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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第4章 記憶の抗争
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第38話 汝、暁に唄う(1)

 

「よし、作戦通りに頼んだぞ」


 ルージュにテオドールの屋敷の場所を教えてもらってから、オレの言葉を合図にフリードとドラク、オスクは頷いて早速指示した通りに動きだす。ルージュもその間に大分落ち着きを取り戻し、涙も止まっていたが……まだこの場で大人しくしていた方がいいだろう。

 理由は簡単。こんな状況に陥って、あの過保護女王が黙っているわけがないからだ。


「ルージュ、大丈夫ですか⁉︎」


 ……噂をすればなんとやら。相当慌てていたのだろう、女王にはあるまじき人目を気にすることなく、ドタドタと大きな足音を響かせながら駆けてきたクリスタは、ルージュのそばに辿り着くと同時にその身体を抱きしめる。

 腕をルージュの身体に回すという、遠慮のない抱きしめ方。さっきのダッシュといい、一国の女王様がよくもまあ人前で恥ずかしげもなくやれるものだ。


「ああ、良かった……。心配してたんですよ!」


「姉さん。気持ちは嬉しいけど、ちょっと苦しい……」


「あ、あら。ごめんなさい」


 ルージュにそう言われたことでクリスタは残念そうにルージュを放す。それでも少しは救いになったのか、ルージュの表情は僅かだがほころんだ。

 そこへクリスタと同じくルージュのことが心配だったのだろう、ロウェンとエリック王も駆けつける。


「ルジェリアさん、大丈夫ですか? 大分酷い有り様でしたが……」


「ご無理はなさらぬように、妹君よ。休むことも大切なことでしょう」


「はい……。でも、本当にだいじょ」


「大丈夫なわけあるか」


 オレはルージュの言葉を遮った。

 もう止められずにはいられなかった。ルージュはさっきからずっと無理をして笑顔を繕っている。そして……何故そこまでして本心を隠すのかも引っかかる。

 ────悩みすらまともに打ち明けられない程、オレらは頼りないのか?


「我慢するのもいい加減にしろ。お前がボロボロになっていく様を、指をくわえて見てろってのか?」


「そ、そんなつもりじゃ」


「そんなつもりでなくとも、お前は実際そうしてる。何がお前を縛るんだよ。お前を本心を閉じ込める鎖はなんなんだ!」


「……ッ」


 ……思えば、前から引っかかりがあった。

 一人で寂しいはずなのに、それを打ち明けなかったり。自分より、他のやつのことばかり気にしていたり。優しさともとれるが、それは何かを隠しているようだった。

 ルージュは城で過ごしていたから、外との関わりが少ないせいで方法を知らないだけかもしれないが……それなら尚更放っておけない。


 言うことが怖くても。

 過去が複雑であっても。

 やり方がわからなかったとしても────


 ……オレらは『仲間』だ。隠される方がよっぽど不安になる。ここではっきり言わなきゃ、またルージュは隠したまま振る舞うだろう。


「やり方ならオレが教えてやる。だからもう隠すな」


「……」


 オレがそう言うと、ルージュは抱えた足に顔をうずめてしまった。


「お、おい」


「……ごめん」


「は?」


 ルージュから告げられた二の句は小さな謝罪だった。

 うずめていた顔をあげると、ルージュはまた涙を流している。

 泣きはらした顔で、紅い瞳がさらに濃さを増しているように見えた。だが、それは悲しさからくる涙ではないようだ。


「ごめん……私、誰かに頼るってことがわからないの。裏切られるのが怖くて……イアとエメラに会うまで、仲良くすることさえ嫌だったから……」


 ルージュはぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。

 止まっていた涙が再び溢れ出している。それは、ルージュの今の心を体現しているかのよう。オレは何をすればいいかわからず、黙って聞いてるしかなかった。

 ……オレには、ルージュの過去を全てを知ることは出来ない。だが、他にやれることはあるはずだ。


「お前に寄り添うくらいはやれるさ。無理は言わねえよ。隠すことはもう無しだが、話したいときに話せ」


「うん……ありがとう」


 ルージュは礼を言って涙を拭う。ようやくまた笑顔を見せた。


「今は詳しく言えないけど……絶対に打ち明けるから。だから今は、ルーザがやろうとしていることの手伝いをさせて」


「ああ、わかった」


『裏切られるのが怖かった』……。今はそれだけでも聞けただけで充分だった。

 今はやることがある。テオドールのことを今の内に叩きのめしておくことが先だ。ルージュから本心を聞くのはその後でいい。

 ルージュを傷つけたやつをぶん殴りでもしなきゃ、収まらないからな……。


「じゃあさっきまでの説明をしておく」


 ルージュの他に、クリスタとエリック王、ロウェンにも伝えておいた。

 これはパーティーにも関わることだ。聞いてもらわないと、後々困る。……失敗することがあれば、パーティーどころかルージュの地位もぶっ壊すことになる程に、リスクを伴う可能性だって充分あるからだ。


