第40話 付けられた傷痕(1)
今回から五章です。少しでも読んでいただけると嬉しいです!
パーティーを終えて、しばらく経ったある日。オレ、ルーザ達は再びミラーアイランド城へと赴いていた。
パーティーでは色んな意味で散々な目に遭ったが、ルージュが王女だと世間に公表したためかあの出来事は新聞に大きく取り上げられた。その影響かは知らんが、あの日を境に光と影、二つの世界を行き来する妖精が増えてきているように感じる。
嫌なこともあったが、二つの世界の交流を取り戻すという目的をしっかり果たせて、オレらがしてきたことは無駄じゃなかったのだとほっとした。
それで元の生活に戻り、数日経った今日。オレらの疲労も回復してきたところで次なる目的地────満月の大精霊がいる、シノノメ公国へ向かうための相談を城でクリスタとしていた……のだが。
「はあ⁉︎ 船が出せない?」
「ええ……正確には船が入れない状況らしいのです。島国ですし、港は多い筈なのですが。私も詳しくは知らなくて……」
相談が始まってすぐにクリスタから告げられたのは、そんないきなり足止めを喰らう報告だった。仲間も揃って驚いたり顔をしかめていたりしているが、当のクリスタも非常に困惑しているようで、戸惑いの表情を浮かべるばかり。寧ろこっちが理由を知りたい、 そう言いたげな顔だった。
だが、船が入れないなんて相当なことだ。港は多いのにも関わらず、それでも船が停泊出来ないだなんて余程のことがなければそんな事態にならない筈。クリスタもよく知らないというし……一体何が起こっているんだ?
「こんな時こそ『遠写の水鏡』っしょ。それを使えばそこで何が起こっているのかも確認出来る。試運転にも丁度いい機会だし」
「ん、そうだな。ルージュ、出せるか?」
「うん。任せて!」
オスクの提案に反対するやつはもちろんいない。
水の大精霊、ニニアンから譲り受けた時からずっとそれを預かっていたルージュはすぐさまカバンから美麗な装飾が施された大きな銀の杯を取り出す。
最初こそ色々しまいこんでいることに呆れもしたのだが、今となっては便利なことこの上ないものだ。遠出することが多くなって、色々しまえるのはなんだかんだ言ってありがたい。
とにかく水鏡をそばにあったテーブルに置いて、ルージュは早速水を注ぐ。たちまち水鏡には水が張られ、中で滑らかに揺らめいた。
「とりあえず準備完了だね」
「そんじゃ、始めるか。えーと、確か……『カステフティス・マーレ。シノノメ公国の周囲を写せ』!」
オスクが水鏡に手をかざして、呪文を詠唱する。
すると────風もないのに張られた水がひとりでに波紋を立てて、ぼうっ……と淡い光を放つ。
水はどんどん波紋の数を増していき、やがて何かが写り始めてくる。初めはぼやけていたが、鮮明になってきた。
「……えっ⁉︎ 何これ!」
エメラが驚きのあまり、反射的に声を上げる。
そう反応するのも無理はない。何故かといえば水鏡に写し出されたシノノメ公国の光景が……いや、正確にはその周辺にあり得ないものが映し出されていたからだ。
……海と思われる大陸の周囲は一面真っ白。島の周りを覆うのは氷、氷、氷。島を丸ごと氷の檻で閉じ込めているかのような状態。これでは船が入れるどころじゃない、何人たりとも侵入を許さないような状況だった。
「なんだこりゃ⁉︎ なんでこんなにカチンコチンなんだよ!」
「異常気象……ってことでもないよね。そもそもシノノメ公国の周りってこんなに凍るんですか?」
「いえ、そんな話も記録も聞いたこと無いですけど……」
ロウェンの質問にルージュも困ったように返す。こんな記録も無いということ、それにここまで大規模にまで凍りついているとなるとただの自然現象では片付けられないし、たまたまとも思えない。
どうしてこんな状態になったんだ? そうオレらが戸惑っている中で、オスクだけは何かを悟ったかのように水鏡の中の景色を「ハッ」と鼻で笑う。
「こんなところで足止めしてくる奴なんて『滅び』しかいないっしょ。とうとう邪魔立てしてきたな」
「いや、それがわかったところでな……。おいフリード、お前なら氷を操れないか?」
「ええ⁉︎ も、申し訳ないですけど無理です! こんな大きな氷、雪妖精が大勢束になっても難しいですし……」
「チッ。なら、ルージュ。あのドラゴンならどうだよ?」
あのドラゴンは氷河山での巨大氷柱も破壊出来た。それを理由に期待を持ってルージュに聞いたが……ルージュは首を振った。
「フレアの火力は確かだけど、こんな大規模な氷だと水中までがっつり凍っているよ。流石に船が通れるまでの道を作るのは厳しいと思う」
「そうか……。くそ、どうしたら」
氷が溶けるのを待つか? ……いや、駄目だ。こんなでかい氷、溶けるのも時間がかかる。ましてや『滅び』の干渉で出来た氷だ、自然に溶けるとは思えない。
ゴッドセプターを使う手もあるが、王笏は完全じゃないし、火の大精霊の力を繋いでない以上、溶かすことは無理がある。
解決する手立てが見つからない。周りも悔しそうに俯くばかり。氷がデカすぎる、妖精の力でどうこう出来る代物じゃないし、オスクの力でも無理がある。
ここまで来て引き下がるっていうのかよ……!
