第41話 紅い月に照らされて(2)★
……。
オレの目の前に横向きなった床が見えた。
黒くて、冷たい床だ。オレの顔を容赦無く突き刺して、まだぼんやりとした視界を徐々に覚ましてくる。
「あら、お目覚めかしら?」
「ッ⁉︎」
突如、上から降ってきた声にビクッとして振り向く。そこには一人の人間体の女が。
星の光をそのまま写したような長く綺麗な銀髪。白いスカートに、ひだが寄せらて大きく膨らんだ紅い布を重ね、リボンとフリルで装飾された変わった服装。それに加えて、頭にはこれまたフリルが付いたヘッドドレスが乗せられていて。
見た目こそ派手だが、色合いは落ち着いたシックなものだ。オレはよく知らないが、いわゆるゴスロリとかいう服に似ている。
その女は蒼い大きな瞳でこちらを心配そうに見つめていた。見た目こそ年端もいかない少女ではあるが、その背には真っ黒なコウモリの翼が。
────吸血鬼。その単語が頭をよぎった瞬間、オレは反射的に鎌を構えた。
「やーね、別にかじったりなんかしないわよ。あたし『カーミラ』。あなたは?」
そのカーミラと名乗った吸血鬼は笑みを浮かべながら、オレにそんな質問をしてくる。そんないきなりの間抜けな質問にオレは拍子抜けした。
……手出しもしてこない奴に、反応を示さない方が失礼か。オレは一先ず鎌を持つ手を下ろし、それでも警戒することは忘れず口を開く。
「……ルヴェルザ。ルーザと呼ばれている」
「そう。よろしくお願いするわ、ルーザ。お客様だもの、歓迎しなくちゃね」
カーミラはスカートの裾を持ち上げて挨拶しつつ、微笑みを向けてくる。その言葉通り特に敵意も感じられない。なら、もうオレが刃を向ける理由も無い……そう判断してカーミラへの警戒心を解いたオレは鎌を収めた。
「屋敷の中が騒がしかったから見に来てみれば、普通の妖精のようね。泥棒かと思っちゃったわ」
「ん、そりゃ悪かった……。オレらとしても用事のためにここを訪ねてきたから、驚かせるつもりは無かったんだ」
「あら、そうなの。それならベルを鳴らしてくれれば良かったのに」
「いや、ベルなんか無かったぞ。それで無断に入ったんだが」
「あるわよ。門の近くに設置してあったでしょ?」
「ホントか……?」
ベルが本当にあったのか気にならないといえば嘘になるが、本来の目的であるこの屋敷の住民は見つけられたのだから、さっさと先に進むべきだ。とりあえずはルージュ達と合流するため、カーミラと共にばらけた仲間を探すことにした。
流石に屋敷に住んでいるだけあって、カーミラは複雑な廊下を迷わずに歩いていく。ただ、これだけ歩いてもフリードは見つからない。気絶している間に大分距離が開いてしまったようだ。無事だといいんだが……。
しかし入る前は襲われるんじゃないかと警戒してたが、こうしてカーミラと直接対面してみると、その心配は全く無かったようだ。今もオレの隣を、鼻歌でも歌い出しそうなくらいに楽しそうに歩いているばかり。
「お前……本当に吸血鬼、なんだよな?」
「ええ、そうよ。ここにコウモリの羽があるし、牙だってちゃんと持ってるもの」
「いや、まあそれは見て分かるが。目の前にオレっていう恰好の獲物がいるってのに、襲わねえんだなって思ってよ」
「だって……嫌いなんだもの、血」
カーミラは気まずそうにボソッと呟く。
……は? いや、ちょっと待て。今こいつはなんと言った。
「お前、吸血鬼だろ? 血を吸って生きる種族だろうが」
「嫌よ! 金属食べてるみたいじゃない!」
「鉄分入っているんだから当たり前だろ……」
全く。襲わないと思ったらそう言う理由だったか。
オレは呆れてため息をつく。襲わないのは確かなのだが、カーミラのせいで吸血鬼のイメージがぶち壊された気が……。
「だ、誰にだって嫌いなものはあるわ!」
「お前らの場合、主食だろうが」
「いいのよ。血なんか吸わなくてもトマトジュースと鉄分はレバーを食べれば充分!」
「さらっと吸血鬼の尊厳壊してくれるな、おい……」
そんなもはや吸血鬼失格に等しい存在に連れられながら、屋敷を歩き回った。そうして、時間はかかったものの、しばらくしてなんとかバラバラになっていた仲間達全員と合流して入り口前の大広間に集まる。ようやくフリードも見つけ出せることが出来て、安心からほっと息をついた。
カーミラには他の仲間も驚いてはいたが、オレが経緯を説明したことですぐに緊張は解かれた。
「良かった、ルーザさん……! 見失ってしまって心配だったんです」
「ああ。互いに何事も無ったようだな」
「じゃあ、ここの屋敷の主人も見つかったし、本題に入ろっか。あの、カーミラさん。私達、火山に入るための許可を貰いに来たんです」
「そうらしいわね。でも、あたしじゃ許可は出せないわ」
「え、そんな……!」
そのカーミラの言葉にオレらは固まる。
この吸血鬼じゃなかったのか……と不安に駆られる。闇の精霊が指差した方向には間違い無かったはずなのに。
そう落ち込んでいると、カーミラはすかさず手を振って否定する。
「誤解させてごめんなさい。あたしじゃ許可を出せないだけよ。あたしは正確にはこの屋敷の主人の娘なの。だから、許可を出すのはあたしのお父様よ」
「な、なんだ……」
「全く、勘違いするようなこと言うなよ。それで、何処にいるわけ?」
「こっちよ、案内するわ」
カーミラは再び歩き出す。オレらも見失わないよう、その後を追いかけた。
カーミラの父親がいるらしい場所へと進んでいくうちに内装の装飾が豪華になってきている。まるで主人の部屋が近くなっているというのを、屋敷の中で体現しているかのように。




