第45話 揺れる灯火(1)
吸血鬼、レオンとの戦闘を終えてすぐにオレらはレオンの介抱に取り掛かる。カーミラにベッドのある部屋に案内してもらい、レオンをその上に静かに横たわらせて容体の確認をすることに。
その部屋はキャンドルの炎が放つ、優しげで暖かい光で満ちていて、吸血鬼の屋敷とは思えない程に穏やかな雰囲気に包まれていたが……オレらの心境は部屋の空気とはまるで真逆だった。
レオンは戦闘を終えてからの様子が一変した。顔は青ざめ、身体は震えて、頭を抱えて得体の知れない『何か』に怯えている。さっきまで戦っていた敵とはいえ、こんな状態の奴を放っておける訳がなかった。オレらはレオンの傷を確かめるために服を少々はだけさせると、その異常はすぐに露わになった。
……首に何かに締め付けられたようなアザがある。色白な肌に暗い影を落としているかのような、毒々しいまでの紫色をしたそれ。もちろん、オレらはレオンの首を締め付けた覚えはないし、首を重点的に攻撃したわけでもなかった。これはさっきの戦いとは別に付けられた傷跡だ。
「こんな傷……どこで付けたのかしら」
流石にカーミラも異様なアザを見て、レオンに心配そうな眼差しを向ける。
怪物にでも鷲掴みされたようなアザだ。吸血鬼という、他の種族よりかは強力な種族とあろう者がこんな深傷を負うなんて相当だ。今もそのアザが治癒する様子は一切ないことから、吸血鬼の高い自己再生能力もまるで機能していないことが伺える。ペンダントを渡した奴、一体何者だ……?
「とりあえず……エメラ、治療頼めるか?」
「アザまでは治るかわからないけど、任せて!」
エメラはすぐに治療にの準備に入ってくれた。構えた杖から柔らかな光が放たれ、レオンの身体を包み込む。
その光がレオンの傷を優しく照らし、塞いで癒していく。完治には至らないが、何もしないよりかはマシだろう。カーミラもほっとしたようで息をつく。
「あなた達も休んでちょうだい。お客様なのに、無理させちゃってごめんなさい……」
「気にするな。こっちも元々の目的に近づけたっぽいからな……」
「あのペンダントのこと?」
首を傾げるカーミラにオレはうなずき、オスクから受け取っていたレオンのペンダントを見直す。
今でこそペンダントの結晶はオスクに浄化されて、透明になってはいるのだが。だとしても、あの結晶は今まで見てきた『滅び』の結晶そのものだった。レオンにペンダントを渡してここを襲えと脅した奴を捕まえれば、事態が進展するかもしれない。
「あのー……カーミラさん、お願いが……」
「うん? なにかしら」
レオンの治癒を終えたらしいエメラがおずおずと手を挙げる。……何故か、腹部を抑えながら。
「お茶、貰えないかなー……って。さっきからお腹が痛くて……」
「あ、そういやオレも痛いんだよな……」
「すみません、僕も……」
エメラだけじゃない。イアもフリードもドラクも……と、オレとオスク以外の仲間が全員、カーミラに茶を頼んだ。症状も腹痛だけでなく、喉が痛いようで。
それにしても腹とか喉が痛いって……全員揃いも揃って、どうしたんだ? オレとオスクはわけが分からず、首を傾げるしかなかった。
「さ、さっきのニンニクじゃないかな? ほら、みんなを戻すためのニンニク……焼いたりもしなかったし。生のニンニクって、殺菌作用強いから……。それで今になって影響が出てきたのかも」
「……あ」
ルージュがそう言ったことで思い出した。
生のニンニクなんて放り込んだら、刺激が強いはずだ。それで揃いも揃って悶えているわけか。オレが口にしたのはごく少量だったから、オレには痛みが出る程ではない。だからオレだけ無事なのだろう。
オレはふーん、と横目で悶えている仲間を見下ろす。そんな態度をとっていたら、エメラが怒り出した。
「ちょ、ちょっとルーザ! そんな他人事みたいに見てないでよ!」
「仕方ないだろ、他人事なんだから……。他に何しろってんだよ」
「ルーザも食えばいいだろ! 折角だからこの機会に痛みを味わわせてやる! ルージュ、残ってるの全部くれ!」
「えっ」
「あ、おいこら、やめろっ!」
イアが急にオレに飛びかかってきて、エメラに四肢を押さえ込まれた。そして、ルージュが渡したであろうニンニクを丸ごとオレの口にグイグイと押し付ける。
そんなことをされてる状況で、当然だが息がつまりそうになってくる。エメラもノリノリでイアに協力して、オレにニンニクを突っ込もうと身体をさらにがっちりと固定してきた。
