第44話 狂気を切り裂く者よ・後(1)
オレはルージュから託された剣を持ち、レオンに対して宣戦布告をする。
振り向いたまま固まっていたレオンはオレと……奥で安静にしているルージュを交互に見た。
「……なるほど。先の眷属も解放されてしまったわけか。残念だな、気に入っていたのに」
「ルージュはテメエなんかの眷属じゃない。それに、なんなんだよ、その理由は?」
「お前が知る必要はない」
……言うつもりはなし、か。
ならいい。オレらのやることは決まってる。別に倒してから聞く時間はたっぷりあるのだから。
「言う気がないならいいぜ。テメエをぶっ飛ばして尋問するだけだ! やるぞ、カーミラ!」
「ええ、もちろんよ!」
「ふん、面白い……! やれるものならやってみせろ!」
カーミラも再び剣を構え直し、レオンはマントを広げて飛びかかってくる。
ここで決着をつけるんだ。レオンを止めることが本来の目的じゃない。異変が起こっているらしい、火山にオレらは行かなくちゃならない。そのためにもさっさと片付けて用事を済ませないとな!
「遠慮なくいかせてもらうわ! 『スカーレットレイ』!」
カーミラは魔法陣を描き、剣を振るうことで紅い光弾を放つ。
一発の威力は低そうだが連続して撃てるらしい。カーミラは光弾を何度も飛ばし、数を多くすることでレオンに確実に攻撃していく。
「所詮この程度か。もっといい一撃はないのか?」
「勝手に余裕ぶってなよ。卑怯だろうがなんだろうがこっちは数で攻めさせてもらうから。おい、そこの2人。雨で足止めしてくれない?」
「は、はい!」
「よーし! フリード、やるぜ!」
オスクの指示でフリードとイアは再び連携で雨をレオンの周囲に降らせる。
吸血鬼にとっては水の檻も同然だ。これで狙いがつけやすくなる。そう思っていつでも攻撃ができるよう構えるが────
「……こんな小細工で我を止めるだと? 笑わせてくれる!」
レオンは雨に臆することなくオレらに向かって突っ込んでくる。
……吸血鬼を止める筈だった水の檻は、あっけなく突破されてしまった。
「なっ⁉︎」
「お、おい、どういうことだよ⁉︎ 吸血鬼は流水を越えられないはずだろ!」
「我は吸血鬼の弱点さえも克服した。もはや我は無敵!」
レオンは自慢気に堂々と宣言する。
まさか吸血鬼の弱点が通用しないのは予想外だった。それだと十字架のペンダントで身体を麻痺させるということも不可能ということになる。
弱点もない吸血鬼────そのことでカーミラは目に見えて動揺する。
「ど、どうするのよ、ルーザ? 弱点無しだなんて、本当に無敵よ……」
「はん。そんなわけあるか」
オレはそうきっぱり吐き捨てた。
弱点が無いやつなんていない。それがたとえ大精霊などの大きな存在でも弱点はある。レオンは吸血鬼としての弱点は克服したかもしれないが、その代わりにできてしまった弱点がどこかにある筈だ。
「克服した分のツケを探せばいいだけだろ。きっと決定的なのがあるはずだ」
「でも吸血鬼は噛むことで対象の情報も共有するのよ。あなた達の戦法まで筒抜けよ」
成る程な……。レオンが余裕をかましているのはそういう理由もあるからかもしれない。
────だが今回ばかりはそうはいかない。そんなことはルージュがとっくに予想していた。だからこそ、オレに剣を託したんだろう。剣はオレは普段使わない武器。使う癖だって仲間もほとんど知らないだろうからな。
「お前の攻撃は威力は低いだろうが、レオンは確実に食らってる。その時点であいつは無敵じゃねえよ」
「え、ええ、そうね。あたし、やるわ! お父様に手出しなんかさせないんだから!」
カーミラは剣をレオンに突き付けてまた戦い始める。レオンも負けじと自分の剣で応戦してきた。
