第4話 帰路へと向かう(2)
私達を呼び止めたのは、青と白を基調にしたロングドレスを身につけ、羽のようなふわふわとした耳を垂らしている背の高い、大人の白い妖精だった。そして頭には王の証のティアラが輝いていて───
「ね、姉さん!」
私の姉、つまりはこの国の女王がいた。
私とルーザが慌てているのに対して、姉さんはいつものようにニコッと笑う。
「駄目じゃないですか、帰るときはちゃんと連絡くれないと」
「ええっと。これは、その……」
いい言い訳が思いつかず、しどろもどろになってしまう。私を気遣う、いつもの姉さんの柔らかな態度。その優しい雰囲気が今ではなんだか恐ろしく感じてしまい、2人で後ずさる。
連絡もせず、こっそり忍び込んで入ったということ。悪意があったわけではないものの、全てを説明するのには流石に抵抗がある。
「ルージュ、あなたの隣りにいるのは?」
どうしたらいいのか迷っていると、いつの間にか姉さんの視線がルーザの方へと向いていた。そして、ルーザの容姿を確認すると、その表情がたちまち驚きの表情に変わっていく。
「まあ。ルージュったら、いつ分身魔法なんか使ったんですか!」
「そんなことする訳ないでしょ! ところどころ違うし!」
「なんだ、この妖精……」
姉さんのわかりやすいとぼけた発言に初対面のルーザまで呆れてる。分身魔法なんて、持続が難しい上に自分と同じ動きしかしないのだから、用途も需要もない魔法だ。本には書いてあるものの、わざわざ使う妖精なんて見たことない。
とりあえず、姉さんに何も言わない訳にはいかない。落ち着いてきたところで、まずはお互いの紹介をしようと姉さんとルーザに提案し、2人もそれに了承。そうと決まれば早速、私が2人の仲介役となって説明していく。
「こっちが私の姉のクリスタ。現ミラーアイランド王国女王なの」
「よろしくお願いしますね」
「で、姉さん。こっちが私の……えっと、友達のルーザ」
「なんでそこつっかえたんだよ」
「だ、だって、こういうの苦手でちゃんと言うこと少ないから……」
私は数年前まで城から出たことがなかった。だから友達なんて、イアとエメラがなってくれる前まではさっぱりいなかったし、こうして紹介するなんてこともあった試しがないんだ。
「……はあ。少なくともオレはそのつもりだったぞ」
「えっ」
「ふふっ。いいお友達が出来たようですね、ルージュ」
ルーザの言葉に、姉さんもクスリと笑う。
ルーザってぶっきらぼうな言葉遣いだけど……優しいところもあるんだ。ちょっと驚いちゃった。
「ありがとう、ルーザ」
「大したことは言ってないだろ」
「ところで何か用があって城に出向いたのではないですか、ルージュ」
「あ、そうだ」
資料を見るのが目的だったけれど、聞くことだって重要だ。姉さんにも一応相談しておこう。何か知ってるかもしれない。
「……大体のことはわかりました。つまりダイヤモンドミラーを通って異世界に帰りたいと。方法は知ってますよ」
「え、ホント⁉︎」
予想してなかった答えに思わず声が上ずる。ルーザも表情に驚きの色が浮かぶのが見えた。
「ええ、簡単です。そのままくぐればいいんですよ」
「は? でもあの時は剣でさえつっかえたんだぞ?」
「その数日前が新月だったからでしょう。半年に一回程度で新月の日は鏡の扉が閉まってしまう日があるんです。ほら、新月だと殆どの魔法が弱まってしまうでしょう? ですから魔力の暴発を防ぐために次の満月の日まで閉まったままです」
「ってことは、次の満月の日に帰れる?」
「ええ、もちろん」
姉さんはいつものように穏やかに笑う。
……やった! 遂に方法が見つかったんだ。
私は喜びのあまり、思わず顔がパァッとほころぶ。ルーザも何処か安心したようにホッと息をついた。
「これで帰れるね、ルーザ!」
「ああ。まあ割と単純で助かったな」
「ふふ、どうやら目的は果たされたようですね。それにしても異世界ですか……昔はよく妖精や精霊が行き来していましたが、今ではさっぱりですね」
不意に姉さんがそう漏らす。ため息をついて、何処か残念そうに。
「そうなの? 今じゃ全然ってくらいに聞かないけど」
「ええ。特にこの光の世界とルーザがいる影の世界は特に交流も深く、互いを支え合う関係だったんです」
それを聞いて私達は顔を見合わせる。
光の世界、影の世界って言えば昨日図書館で見つけた資料にもあった。確かに姉さんが言うようなことも書いてあったけど、交流があったとは一言も見当たらなかった。