「なに落ち込んでんのさ。寧ろ前向きに考えたら?」
……不意にかけられたその声にハッとする。そう言ったのはオスクだ。
オスクはいつものように余裕をかました不敵な笑みを浮かべている。驚いているオレらを見てオスクはニヤッと笑みを深めた。
「逆に考えてみろ。『滅び』が直接邪魔立てしてくるのはそれだけ今までの行動が『滅び』にとってマズいと思ってきてるってこと。ここで引き下がったら、それこそ思う壺じゃん」
「お前がそう言うなら、他に作戦があるのかよ?」
「当然っしょ。僕を誰だと思っているわけ? 誇り高き闇の大精霊だぞ?」
オスクはそう言うと水鏡を指差す。
「直接解決出来ないなら裏側からやってみるまでっしょ。この世界は表裏一体。支え合うことで成り立ってんだ。なら、影の世界でこのシノノメと重なる場所にあるところで、氷の逆……火に関係する異変が起こっている可能性がある」
「影の世界でか……」
確かに一理ある。光の世界で『滅び』の影響が出ているのなら、リンクしている影の世界の場所で異変が起こっていてもおかしくない。
なら次の行き先はその異変が起こっている場所を目指すということになる。満月の大精霊に会うのはそれが解決してからだ。中に入れないんじゃ、どうしようもないから。
今は影の世界の地図を持ち合わせていない。相談するためにもミラーアイランドとクリスタは後にすることにした。
「では、しばらくお別れということですね」
「うん。ごめん、姉さん。ずっと一緒にいられなくて……」
「いいんですよ。それがこの世界のためでもありますから。それに妹が頑張ってくれているなんて、こんなに嬉しいことはありません」
「姉さん……」
ルージュはクリスタの言葉に嬉しそうに笑う。
なんだかんだ言っても、ルージュもクリスタのことを信頼しているのが自然とわかる。
「あ、そうです。ルージュのローブを直したついでに、ルーザの服にもお守りを付けておきましたよ」
「は? おい、待て。なんの話……」
質問が終わる前にクリスタは何処かへ行ってしまい、またオレらの前に出てくると布を抱えていた。
紫の法衣と白の厚手のマント。マントには花弁のように裁断された青い布が縫い付けられており、法衣の裾とマントの端には付けられた青いクリスタルが揺れている。
「……って、オレの法衣じゃねえか! いつの間に掻っ払ったんだよ‼︎」
「いいじゃないですか。これも私の好意です。魔法がたっぷりかけられているので身体をしっかり守ってくれますよ」
「あんたが楽しんでいるだけだろ……。とにかく返してもらうからな」
オレはクリスタから法衣をひったくる。
影の世界に行くならこの法衣じゃないと寒さが凌げない。仕方なく法衣に腕を通した。
────直したからか、傷もなくて着心地がいい。普段より馴染む感じだ。癪に触るが、仕事の良さは確かだ。
修繕したての法衣に腕を通したオレを、クリスタは幸せそうににこにこしている。家族でもないのにやたら世話を焼いてくるクリスタにオレは呆れてため息をこぼす。
「ほら、似合いますよ」
「うるさい。勝手にやっておいて」
「でもいいじゃない! その服もオシャレよ!」
「うん。どんな服でもルーザさんはルーザさんだよ」
エメラとドラクがそう褒めた。まあ……悪い気はしないが。勝手にされたこととはいえ、クリスタも好意でやってくれたことだし。
「ほら、とっとと行くぞ。茶番は終わり」
オスクがそう言い、とりあえず影の世界へと向かうことに集中する。オレらは城を出て、世界の境界線である鏡の泉まで駆け抜ける。
……走る度にクリスタが付けた青のクリスタルが優しく揺れて、焦っていた気持ちを和らげてくれた。それを見て一応は礼を言っておくか……と考えながら、オレらはダイヤモンドミラーに飛び込んだ。




