいな悪趣味なことしないからな」
オーブランのことを知らないカーミラとレオン(ほとんどは前者)をなんとか説明して落ち着かせる。飛び回っていたオーブランは翼を閉じてオレらの前に着陸してきた。
「お前の力を借りたい。協力してくれるか?」
「クルルゥゥ……」
オレの言葉に返事をするかのようにオーブランは鳴き声を上げる。
呼び出したのはオレだが、魔物の言葉に関しては専門外だ。あとはルージュにバトンタッチして、通訳を頼む。
「ええと……背中に乗せるのは構わないけど、振り落としちゃうから魔物の迎撃は出来なくなるって」
「ああ……そういやこいつの戦法、クチバシがメインの肉弾戦だったな」
オーブランの戦い方は翼に纏った水を飛ばすか、クチバシを使ってでの攻撃だった。だからオーブランは戦う時に身体を大きく動かすから、オレらを乗せてだと戦えない。魔物と出くわせば、騎乗してでの戦いとなるわけだ。
自分で大地を踏みしめながらの戦法とは大きく変わる。慣れない戦い方でその分、かなりのハンデにもなり得るが……これが唯一の方法だ、立ち止まっている暇はない。
「構わねえよ。いつもと変わろうが、関係ない。進むなら進むぞ!」
他の仲間も頷く。噴火するなら時間に余裕はない。急いでオーブランの背に乗る。
もちろんオレは酔い止めの薬を飲むことが避けられない。他の仲間に気づかれないように薬を飲み、オーブランの背にまたがる。
「あとはレオンね。ほら、早く乗って!」
「まだ一緒に来いというのか……? さっきまで敵視していた奴を」
「んなこと知るか。状況を変えたいんなら、自分の行動で示せよ」
「自分の……行動で……」
レオンは俯く。行き場のない気持ちをぐっと堪えるかのように。
「いいから、今は早く乗って! 時間がないわ!」
「……ッ」
カーミラの声にレオンは意を決して、カーミラが伸ばしていた腕を掴んでオーブランの上に飛び乗る。
これで準備は万端だ。オレは火山を見上げ、声を張り上げる。
「オーブラン、頼む!」
「クルルゥゥッ!」
オーブランはオレの声に応えて翼を広げる。数回羽ばたき、一気に高度を上げた。




