第38話 汝、暁に唄う(2)★
準備を入念に整えた後に、オレらは意を決して広間に戻ってきた。先程の騒動があったせいで、周りからのジロジロという視線が少々痛い。これからド派手な作戦をかまそうとはしているが、目立ちたがりでもないのに注目を集めるのはやはりいい気分はしない。
とにかく目的を果たそう。そう気持ちを切り替えて、ヤツは何処にいるのかとキョロキョロしていたその時、早速聞き覚えのある嫌味が飛んできた。
「うーん? てっきりもう帰ったかと思っていたのに」
テオドールは中央にある一番大きなテーブルに座っていた。周りには自分の従者を置いて、他の妖精達には座らせないようにして独占状態。さっきの行いを反省する様子なんて微塵も感じさせなかった。
周りの貴族妖精が迷惑そうに顔をしかめているというのに、テオドールはその行いが迷惑になっているという考えは一切ないようだ。自分さえ良ければいいと思っているのだろう。……ほんと救えないな、このろくでなし。
「ま、戻ってきたところで変わらないね。おい、あいつらをつまみだせ」
「はっ!」
「おっと、そうはさせないけど?」
聞き覚えのある、小馬鹿にしたような余裕をかました声。
その次の瞬間、オレらを捕まえようとしてきたテオドールの従者達は魔法の鎖でぐるぐる巻きにされた。
「な、なんだこれは⁉︎」
「ハハッ! いっちょ上がりって感じか?」
……ったく、タイミングのいいヤツめ。オレは皮肉っぽく笑う。
従者達を縛り上げたのはオスクだった。そしてそのまま、手にした紙をオレに向かって放り投げる。
「ほらよ、これでいいっしょ?」
「ああ。……これで材料が揃った」
紙を受け止めてニヤッと笑みを浮かべる。いきなりのことにテオドールは戸惑った。
「な、なんだよ。ボクの邪魔をしてただで済むと思うなよ!」
「こっちのセリフだ、クソッたれ。これ見ても平然としてられるのか?」
「な、何? 一体何の話だ!」
「簡単な話だ。掃除してたら面白いものが見つかってな」
オレはさっきのフリードとドラクが持ってきてくれた紙をひらひらさせた。
テオドールに見覚えが無い筈が無い。その表情がみるみるうちに引きつっていく。
「お、お前何処でそれを⁉︎」
「さあ? あるやつが警備の手薄な内に忍び込んでひったくってきた、ってところじゃないか?」
「き、キサマッ……‼︎ か、構うもんか! それを燃やせばいいだけのこと……」
「そうはいくか。ここにお前の味方なんていねえよ」
テオドールが紙を奪おうと近づいてくる直前、オレは次にオスクが持ってきた紙を突き付ける。その紙にはびっしりと文字が紙面いっぱいに書かれていた。
オスクに頼んでいたのは実は署名だ。テオドールを失脚させたいという、このパーティーの参加者に名前を書いてもらっていた。
この会場全てを回る必要があったが、流石オスクのスピードだ。この短時間に全て回ってくれていた。
「『生意気な貴族に制裁を加えるためにお力添えを。もれなく大精霊が援助します!』ってな。すぐに書いてくれたけど?」
「そのキャッチコピーに色々突っ込みたいところはあるが……今はそんな場合じゃないな」
まるで何かの宣伝文句のような、オスクふざけたキャッチコピーに不安はあったが、効果は覿面だったようだ。その証拠に、パッと見ただけでもすごい量の名前が書き込まれている。
「このパーティーの参加者は全部で156人。署名したのは142人。九割はお前の敵ってことだ。なんか文句ある?」
「う、ぐぐ……」
オスクの挑発するような言葉でも、テオドールは何も言い返せずにいる。当然だ、それが今までこいつがしてきたことのツケなのだから。
しかしまだ諦めてないらしいテオドールは、悪足掻きするかのように紙を燃やそうと火を放ってくる。だが火が署名用紙にあたる寸前────それは横から放たれた光で弾かれた。
「まだ話は終わってない。侮辱されておいて、私だって黙っていられる程、寛容じゃない!」
光弾を放ったのはルージュだった。その紅い瞳には怒りと……強い決意の光が宿っている。さっきまでの影に隠れて、縮こまっていた面影は消えていた。
ルージュはドレスを脱ぎ、早着替えの術でさっきクリスタが渡したローブに腕を通す。
周りが金で縁取られた、黒い生地に花弁のように切られた紫の布があてられたローブと、肩にはケープ状の小さなマント。ルージュが動く度、クリスタがお守りに付けた青いクリスタルが揺れていた。
おもむろにルージュは剣を構える。クリスタに言われた通り、刃傷沙汰を避けるためにその手にした得物こそ模擬剣ではあるが、この急展開に焦ったテオドールにはそれを偽物か本物かなど見分けられていないようだった。
「な、なんだよ! やる気か⁉︎」
「どうぞご安心を、ただの余興です。女王様、結界をお願いします!」
「ええ。わかりました!」
クリスタは両腕を掲げる。ルージュとテオドールの周囲に正方形のバリアが貼られた。これで二人に手出し出来る奴はいない。
「ほらほら、武闘会の開始だ。精々楽しみなよ、妖精ども!」
オスクがそんなことを言うものだから、会場が一気に盛り上がる。まあ、それでよかった。貴族達にはお遊びと思ってくれればそれでいい。ルージュが振るうのはなまくらでも、その意思は鋭く磨かれた本物の怒りなのだから。
テオドールはさらに焦燥に駆られている。いきなり閉じ込められて、逃げ場がないことに恐れているのだろう。
「さあ、始めましょう? これはただの余興。恐れることなんて無い筈ですが?」
「このっ……貧乏貴族がッ‼︎」
テオドールの顔が怒りで真っ赤に染まる。
いよいよ決着の時────ルージュは剣を握りしめ、いつでも応戦出来る体勢を取った。もうこれ以上好き勝手させない、そんな強い思いがルージュの紅い瞳に映っていた。




