第42話 血塗られた舞踏会(1)
カーミラの案内で物音が聞こえてきた部屋へと向かう。
……と、言うのは簡単なんだ。言うのは……。
廊下を曲がり、中庭を突っ切り、一度外に出たりと屋敷の中にいるだけでも忙しい。
どんだけ広いんだよ、この屋敷! クリスタの城でもこんな複雑な経路無かったぞ!
……そんな言っても仕方ない愚痴を心にしまいこみながらカーミラの後を必死に追う。ここで見失えばこんなだだっ広い屋敷に放り出されて彷徨うことになる。そんなことになるのはまっぴら御免だ。
そしてようやく、問題の部屋に辿り着いた。やはり窓ガラスを破壊されていたようでガラス片が床に散乱しているのが見えた。
────紅い月の光を浴びた、一つの人影がガラス片を煩わしそうに踏みつける光景と共に。
「ようやく到着か。随分と呑気な……そんな輩がここの主人とは拍子抜けだ」
その侵入してきたのは、首までの短い金髪を持つ人間体の男だ。貴族風の衣装に、黒いマントをなびかせてオレらを見下すように宙に浮いている。そして……その口からは確かに牙が覗いていた。
こいつがカーミラの父親の地位を狙いに来た吸血鬼か……。見た目はオスクよりも年下に見える。そこまで強そうでもないのだが、油断は出来ない。
「……オマケが多いようだが、お前がここの主人か? 少女よ」
その吸血鬼は見た目の割に高飛車な態度でカーミラに尋ねた。もちろん、こんな言われ方をされてカーミラも気分が良いわけがない。ムッとしながらカーミラは冷たく言い放つ。
「あたしはその主人の娘よ。主人はこの奥にいるけど、あなたにはその場まで行かせないわ」
「なんだ、娘か。ここを長い間支配しているからどんな奴かと思えば、娘に任せるとは臆病なものだ」
「お父様は臆病なんかじゃないわ。お父様は自分が出る幕もない程、あなたは弱いとわかっているからよ」
カーミラも嫌味たっぷりにそいつに言い返す。これには流石の吸血鬼も顔を不機嫌そうにしかめた。
「チッ、言ってくれる。まあいい。冥土の土産に名乗りくらいはしてやろう。……我はレオン。この主人の地位を賭けて勝負して貰おうか」
「あたしはカーミラ。地位はあなたになんか絶対に渡さないわ」
カーミラは剣を構えた。
いよいよ吸血鬼同士の戦いが始まるということもあり、この部屋の緊張が一気に高まる。オレらもカーミラに合わせて戦闘態勢を取った。
レオンと名乗った敵の吸血鬼も態勢を整える。……が、その視線はカーミラを外した。
「そちらが多勢で来るのは少々卑怯、と言いたいところだが。丁度いい奴らがいるじゃないか……」
「……ッ⁉︎」
その視線はカーミラ以外の、つまりオレらの方を向いていた。ヤツの赤く鋭い瞳には殺気が宿っており、そのおぞましさに身体が一瞬硬直した。
「これは好都合だ。まずは……お前だ!」
「きゃああっ⁉︎」
レオンはとんでもないスピードでエメラに掴みかかった。その凄まじい速さにオレらは追いつくことが出来ず、対応に完全に遅れてしまった。ルージュが手を伸ばしたが、間に合わない。
レオンはオレらの手の届かないところまで飛び上がると、そのままエメラを羽交い締めにする。もともと力があまりないエメラは身動きが取れなくなってしまう。
「っ! エメラ!」
「いやっ、放して‼︎」
「ククク……食事は久々だ。では、いただくとするか……!」
レオンは不気味に笑いながら口を開く。
その鋭い牙が……エメラの首に突き刺さる……!
「きゃあああーーーッ⁉︎」
グサリという嫌な音とエメラの甲高い悲鳴が響き渡った……。
「ひっ⁉︎」
「エ、エメラさん!」
エメラは床に落とされ、倒れこむ。イアとフリードが心配そうに呼びかけてはいるが、気絶しているのかピクリとも動かない。
「クク……さあ、立て。我が眷属よ」
「……ゥゥア」
レオンの声にエメラは獣のような奇妙な呻き声を上げてふらふらと立ち上がる。
だがその瞳は同じように見えてどこか暗い。虚ろで意識がはっきりしていないように感じた。
「エ、エメラさん!」
「おい、大丈夫か⁉︎」
フリードとイアがエメラに駆け寄ろうとする。二人とも、エメラの目の異様さに気づいていない。
「おいっ、馬鹿!」
「駄目、離れて!」
オレとルージュで二人の腕を咄嗟に引いた。それと同時に、何かがヒュッとフリードとイアの目の前に振り下ろされていた。
……エメラが愛用している杖だ。間違いなく、エメラは攻撃してきたのだ。そして……その口からは吸血鬼のような牙が。
「エ、エメラ、何するんだよ⁉︎」
「よく見ろ! あいつに噛まれたせいであいつに支配されてんだよ!」
「そんな、エメラさん……!」
全員、そんなエメラを複雑な気持ちで見据えた。
完全に敵対している。でもあいつは仲間だ。手出しなんか出来るわけがない……!
「さあ、やれ! 我の新たな下僕よ!」
「はい……レオン様……」
エメラはふらふらとゾンビのような足取りでオレらに迫って来る。どうにも出来ず、オレらは後ずさった。
「っ! みんな、逃げて! とにかく捕まらないように何処かに隠れて!」
カーミラが慌てて指示した。
その判断は正しい。迷っていれば、あの牙の餌食だ。戦うことも出来ない。もどかしさもあったが、仕方なく背を向けて全力でその場から逃げ出した。