「う、ううっ!」
威勢は良かったのだが、カーミラは先程のように押されてしまっている。
女だからって力で負けているだけじゃない。やはりさっきまで見たように、踏み込みと構えが甘いところがある。姿勢がしっかり保てていないせいで、カーミラは押し負けているのだろう。
「おいおい、あれだとしばらくしない内に膝をつくぞ。どうすんのさ」
「んなことわかってんだよ! だけどオレにどうしろっていうんだ!」
「簡単な話っしょ。今のあいつには指導者がいる。だけど剣を使ってんのは今はお前だけ……何すればいいのかはわかんない?」
「は? オレにやれってのかよ。その指導……」
「別に僕はどっちでもいいけど。やるのかやらないのかはお前次第だし。でも、お前はこのまま黙って突っ立ってるだけでいいって言うんだ?」
オレを試すように、ニヤニヤと挑発的な笑みを向けてくるオスク。オレがどうするかなんてわかりきったようなその表情。まったく闇らしいというか、本当に意地の悪い奴……。
だが、指導っていってもどうすれば。とりあえず戦況を確認してみようとすれば……カーミラの死角から、レオンの剣の刃が今にもカーミラを引き裂こうと迫っていた。
「────ッ‼︎ カーミラ、しゃがめっ!」
「きゃあっ⁉︎」
カーミラはオレの声に反射的に反応し、指示通り姿勢を低くする。その首を掻き切る筈だったレオンの剣は、虚空を切り裂いてヒュッと風を切るに留まった。
ふう……間に合ったか。危なっかしい奴め。
「あ、ありがと……。助かったわ……」
「礼なら後にしろ。次が来るぞ!」
「────‼︎」
カーミラはレオンに向き直り、斬撃をかわした。
この状態だと、まだ攻撃に移れない。今は攻撃を見切ることに集中するか。
「斬撃を目で追え! 視界にさえ入っていればお前ならかわすことは容易い!」
「わ、わかったわ!」
「一回終わったからって油断するな。次を予測して確実にかわせ!」
「ええ!」
オレは後方からカーミラに指示を出し、レオンの攻撃を避けさせた。
吸血鬼の身体能力の高さか、カーミラは急な指示でもちゃんと反応できている。レオンも攻撃が当たらないこの状況にだんだんイライラしてきたようだ。
「おのれ……小賢しい真似を!」
「今度は癖まで見ておけ。それを全てわかればもう当たりはしないぞ」
「や、やってみるわ!」
「敵から目を離すな。一瞬でも視界から外れれば死ぬと思え!」
「し、死ぬ⁉︎ それは言い過ぎでしょ……」
「バカヤロ。さっき実際そうなりかけただろ。レオンが目の前からいなくなれば、首持ってかれるぜ!」
「ひいっ! それは嫌!」
人差し指で首元を切る仕草を見せるとカーミラの表情が強張った。必死になってレオンの攻撃を観察する。
……なんて、それはハッタリだけどな。
そもそも吸血鬼は不死として名高い種族だし、切ったところでいくらでも復活が効く。それを忘れてるなんて、やっぱり吸血鬼としては半人前というか、そこにすら辿り着けてないのではと思ってしまう。
それでも緊張感を与えることでカーミラが必死になって、必然的に動きも良くなっている。勝つか負けるかはあいつ次第だ。勝負は時の運というように、実力だけが勝つ要因じゃないのだから。
カーミラはもうレオンの攻撃を見切っている。これなら攻撃に転じても問題ないだろう。
「今度は攻撃だ。敵をよく見て剣を振るえ! バランスをしっかり保って斬撃にズレが無いようにしろ!」
「はい!」
「ぐっ、お、おのれ……!」
カーミラの斬撃は確実にレオンを捉えていた。
当たらなくても次の攻撃に早く転じることで補っている。レオンは目に見えて焦っていた。その呼吸も荒くなって、余裕はもはや無いに等しい。
────これでようやくわかった。レオンの弱点が。