「私達王族のせいでもあるんです。私の二代前の王、つまりお爺様の代はまだ争い事が頻発してましたから。異界の介入もあれば悪化すると考えて、この鏡がある両世界の王は鏡を通ることを禁止したんです」
「あ、それじゃあ他の世界に行く方法が全く記されていなかったのは……!」
姉さんは私の言葉に頷いた。
……やっぱり。確かに王族が関わっていたのなら、色々合点がいく。王族の権力を持ってすれば、都合が悪い情報も全て隠すことだって容易いだろう。
「そうです。本の魔法を解除しようにも、妖精達には異世界の記憶が消えつつあります。ですから今までタイミングを見失ってしまって……。あなた達には迷惑をかけてしまいましたね」
「だが、今はどうなんだよ。落ち着いてるってのに、通るやつは誰一人いないじゃないか」
「一回禁止してしまったせいで、その子供にも通ってはいけないという風習が根付いたせいかと。禁止令自体は前代に解かれたんですけどね……」
どうやら複雑な事情が絡まりすぎているのが今の現状みたいだ。王族が禁止して、学校でも教えられないこともある他に、誰も使おうとしないから自然とそうなってしまったのかもしれない。
「まあ、しんみりした話は置いておいて、これからあなた達はどうするのですか?」
「あ、えっと次の満月の日まで待つのかな。月の満ち欠けが半周するのに大体15日だったよね」
「ああ。それでオレがこっちに引きずりこまれてから8日は経ったから……ぴったり一週間だな」
そっか。あと一週間……。
その日がルーザが元いた世界へと帰る日ということになるんだ。
「それまでは空いているのですね。ルージュ、折角だから我が国を案内して差し上げてはどうでしょう?」
「あ、いいかも。調べるのに必死でまともに案内してなかったし。ルーザはそれでいい?」
「構わないぞ」
姉さんの提案で予定も決まり、その後はお茶を一杯もらってから城を後にした。
帰る方法を見つける、ということから開放されて肩の荷も下りたんだろうか、少しばかり足取りが軽い気がした。
「焦ることなかったな。待っていれば解決したことだった」
「まあ、いいんじゃないかな。私達だけじゃ限界があることだよ」
本の情報が隠されていた事情が思ったよりも深刻だった。これから両者の交流を取り戻せるのか。……私には、わからない。
「でも……ちょっと寂しくなるかな」
「なんでだよ?」
私が不意に呟いたその言葉に、ルーザは不思議そうに首をかしげる。
確かに、帰る方法は見つかった。けれどそれは、ルーザとしばらく会えなくなるという意味でもある。あの屋敷に移ってから向かい合って食事することもまともにしてなかった私には、ルーザが一緒に過ごしてくれているだけで嬉しかったから。
「また一人になっちゃうのかな……って思っちゃってさ。今までそんなこと思わなかったのに」
「……お前の姉が言ってることが確かなら、これからも会うことは可能だろ?」
「そうだけど、なんか違うんだよね。どう言ったら分からないけど、なんかこう……。ごめん、言葉が思いつかないや」
今の気持ちをどう表現すればいいのか分からなかった。口から出かかっている気はするのに、何故かそれが言葉として繋がらなくて。
どうにかして言いたいのに。なんとかして言葉を紡ぎたいのに。その意思に反して私の口は動かぬまま、結局何も言えないまま終わってしまった。
「無理に言葉にしなくていい。オレもまあ……似たようなことを思わなくはないしな。見た目が似てんのもあるかもしれないが」
確かに、ルーザの言う通り見た目が似てるせいで少なからず親近感を感じていたのかもしれない。所々違う部分はあるにしても、お互い認める程に輪郭はほぼ同じなのはまだ違和感を持つところだ。こんなに似ているのに、血縁も何もないのが不思議だった。
もしかしたら、生き別れた姉妹だったりして。……そんな考えがふと浮かんだ。
「まさか、ね……」
でも、それをすぐに否定する。
姉さんももう一人の姉妹がいるなら当然知っているだろうし、私もそれを伝えられてない。それに、姉さんはルーザを見て驚いたものの、何も言わなかったから。
姉さんが私に別の姉妹がいるなんてこと、隠す筈がないから。……そんな根拠のない信頼を寄せるのは、その先を、先を、とどんどん考えてしまうのが怖くもあったからでもあるのだけど。
とりあえず、ルーザに国を案内するところもエメラとイアに相談して決めていこう。今日から一週間、せめて楽しんでもらわないと。
明日のことを考えるだけでも胸が弾んでくる。今まで帰り道を探すばかりだった日が、今日で終わりを迎えて明日から新しいことが出来るのだから。
……満月まであと七日。
 




