第43話 狂気を切り裂く者よ・前(1)
……ルージュは静かに剣の切っ先をオレらに向けてきた。
その虚ろな目には躊躇も戸惑いもない。完全にルージュはオレらを敵と見なしている。恐らく……いや、確実に拐われた時にレオンに噛まれてしまったに違いない。
くそ、こうなったらやるしかない……!
オレは渋々ながら鎌を構えた。油断すればこっちがやられてしまう。自分の身のためにも、応戦する体勢を取らなければならない。
「や、やめてよ、ルーザ! ルージュとなんて戦えないよ!」
「オレだってやりたくないんだよ! だが無理にでも抵抗しなきゃあいつを解放することもできないだろうが!」
エメラの言葉にオレは声に怒気を含ませて返す。
今、手持ちにあるニンニクは残り僅か。つまり失敗はほぼ許されない状況だ。十字架のペンダントを突きつけて動けなくするのも手だが……相手は観察眼が優れているルージュ。中途半端な作戦では簡単に破られてしまうだろう。
「エメラ、やるしかねえよ。戦わねえとどっちみち戻せねえし。傷つけなきゃいいだけだ」
「う、うん……」
戦いは避けられないと覚悟して全員、各々の武器を構えた。エメラも迷っていたが、イアの言葉でいよいよそうするしかないと悟ったらしく、渋々といった様子で愛用の杖を取り出した。
ルージュはまだ攻撃してこようとはしていない。不気味な赤い光を宿す瞳でこちらをじっと見つめてくるばかり。まだルージュの意識が抵抗しているのか、ただ動かないだけか。どちらにしても警戒は緩められない。
前者の方を信じたかったが……レオンが次に発した言葉でその希望は壊された。
「さあ、やれ。我の新たな眷属よ。目障りな者共を血祭りに上げてやれ!」
「……っ。は、い」
……っ!
レオンの言葉にルージュは反応を示し、迷いなくオレらに斬りかかってくる!
「うわっ⁉︎」
なんとか全員かわせたが、ルージュは本気でオレらを倒そうとしている。斬撃の速さから見ても、一切のためらいがなかった。
くそ、これだと本気で応戦することも避けられない……!
「イア君、雪を作るので、さっきと同じようにお願いします!」
「お、おう!」
フリードは手を上に掲げて雪を降らせる。その後に、ドラクとロウェンを止めた時と同じようにやろうとしたが……その光景はルージュも見ていたことを忘れていた。
イアが溶かした後の、今となっては雨となった雫にルージュは手をかざす。
「……『フィンブルヴェト』」
ルージュが呟くように詠唱を終えると、溶かした雪が一瞬で元に戻ってしまった。
「ま、マジかよ⁉︎」
「イア君、すぐに離れてください! 魔法はまだ終わってないです!」
フリードの言う通り、凍らせた雪に冷気を当てられたことでそれらは大きなつららと化していた。そのつららがオレらに容赦無く襲いかかる。元の雪が多く、つららの数も尋常じゃない。
くそっ、全部は避けられない。こうなったら!
「『ディザスター』ッ!」
鎌から衝撃波を放ち、つららを相殺した。全ては壊せなかったが、それらは避けるなどしてなんとか当たらずに済む。
「……他のみんなはあの子を食い止めて。あたしはお客様に手は出せないから」
「お前は何をする気なんだ、カーミラ?」
「あたしはレオンの相手をする。ここまでやらせておいて、あたしだって黙ってないわ!」
「お、おいっ、馬鹿!」
カーミラは剣を構えてレオンの元に駆け出す。
正面突破という、あまりにも馬鹿正直すぎる切り込み方だ。それじゃあルージュに邪魔されるだけだというのに。咄嗟に止めようとするが、カーミラとの距離は既に離れてしまってもう間に合わない。
「仕方ないなあ。『カオス・アポカリプス』!」
しかし、オスクがタイミング良くカーミラとルージュの間に闇で障壁を作って手出し出来ないようにしてくれた。
本来は対象を闇で覆う攻撃魔法のはずだが、こういった使い方も出来るらしい。おかげでルージュの攻撃がカーミラに当たることはなかった。
「これでしばらく動けないっしょ。精々頑張れば、吸血鬼?」
「ありがとう、大精霊様!」
カーミラはオスクに礼を言ってからレオンに向かっていく。そしてレオンの元まで辿り着くと、間髪入れずにお互いに剣をぶつけ合って戦い始めた。
オレらはルージュの相手だ。なんとか支配から解放してやらねえと……。
オレはルージュを見据える。ルージュはさっきと変わらずに剣を構えて、少しでも動けばすぐにでも応戦すると言わんばかりの体勢。顔は暗いフードに隠されて見えなかった。
あれだと十字架のペンダントを突きつけてもルージュに見えるか疑問だ……。
「どうすんだよ、ルーザ。ルージュの口にニンニク突っ込むなんて出来る気しないぞ?」
「どうすると言われてもな……。おいオスク、お前なら鎖とかで縛れないか?」
「えー、そんなことしちゃっていいわけ?」
「バカヤロ。この際、手段なんか選んでられないだろ」
「だってさ、鎖で縛ろうものなら確実に傷つけることになるけど。それでもいいんだ?」
「う……」
オスクにそう言われて決断が鈍った。
ルージュを傷つけるなんてことはなるべく……いや、絶対にしたくない。それだとオスクの鎖は最終手段ということにでもしないと駄目か。
くっそ……チャンスを掴めるまで自力で粘るしかないのかよ……!




