第37話 気高き狂宴(3)
料理を一通りつまみ終えると、かなりの時間が経過していた。間も無くこのパーティーもお開きとなる時刻が迫ってきている。
今はさっきのようなトラブルも無く、落ち着いて過ごせていた。このままいけば無事に終わりそうだ。
……と思っていたのに、現実はどこまでも残酷なものだ。
「おい、貧乏貴族! このボクの前を横切ろうなんていい度胸だな!」
「ご、ごめんなさい。悪気は無かったんです……」
何処からか、そんな声が聞こえてくる。
この憎たらしい声……発した主は見なくてもわかる。またテオドールの奴が理不尽な言いがかりをつけているようだ。
「ボクの行く手を塞ぐことは万死に値することだ! 謝って済むとでも思っているのか?」
「なら……どうしたら」
オレは気になって様子を見てみると、厄介なことに絡まれているのはルージュだった。
好き勝手にまくしたてられ、ルージュは何も言い返せずに縮こまっている。周りの貴族もルージュのことを同情したり、テオドールに不愉快そうな視線を向けてはいるが、止めようとまではしていない。
……いや、ここは止められないというのが正しいか。一度関わっただけであの面倒くささを味わったんだ。下手に口出しして、目をつけられるなんてこと誰もされたくない筈だ。
クリスタやエリック王も心配そうに見てはいるが、その近くにおそらく、テオドールの付きと思われる妖精が取り囲んで手を出せない状況だ。これではクリスタでもルージュを助けられない。ならオレがやるしか……!
その考えが頭によぎる瞬間には、オレはテオドールの前に飛び出していた。考えるよりも先に、身体が動いていたんだ。
「お前、いい加減にしろよ! ただ前を通っただけだろうが!」
「ル、ルーザ……」
「はん、誰かと思えばさっきの無礼者か。ボクの前を通ることは誰であろうと許されないんだよ。そういう奴にはきっちりと『シツケ』をしてやるまでさ!」
訳が分からないことを言い出したかと思うと、テオドールは素早く手を振り下ろした。その途端にビシャッ、と嫌な音が響く。
テオドールの手にはワイングラスが握られていた。手を振り下ろした今、それの中身は当然空っぽに。ついさっきまでグラスの中にあったワインはルージュの顔とドレスにぶちまけられ、それらを真っ赤に濡らしていた。呆然と立ち尽くすルージュの額に、ドレスに、ワインの赤い雫が伝っていき、ぽたぽたと床に落ちていく。
それはルージュの今の現状をさらに陥れるかのように、残酷な光景だった。
「……ッ‼︎ テメェ、なんてことを!」
「はははっ! 口答えするからこうなるんだ。その姿の方がその貧乏貴族にはお似合いだと思うけどね?」
「ルージュは口答えなんかしてないだろ! お前が勝手に言いがかりつけておいて!」
「ルーザ、止めて……」
ルージュは擦り切れそうな声でオレを止めようとしてくるが、オレは怒りで耳に入らなかった。
「オレはお前の身分なんか知ったことじゃない。だが、貴族だからってなんでもやっていいと思ったら大間違いだ!」
「……止めてって言ってるの‼︎」
「……ッ⁉︎」
甲高い大声が広間に響く。そこでようやくオレはハッとしてルージュの方へ振り向いた。
ルージュは涙をボロボロこぼし、苦しそうな表情でオレを見ていた。かかったワインと涙が一緒になって滴り落ち、もうわけがわからない。
あんな表情、今までにだって見たことがないというのに。
「……ッ」
ルージュは一瞬、何か言いたそうに口を開きかけたが……結局それは閉じられ、顔を背けると何処かへと走り去ってしまった。
「……ッ! ルージュ!」
見失わないよう、オレも急いで追いかける。今はテオドールに構っている暇はない。
だが、その憎たらしい笑い声はいつまでも耳にこびりついている。オレはくしゃっと表情をしかめながらもルージュの後を追った。
