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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第5章 交錯への序曲
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第45話 揺れる灯火(2)

 

「ただの精霊……そんなものだったらどれほど良かったか。ソイツは違ったんだ。ヴリトラをほんの一瞬で仕留めた。何が起こったのかすらもその時は分からなかった」


「あ、あのヴリトラを⁉︎」


 レオンの話を聞いた途端、カーミラが反射的に声を上げる。

 その驚いた表情からは、そのヴリトラを仕留めたことが普通では為せないとんでもないことだというのはすぐ察せるが、オレらには馴染みが無い魔物だ。首を傾げているオレらにカーミラはすかさず説明する。


「ヴリトラっていうのはアンブラに昔から生息する大型の魔物で厄介者よ。吸血鬼殺しなんて呼ばれることもあるくらい、吸血鬼でも手こずる魔物なの。お父様でも倒すのはやっと」


「そ、そんなすごい魔物を⁉︎」


 フリードも衝撃的な事実に上ずった声を出す。他のやつらも、驚愕で目を見開いていた。

 無理もない。吸血鬼の力は侮れないものだし、カーミラの父親だって現在は病に悩まされているとしても実力は相当な筈。レオンだって、ついさっき正面からぶつかってその力はオレらも思い知っている。

 それなのに、レオンを脅した精霊はそんな強力な魔物を一瞬で仕留めた。レオンが怯えているということ……その精霊はレオンの力を軽く凌駕していることを差していた。


「……おぞましいまでの力だった。その力を目の当たりにして、逃げられないことを悟った。選択肢を用意しておいて、僕が選べるのは一つしかなかった。仕方なく、あのペンダントを受け取った……」


「それで……そのペンダントを渡された後で、どうしてこの屋敷を襲うことに繋がるの?」


 ルージュが聞いたことも最もだ。受け取るまではいい、どんな経緯でこの屋敷を襲う理由があるのかがまだわからない。カーミラも地位を狙いに来る吸血鬼がいるとは言っていたが、襲いに来た理由は精霊から命令されてだ。

 精霊が吸血鬼の地位を狙うのは考えにくい。他の理由を疑うのは当然だ。


「屋敷に来ている、大精霊を襲って連れてこいと。理由まではわからないが……逆らおうとする度に首を締め付けられた……」


「それが、あの首のアザか」


 オレの呟きに、レオンは静かにうなずいた。

 首どころか、胸のあたりまでアザがあったことから、レオンが何度も抵抗しようとしたのが伺える。それでも敵わなかった……ということが、あのアザの大きさが証拠なのだろう。

 それと、気になることがもう一つ。


「大精霊って……オスクのことか?」


「……違う気がする。女と聞いていたから……顔を確認した時は手違いと思ったが、この屋敷にいるのは確かだと言われた」


「はあ……?」


 わけがわからなくなってくる。大精霊はここにいる面子じゃ、オスクしかいない。女の大精霊なんて見かけなかった。

 他の大精霊が近くにいた……そう考えれば辻褄は合うが、一体どこに?


「おい、オスク。お前なら理由がわかるんじゃないか?」


「……ま、わからなくはないけど、言うわけにもいかないっていうか」


「隠し事は無しだ。いいから話せ」


「え〜……。好きで隠してんじゃないんだけど。まあいいか。確かにいるのはいるさ、僕以外の大精霊は。それは『命』と『死』の大精霊のことだろ?」


「……ああ、そうだ。そいつらを捕まえてこいと」


「成る程ね。どうやったってできやしないってのに、ご苦労様なこった」


「どういうことだよ?」


「この世界には今はいないってこと。平行世界が呆れるくらい交錯しているんだ、それがたまたま重なっただけっしょ。言えんのはそれだけ」


「そう、なのか……?」


 オスクが言うには光の世界やその他多くの世界でたまたまその大精霊がいる場所とこの屋敷が重なった……ということらしいが。本当にそれだけなのかは確かめようもない。


 ────命の大精霊と死の大精霊、か。

 ふと思い出したことがある。以前に大精霊の居場所をオスクとシルヴァートに聞いていた時に、その2人の大精霊の挿絵を確認のために見ていたんだ。

 翼を広げ、手を取り合う少女の姿をした大精霊の絵。正反対でも、表裏一体ということを体現するかのような、神々しい雰囲気だったのを覚えている。


 翼を持つ精霊────『夢の世界』で出会ったライヤがそうだったか。

 オレはルージュをちらっと見る。種族は違えど、ライヤはルージュに雰囲気が似ていたのを思い出す。重なったというのはまさか────


「……まさか、な」


「うん? どうかしたの、ルーザ」


「いや、別に」


 オレが顔を背けるとルージュは不思議そうに首を傾げるばかりだった。

 なんの根拠もない話だ。それにまずあり得ないよな……実は精霊でした、なんて。


「ま、その話はいいとして。異変が起きているっぽいのは火山だ。早いとこ向かわないとマズいことになりそうだな」


「あ……そういえば、あなた達はそれが目的だったわね。急いで用意するわ!」


 カーミラはそういうと部屋を出て行き、戻ってきた時にはレオンと戦う前に持ってきた鍵と、それとは別に丸い何かを握りしめていた。


「はい、火山に入る前にこれをつけて。じゃないと火山には入れないのよ」


 カーミラはそういって、握りしめていた物をオレらに配り始める。

 それは赤い宝石がはめ込まれたブローチだった。だが、煌びやかなものではなく、宝石がはめ込まれている台座はなんのレリーフも装飾もない。装飾品とは言い難い、なんとも質素なものであった。


