第42話 血塗られた舞踏会(4)
部屋を出て早々、オレとルージュは徘徊していたエメラを見つけた。さっきのイアと同様に、レオンの命令でカーミラを探しているらしく、周囲を探るように辺りををキョロキョロと見渡している。
「さて、どうするか。まだオレらがレオンに噛まれていないことはバレてないが……」
「エメラなら任せて。大好きなものに入れればいいんだよ」
ルージュはカバンから取り出したらしい、チョコレートに先程刻んだニンニクを振りかける。そして堂々とエメラの前へと歩いていった。
「あ、ルージュ……」
「エメラ、お菓子を見つけたの。食べない?」
「えっ! 食べる食べる!」
お菓子と聞いた途端、エメラの目が喜びと興奮でパァッと輝く。
眷属になっても根は変わらないのか。いいのか悪いのか、よく分からないが……。
そして肝心のエメラはといえば、お菓子という言葉にすっかり心を奪われてしまったらしい。ルージュから差し出されたチョコレートを大喜びで受け取り、振りかけられているニンニクには目もくれず、それを何の疑問もなく口に放り込む。
「ん〜! やっぱりチョコは最高〜!」
なんて、とろけそうな表情で好物のチョコレートにエメラは幸せそうだ。……が、突然その表情をしかめる。
「あ、あれ? なんか変な味……」
流石に食べたら違和感を感じたようだが、もう遅い。そう呟いた直後……エメラはうーん、と唸って倒れ込んだ。
やっと気づいたか……。菓子のことになるとエメラは単純だ。
倒れたエメラは目を回して気絶している。その半開きになった口からは牙はすっかり無くなっていて……どうやらレオンの支配から解放出来たようで、ルージュ共にホッと息をつく。
やがてエメラが目を覚まし、頭を抱えながらフラフラと起き上がった。
「あれ、ルージュにルーザ? わたし、一体どうしたの?」
「良かった、元に戻って」
「元に? あっ……そうだよ、わたし吸血鬼に噛まれて! ……って、2人ともどうしたの、その牙⁉︎」
「とりあえず落ち着け。全部話してやるから」
どうやら眷属にされていた時の記憶はごっそり抜けているらしい。混乱しているエメラが冷静さを取り戻してきたところで、今の状況を説明した。
「な、なーんだ。カーミラさんにか」
「うん、眷属にされたみんなの目を誤魔化すためにね。でも、そろそろ解いてもいいかな」
「だな」
ルージュの言葉に頷き、オレとルージュも口にニンニクを放り込む。
何かが抜ける落ちるような……そんな脱力感を感じた直後にルージュの口元を確認してみると、さっきまであった筈の鋭い牙がすっかり取り払われていた。オレも鏡代わりに窓を顔を写してみると、自分の歯も元に戻っていた。
「これでよし……と。それでエメラ。回復したばかりで悪いが、お前も協力してくれ。まだ他の4人がレオンの支配下にあるからな」
「もちろん! みんなも助けないとだよね!」
オレの頼みにエメラは迷うことなく頷いてくれた。エメラにも刻んだニンニクを渡して、他の仲間のところへと急ぐ。
オスクとカーミラも既に手を回してくれたようで、イアも元に戻していた。2人と合流してすぐに立ちはだかったフリードにも協力してニンニクを食べさせて、レオンの支配下から解放させられた。
あとはドラクとロウェンだけだ。流石にここまで来ると、オレとルージュの誤魔化しもバレてしまっている。だがそれでも構わない。2人を戻せれば万事解決なのだから。
そして今、オスク達と合流したところで残っている2人と対峙する。
「逃さ、ないよ……!」
「よくも……邪魔を」
「ドラク、ロウェンさん……」
牙を剥き出し、獣のような唸り声を上げてにじり寄って来る2人を警戒しながら見据えていた。2人らしからぬその態度は、嫌でもレオンの支配下に置かれていることを思い知らされる。
仲間である2人に攻撃は出来ないが、なんとか動きを封じ込めないとニンニクを突っ込むことも出来ない。
「あたしも流石にお客様に対して乱暴なことは出来ないわ。どうするの?」
「2人同時には無理があるな……。片方ずつ羽交い締めにでもして動きを止めねえと」
「わたしじゃ男の子には敵わなそうだし、役に立てそうにないかも。足手まといでごめんなさい……」
エメラは申し訳なさそうに謝ってくる。さっきまでのこともあって、何も出来ないのが悔しいようだ。
「謝らなくていいよ、エメラ。疲れもあるだろうし、せめて休んでいて」
「ドラクは、僕の親友なんです。いつも助けられてばかりですし、ここでその恩を返さなくては……!」
そう言って、フリードが珍しく強気に前に出る。
フリードとドラクはオレが2人を知る前からの付き合いだったと聞く。友人ならば、自分がなんとかしたい気持ちが強いんだろう。苦々しい表情を浮かべながらも、決心したようにその声を張り上げる。
「イア君、急で申し訳ないんですが、僕が雪を作るので炎でそれを溶かしてくれませんか⁉︎」
「おう、わかった!」
なるほど、フリードは吸血鬼は流水を越えられない弱点を利用するようだ。イアもそれが分かったようで、すぐさま頷いて前線へと躍り出る。
そして、フリードは2人を真っ直ぐ見据えて、2人との距離をギリギリまで詰めてから構えに入った。
「『アイシクルホワイト』!」
頭上に巨大な雪の結晶が描かれ、それが弾けて欠けらが雪となって降り注ぐ。こいつを溶かして雨にすれば、2人はオレらのところまで来られない筈だ。
オレも簡単なものなら炎の魔法を使える。溶かすなら、一人よりも2人がいいだろう。
「よっしゃ! 『エルフレイム』!」
「『ヘルフィアンマ』!」
イアに合わせて、オレも炎を放つ。互いに届かない範囲をカバーしながら、ちらちらと落ちてくる雪をとにかく蒸発しない程度に火で炙っていく。
そして狙い通り、溶かされた雪は水となってその場に落ちていった。
「うっ⁉︎」
途端に、ドラクとロウェンは反射的に即席の雨から飛び退いた。襲おうか迷っているものの、眷属と化して吸血鬼の弱点も背負っている2人は雨を超えられないようで、完全にその場で立ち往生となる。
解放するなら今しかない……!
「そらっ!」
2人の口に向かって、ニンニクの欠けらを投じる。摘めるくらいの小さな欠けらだ。上手く飛んでいくかすら疑問だ。
────が、欠けらは思いの外、真っ直ぐ飛んでいってくれた。2人を戻したい、その気持ちが伝わったように。
「むぐっ⁉︎」
ニンニクの欠けらは2人の口に見事命中。そのまま喉を通ったようで、2人は気絶した。
……どうやら上手くいってくれたらしい。それが分かると同時に力が抜けて、その場にへたり込む。平然としているように努めていたが、仲間を支配下に置かれて精神的にも自分が思うより大分参っていたようだ。
「ドラクッ、ロウェンさん!」
「おい、大丈夫か⁉︎」
フリードとイアが咄嗟に2人に駆け寄る。
2人とも、牙がすっかり取り払われている。首の噛み跡は相変わらずだが、特に外傷もなく、無事のようだ。
これで仲間も完全に元通りだ。カーミラもオスクも安堵していた。
────背後からいつの間にか迫っていた影に気づかずに。




