第43話 狂気を切り裂く者よ・前(3)
……ルージュは糸が切れたように体勢を崩す。倒れこむ直前、オレは咄嗟にその身体を受け止めた。
その目は固く閉じられているが、口元からはあの鋭い牙も消え去っていた。レオンの支配から解放させられたことを確信してオレはほっと息をつくが……指先に触れるその肌は少し冷たく、顔も青ざめていた。呼吸が無ければ、死体と見間違えてもおかしくないくらいにルージュは弱り果てていた。
こんな状態で、オレら6人を一人で相手取っていたというのか。なのに身体を一切ふらつかせることなく、戦えていたのも驚きだ。いや……レオンによって、無理矢理にでもそうさせられていたのかもしれない。
「あの野郎……」
ルージュを抱えたまま、カーミラと応戦しているレオンを睨みつける。
暗示で言葉を奪っておくばかりか、こんな無理強いをルージュにさせていたことに腹が立った。下手すれば死ぬ間際だったというのに。
「お前が欠けたらどれだけ不安になるかは、思い知らされたけどな……」
出会ってから一ヶ月半は経とうとしている今。時間で見れば大したことのない期間ではあるが、ルージュはそれだけ信頼しているやつになっていた。
何故だか、最近まで知らないように思えなかった。見た目だけじゃない、前から知っていたような気がするのに。それは思い出せなかった。
だが今は────ルージュの手を放してはいけないような気がした。放したら今にでも消えてしまいそうで怖かった。
「ルージュ、大丈夫⁉︎」
「ルージュさん、しっかりして!」
ルージュを抱えたまま仲間のところに戻ると、全員がオレに駆け寄って来た。それと同時にエメラとドラクが必死になってルージュに呼びかけるが、ルージュはまだ反応を見せられるほど回復していない。
「落ち着け。弱ってはいるが呼吸は普通にしてるし、気絶してるだけだ。今はそっとしといやってくれ。大きく動かす方がかえって良くない」
「う、うん……」
オレは慌てふためく仲間達を落ち着かせた後に、ルージュをそっとその場に下ろしてエメラに治癒を頼んだ。今はカーミラの援護にまわっているイアとフリード、オスクを除いて、残りのオレらでルージュの介抱をした。
やがて治癒もなんとか終わり……ルージュがゆっくりと目を覚ました。
「ん……あれ、私……」
「良かったあ、ルージュ!」
エメラは泣き笑いのような表情で喜ぶ。気持ち的にはエメラが一番必死だったこともあり、安心したのだろう。
とりあえずはルージュに状況を説明した。今までのことの記憶は飛んでいる可能性がある。残ったオレらで今までの経緯を全て話していった。
「そう……か。ごめん、裏切られるのが怖いとか言っておいて……私が裏切る真似しちゃった……」
「気にするな。お前の意思じゃないことなんて、わかりきってたからな」
「ありがとう……。早く、埋め合わせしたいけど……駄目、身体が全然言うこと聞かなくて……」
ルージュは身体を少しでも動かそうとするが、その度に表情が引きつる。今の状態では戦えそうにないのは明白だった。
「む、無理しないで、ルージュさん。カーミラさんの援護は僕らでするから」
「……普通にやったら、勝てないよ、レオンには……」
「は⁉︎」
ルージュがぽつりと呟いた言葉に全員驚いた。
唐突に告げられたということも手伝って、言葉の意味がよく理解出来ない。勝てないって……一体どういうことなのだろう。
「見えちゃったの、捕まった時に……。だからルーザ、ちょっとこっち来て……」
「あ、ああ」
ルージュはオレの手に、あるものを乗せる。それを何か聞く前に、ルージュはまた口を開いて、オレに囁いた。
……ルージュに聞かされたそれは驚くべきことだった。他の仲間に動揺が伝わらない内に、驚愕で固まるオレにルージュは時間がないと言う代わりに話を進める。
「私は動けそうにないから……。ルーザ、頼んでいい?」
「いいのか? これはお前の……」
ルージュがオレに手渡したもの……それは一振りの剣だった。これがなんなのか、忘れる筈がない。これはルージュが愛用している、今となっては最早見慣れたものだ。
この剣を、ルージュは使えというのか? そりゃあ、武器としては一番スタンダードなものということもあって、オレも一応使い方は覚えておいてはいるが。
「これくらいしないと、ただのお荷物だから……。私の代わりに、ルーザに使って欲しいの。私のただの我儘だけど……それでいいなら」
「はあ……、ここまでズタボロのやつに嫌なんて言えるわけないだろ。上手くは扱えないかもしれないぞ?」
「ルーザなら、扱える。だから……大丈夫」
「はん、そうかよ」
オレの皮肉めいた言葉を、ルージュは笑いながら首を横に振って否定した。
なんの根拠も確証もない、いい加減な理由だ。だが、何故か説得力があった。オレは大人しく剣を受け取り、握りしめる。
ルージュはまだ完全に回復していないから、エメラに治療を任せてカーミラの援護に行った。早くしないと危ない。普通じゃ勝てない……ルージュにそう言われたから。
「おい、お前ら!」
レオンと応戦していた仲間に声をかけると、カーミラも含めて全員振り返る。
「あ、ルーザさん!」
「はあ。やっと終わったわけ。お前もノロマなとこあるな」
「仕方ないだろ、介抱だって楽じゃないんだ。で、状況は?」
オスクに尋ねると気まずそうに顔を逸らす。
「ぶっちゃけ言うと悪いんだよな。ご覧の通り吸血鬼どもがタイマン張ってるせいで援護しにくいし。その上なんか妙な力が働いている気がするんだよね」
「やっぱりか」
……ルージュが見つけたものがなんなのか、オレには少し予想がついた。
オスクが妙な力を感じたと言うのも説明がつく。
「なんだよ、一人で納得するな」
「あ、ああ、悪い。お前なら話しておいても良さそうだな」
オレが予想したことは戦況を混乱させることにもなり得ることだ。伝えるなら必要最低限にしなくてはならない。
オスクなら話しておいて損はない。他の奴らに聞こえないよう、オスクにそっと耳打ちした。
「……なるほどね。確かに筋は通っているけど」
「対象が小さいんだ。それならお前がちゃんと確信に至れなかったのも説明つくだろ?」
「まあね。それでもどうすんの? それがわかったところで、発展途上吸血鬼を止めないとなんとかするのも無理だけど」
「……決まってるだろ。いつものようにやるだけだ」
オレはルージュの剣を構えた。銀の刀身がシャンデリアの光を反射してキラッと輝く。
難しいことじゃないんだ。ただ仲間と共に戦う……それだけだ。
「力を合わせなきゃ勝てねえってこと……あいつに思い知らせてやるんだよ!」
オレは剣の切っ先をレオンに向ける。その声にレオンは振り向いた。
オレなりの宣戦布告。その行動はレオンと真正面からぶつかることを意味する。もう逃げ出せないことは誰が見てもわかること。
だが、それでいい。オレらには逃げ出す選択肢はない。相手がどんな強者だろうが、真っ向から立ち向かう覚悟は出来ている。仲間に散々手を出しておいて、黙っているわけがない。
……剣はオレのそんな心を写したように、光を反射してギラッと鋭く輝く。オレはその剣を勢いのまま振るい、虚空を切り裂いた。
あいつの思い通りになんかさせない……ここで借りを返してやるためにも。