「それは火山に入るための魔法具よ。それを付けないと、温度とガスでやられちゃうわ」


「成る程。許可がいるのはこの魔法具が必要だからってこともあるからなんですね」


「ええ。勝手に入られて死なれちゃうのも困るもの。行く一時間前には付けておいてね。古いものだから、効果は確かなのだけど効力を発揮するまでに時間がかかるの」


 そう言われてオレらは頷く。その言いつけを忘れて、火山でくたばるなんてことはないようにしないとな。

 それを確認するとカーミラは振り返る。


「はい、あなたも」


「……は?」


 カーミラはレオンにもブローチを渡す。

 当然、レオンは戸惑ってブローチを受け取らない。オレらも何故渡すのか疑問に思った。


「僕は必要ないだろ。何故渡してくる」


「決まってるじゃない。あなたにも来てもらうの」


「いやいやいや、正気か⁉︎」


 イアが慌てて止めに入る。他の仲間も、まだレオンのことは警戒の眼差しを向けていた。

 オレだって例外じゃない。レオンはさっきまで戦っていた敵だ。脅されていたり、結晶を身につけていたことから正気では無かったにしろ、仲間を操ったこともあってまだ信用するには至っていない。


「あたしは正気よ? 襲いに来たにしても同じ吸血鬼だもの。それに、その犯人の精霊の外見はあたし達は知らないじゃない。それを確かめるためにもね」


「で、でも一緒に行くのは不安があるよ!」


「それはそうかもしれないわ。でも事情があるじゃない。それに、いつまでもズルズル引きずるのは嫌なの、あたし」


 エメラにカーミラはそう返す。エメラも流石にむう、と言葉を詰まらせる。


 確かに、事情は複雑だ。それをいつまでも根に持つのは気分としても良くはない。

 それでも。レオンもさっきのことを気にしているようでブローチを受け取ろうとはしていない。


「僕は……お前達を裏切るかもしれないんだぞ。何故助けたんだ……敵を、憎いと思っている部外者を! 何故放っておかないんだ⁉︎」


「ねえ、レオン」


 自暴自棄になっているレオンにルージュは不意に駆け寄る。

 ルージュの表情はいつも通り、穏やかだ。噛まれて、精神を支配されて、憎むことはあるかもしれないのに。ルージュはそんな感情を一切表に出していなかった。


「確かに、酷いことをされた。友達を眷属にされたり……私を仲間にけしかけたり。でも酷いと思っているなら……なんで逃げ出そうとしなかったの?」


「な、なにを」


「やろうと思えばできたでしょ? 話さずに飛び出して、そのまま逃げること。なんでそれをしなかったの?」


 ……それもそうだった。レオンのことは別に鎖で縛り付けてもいない。治療して、傷も塞がっているこの状況。飛び出すことなんていつでも可能だ。

 だがレオンはそれをしていない。本当に敵対しているのなら……まずあり得ないことだ。


「逃げて……なんになる。操られっぱなしで、命令も果たさずに逃げ出したら……普通に考えれば殺されるのがオチだ。だけど、やることなんて」


「あるよ。私達と火山に来るの。私達も事情を知らずに大勢で戦ったから。……逆から見れば、理不尽だと思うの。それでおあいこにならないかな?」


「……そんなことで許すというのか? 馬鹿としか言いようが無い」


「いいよ、馬鹿でも、お人好しでも。でもこのままじゃ何も進まないよ。それで気が晴れるなら、それでいいじゃない」


 ルージュはそう言って微笑む。

 脅されて、それで大勢で対抗されて、逃げ道もない。理不尽……いや、それ以上に酷い状況だったかもしれない。

 それを責め立てるのも、気分が良いわけがない。ルージュの言うことも確かだ。

 他の奴らもその言葉で警戒の眼差しを少し緩める。


「だから一緒に来て。その脅した精霊を見返すためにも、ね」


「う……うん」


 ルージュは笑みを浮かべる。いつも通りの優しげな笑み。レオンもそんなルージュの態度に背けていた目をルージュにしっかり向けて、顔を少し赤らめた。


「ふーん。なんかいい雰囲気になってんな」


「えっ⁉︎ お、おいルージュ、早く離れろ!」


「え、なんで?」


 イアが慌ててルージュにそう言うが、相変わらずの鈍感だ。全く意味が伝わっていない。

 イアもイアで、まだなにも言っていないようだし、進展がないのは当たり前、とも言っていいのだが。


「さあ、話は決まったことだし、今は身体を休めましょう! 急ぐのも大事だけど、疲れたままじゃ険しい山を登るなんて無理だもの」


 レオンも渋々ながらブローチを受け取ると、カーミラが空気を切り替えるべくそう宣言するかのように声を張り上げる。当然、オレらはその言葉にうなずいた。

 大分時間がかかったが、こうしてカーミラ、レオンも含めた10人で元々の目的、火山へと出発できることになった。今日はもう遅いから、この屋敷に一晩泊まらせてもらって翌日に向かうことに。


 ようやく掴めそうな、『滅び』の元凶の存在を疑いながら。

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