そしてトドメと言わんばかりに、文字通り喉を潰しにかかってきたものだからたまったものじゃない。
「ほら、くらえくらえ! いっつも美味しいとこ持ってくんだ、これぐらいいいだろ」
「やめ、ろ、って言ってんだろうが! それにお前の理由がただの私怨じゃねえか!」
「うるせえ! 大人しく食ってろ!」
「もがっ⁉︎」
でかくて丸っこい塊を口に無理やり突っ込まれた。
意外とでかい塊。おまけにイアが握りしめたことで、地味に汁が染み出してきて口が辛い。まだエメラが押さえ込んでいるせいでオレはジタバタともがくことしかできなかった。
「あ、あなた達って仲良いのね……」
「えっと……悪くはないですけど」
「ほまえらもみてふぁいであすけろ(お前らも見てないで助けろ)!」
カーミラと貰った茶を飲んでいるルージュに口の隙間から精一杯の抗議を上げたのだが、当然の如く滅茶苦茶にぼかされた。
ったく、変なことしやがって……。
ようやくイアとエメラに解放された後、なんとかニンニクをプッと吐き出せた。それと同時にレオンがようやく落ち着いたようで、その目をゆっくりと開いた。
「ん……なんだ、ここは」
「あ、ようやくお目覚めね」
レオンはふらふらと身体を起こす。傷は癒えたが、それでも精神的なダメージまでは回復は難しい。まだその顔は青ざめているし、身体は小刻みに震えているのが離れていてもよくわかった。
「チッ、5分早く目覚めりゃ良かったのに……」
「何の話だ……?」
「さっきまで公開処刑が行われてたの」
オスクがそう言うが、レオンはその内容を知るはずがない。不思議そうに頭の上にハテナマークを浮かべるばかり。
「なぜ……助けた。わ、……僕はお前らを操って、襲って……攻撃したのに」
「こっちの勝手だろ。お前に聞きたいことがあるってだけだ。勘違いするなよ」
「わあ、絵に書いたようなツンデレだ」
「誰がツンデレだ! 真面目な話してんだよ!」
こんな時だというのにふざけたことをほざくエメラ。そんな小っ恥ずかしい称号を与えられてたまるかとばかりに反論するも、エメラはクスクス笑うばかり。
……チッ、不愉快だが今はこんなことしてる暇はない。まだ言いたいことだってある。エメラの治療も効いているようで、話をするまでには問題無さそうだ。
「あのペンダント、本当にどこで手に入れた? あれほど怯えてるんだ、何もない訳ないだろ?」
「そ、それは……」
「言った方が身のためっしょ。このままだと、お前はただの操り人形ってだけになるけど?」
「……っ」
オスクの言葉にレオンは顔をしかめる。
プライドがそれを許さない……そう言うかのように。さっきまでは脅した奴の言いなりだったことに加えて、ボロ負けした後だ。不愉快なのはいうまでもないことだろう。
「……精霊のような奴に渡された。長身で黒いローブを着た、恐らく男だった。フードで顔を隠していたから……顔は見ていない」
「黒いローブでフードって……」
ドラクが呟き、オレも隣にいる妖精に視線を向ける。
その相手……ルージュは全員の視線を浴びていることに気付くと、慌てて手を違う違うと振った。
「わ、私じゃないよ! 格好が似てるだけだから!」
「でもさっきまでのルージュ、結構怖かったから……」
「ルジェリアさんの目が紅いのも伴って、余計に……でして」
「ちょ、ちょっとエメラ! ロウェンさんまで!」
庇ってくれる相手もおらず、ルージュはがっくりと項垂れて落ち込んでしまった。
格好は似てるかもしれないが、ルージュは完全に白だ。『滅び』に加担しているわけがないし、そもそも精霊じゃない。それに、ずっとオレらと行動を共にしていたんだからそれに関わっている筈もない。
「それで。そいつになんて脅されたんだよ?」
「……ペンダントを渡された時、言う通りにすれば力をやると。だが断れば僕を殺し、一族全てを滅ぼすと。……さっきも言ったが、一つ抜かしていたことがある」
レオンはそこまで言うと、身体を再び震わせた。これから言うことが一番の原因だったということを知らせるように。
確かに、それだけでは疑問が残る。殺すなんて、脅し文句じゃ定番だ。信憑性に欠けるし、吸血鬼ぐらいの種族の力があれば、脅しつけた奴がただの精霊なら軽く上回る。そいつが本当にただの精霊であれば、の話だが……。
まだレオンがここに来ざるを得なかった理由がはっきりしない。そんなオレらの気持ちを感じ取ったのだろう、レオンは身体を震わせながらもゆっくりと口を開いて言葉を紡いでいった。