しばらく走っていくと……城に広間から伸びた廊下の隅で、顔を隠してうずくまっているルージュを見つけた。全てを塞ぎ込むようなそんな姿勢に話しかけるか一瞬ためらったが、やはり放っておけない。恐る恐る、その背中をさすった。
「……っ。あ、ルーザ……」
「悪いな、さっきは。つい頭に血が上った……」
「いいの……。私のためにやってくれたのはわかってるから……。私も怒鳴ってごめん……」
ルージュはそういうが、俯いたままだ。その頰は涙の筋がくっきりと残り、泣き腫らして元々紅い目がさらに濃さを増している。こんな辛そうな顔をさせて、オレはどう詫びたらいいんだ……。
ただ今はルージュを落ち着かせるために、傍を離れないと固く心に決めた。
「ルージュさん、ルーザさん!」
「2人共、大丈夫⁉︎」
そんな時、騒ぎを聞きつけたらしいフリードとドラクも来てくれた。
オレから話しを聞こうと寄ってくる2人にオレは首を振る。
「オレのことはいい。それよりルージュが……」
「あーあ、随分とまあびしゃびしゃに濡れちゃって。これ使えば?」
聞き覚えのある小馬鹿にしたような声と共に、何かが放り投げられた。
いかにも清潔そうな、真っ白で柔らかいタオル。どうやらその声の主……オスクがわざわざ持って来てくれたようだ。
「ありがとな、オスク。助かる」
「別にぃ。そのままじゃ見苦しいってだけ」
「はん、そうかよ」
オレはオスクの言葉に皮肉っぽく笑って返す。
建て前なのはまるわかりだ。オスクもこうなった経緯が経緯なだけに心配しているのだろう。いつまでもワイン塗れでは気分も悪いだろうし……オレは早速、オスクの持って来てくれたタオルを使ってドレスを拭き始めた。
「ありがとう、みんな……」
「気にするな。しかし、この後どうするかだな……」
このまま出て行ってもテオドールの奴に醜態晒すだけ。何か手を打たなければ、あいつの思う壺だ。
何か一つでもギャフンと言わせられる策があれば。あいつの悪事を暴ける手立てを見つけられれば、テオドールに深手にはなりそうなんだが……問題はそれをどう見つけるか。ルージュによれば揉み消されているらしいが、証拠がほんの僅かでも残されていれば。あとは味方を増やせればより確実性も増すと思うんだが……。
ルージュはタオルでワインを大体拭き終わり、ドレスの汚れは落ち切らなかったものの、顔だけはなんとか元に戻る。
涙も止まったようだし、ひとまずは安心だ。
「あの貴族、付きも多いけど。今あいつの家に乗り込めば見張りも少ないんじゃない?」
「オ、オスクさん、忍び込むようなこと言わないでください。無理ですよ、貴族の屋敷に乗り込むなんて」
「……いや、言えてるかもしれないぞ」
オスクの言うことは納得がいく。ここに使用人妖精を集めているのなら、厳重な警備も今は緩んでいる筈だ。
「ル、ルーザさん、まさか本当に乗り込むつもりかい⁉︎」
「当然だろ。このまま言われっぱなしで済ませてたまるかよ」
オスクのおかげでいい作戦が思いついた。迷っている暇はない。今すぐに実行に移すのみ。
手始めにオレは前に行ったルージュの城での自室に入り、そこでペンと紙を拝借してオスクに手渡した。
「オスク。この紙に今から言うようにあることをしてきてくれ。お前のスピードなら容易いだろ」
「うん? 別に構わないけど」
「フリードとドラクも手伝ってくれ。ルージュも、あいつのこと知ってたんなら屋敷の場所とかも分かるんじゃないか?」
「う、うん」
「僕も大丈夫ですけど……」
「知ってることには知ってるけど……ルーザ、一体何をしようっていうの?」
ルージュはタオルに顔を埋めたまま、不思議そうに聞いてくる。そしてオレは、ルージュにいたずらっぽくニヤッと笑ってみせた。
下の奴が上に力を示してのし上がる、あのくそったれ貴族に目にもの見せてやる策。言葉にするなら他は思いつかない。
「決まってる。────下剋上ってやつだよ」