「……これが、三人に任せたことだ。これが集まり次第、テオドールにふっかけるつもりだ」


「成る程……。三人がやっていることはその材料集めってことか」


「ああ。馬鹿正直に真正面から突っ込んでも意味がないからな」


 オレの説明に、ルージュも納得したように頷く。

 三人に頼んだその材料が思惑通り集まれば、テオドールにとってかなりの痛手になる筈だ。だからそれが集まるまでは大っぴらに動けない。


「テオドール公爵家を潰すことになる訳だが。構わないか、クリスタ」


「……貴族の皆さんがそれを認めるというのなら、仕方ありません。そのようなことになるのは避けたいのですが」


「平和主義も大概なものだぞ。全員が全員、善人ってことじゃないんだからな」


「うーん……悲しいですねえ。穏やかな心でゆっくりお茶をすれば争いも無くなると思うんですが」


 なんて、疑うことを知らないクリスタは呑気にそんなことを抜かす始末。そんな簡単にいくのなら、テオドールの問題だってそもそも起こらないだろう。

 ルージュがいなかったら、色々不安がある王だ。それでもなんとかなっているのはクリスタの技量なのか。


 問題としてはその先だ。材料を突き付けても諦めが悪いのなら、逆上することもあり得る。そうなったら刃を向けることになる可能性も否定出来ない。


「オレが言えたことじゃないが、すぐ嫌味が飛んでくる辺り、あいつも沸点は高くないだろ。これ以上実害被らないためにも抵抗する手段も持っていきたいところだが」


「刃傷沙汰は避けてくださいね? 仮にも影の世界と親睦を深めるパーティーなのですから」


「そんなこと分かってる。真剣は使わずに、誤魔化せはいいだけだ」


「誤魔化すって……どうやって?」


「武闘会とでも言っておけばいいだろ。暇つぶしの余興くらいにはなるぜ?」


「さらっと言ってるけど、内容がかなり物騒だよ……」


 ルージュは呆れた、というようにため息をつく。

 こんな平和ボケした国の貴族だ。そう言っておけば、テオドールを取っ捕まえるだけのお遊び程度にしか思わないだろう。

 それでもこっちは至って本気マジだ。失敗は許されない。


 ────そしてしばらくすると、またもやドタバタと荒っぽい足音が響いてきた。

 その音を辿ると、その先には二つの人影。慣れない服装でぎこちない走りだが、その顔は達成感ある表情を浮かべている。

 フリードとドラクだ。オレが指示した役割をしっかり果たしてきてくれたようだ。


「はあ、はあ……ル、ルーザさん。これです、頼まれていたもの!」


「探すのに苦労したけど、やっぱりあったよ」


「ああ。確かめさせてもらう」


 フリードとドラクから、持ってきてもらった紙を受け取る。その紙にはびっしりと情報が記載されていた。

 テオドールの不祥事、その隠ぺい。今までやってきた許されざる行為の一部がしっかりと記録されていた。


 オレは内容を確認してニヤッと笑う。やはり揉み消していた記録が残っていた。これぞ動かぬ証拠だ。


「ありがとな、二人共。これでヤツの尻尾が掴めた」


「よ、良かった〜……! 苦労した甲斐があったよ」


「それにしてもこんなに……。隠し通した方もすごいことだよ」


 書類の内容を気にして覗いてきたロウェンも開いた口が塞がらないでいる。

 フリードとドラクが持ってきた一、二枚程度のものでもこれだけのことだ。叩いたらいくらでも埃が出ることだろう。


「それぐらい周りも目を逸らすしかない程に圧力をかけられていたんだろうよ。クリスタ、これで文句はないだろ?」


「ええ……流石に見逃せません」


 クリスタも珍しく、表情に怒りの色を見せている。それがテオドールがやったことの大きさの全てを物語っていた。

 これを捕まえられたなら、突き付ける準備は整った。オスクに頼んだやつも直に終わることだろうな。


「やるぞ、ルージュ。あのろくでなし貴族に目にもの見せてやる」


「うん、私はここの王女だもの。これ以上好き勝手させるわけにはいかない。あんなことやられておいて、もう黙ってられないもの」


「……ルージュ、でしたらこれを」


 やり取りを聞いていたクリスタが不意に何かを持ってきた。

 綺麗に畳まれた、服のようだ。黒い生地に金の装飾が見え隠れしている。


「あ、私のローブ……」


「ええ、修繕が終わったので。動き回るのなら、こちらがいいでしょう? 新しい布を使って、丈夫にしたそうですよ。何故あそこまでボロボロになったかは未だに心配ですが」


「う……。それはいいから!」


 ルージュはそういいながらローブを受け取る。いつものやり取りだ。元気を取り戻してきているようでほっとする。


「あれ、これは?」


 ルージュはローブを見ていると、あるところで手を止める。

 その手の中には小さな青いクリスタルが。それがローブの裾に控えめに飾られていた。


「お守りです。幸運をもたらす、私からの贈り物です」


「姉さん……。うん、ありがとう」


「ついでに言っておくと、コミュニケーション力アップの効果もありますよ」


「余計なお世話だよ!」


 ルージュはそう言い返しながらもいつもの笑顔を見せるようになっていた。他もそんなルージュの様子にほっと息をついている。あんな状態じゃ、心配するのは当然だ。この笑顔までテオドールに奪われてしまっては、全てがお終いなんだから。

 とにかく、今は行動出来る用意が完了した。これでもうあいつの前へと堂々と出向ける。


 ────いよいよ、作戦実行だ。

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