第37話 気高き狂宴(2)
とりあえず、オレらはあの生意気な貴族妖精の視界に入らない場所までオスクと共に向かった。物陰に隠れ、周りの目も向けられないところで、それまで繋いでいたルージュの手を放す。
「くっそ。なんなんだよ、アイツ……」
アイツの最後に見せた表情が脳裏にこびりついて離れない。あの態度も相まって、不愉快極まりなかった。
しばらく経った今でも怒りが収まりそうにない。まだオレの頭はかっかと熱がこもり、なんとか抑えないとすぐにでも手を上げてしまいそうだ。
「随分でっかい態度で。ルージュ、なんか知ってんの?」
「うん……。テオドール公爵家の現当主。私達の学校を廃校にしようとしてきた妖精だよ」
「はん、アイツか……」
言われてみれば納得出来るような奴だった。
あの横柄な態度に、他人を見下してばかりで初対面の妖精にまで愚民呼ばわり。歳だってオレらと少ししか変わらないように見える癖にあんなことをほざいている辺り、性根の悪さが知れる。
「あなた、テオドールに絡まれていたけど大丈夫だった?」
なんとか怒りを落ち着けようとしていたその時、不意に女妖精が話しかけてきた。
周囲の例に漏れず、派手なドレスを着込んだカールした耳を持つ、大人の女だった。太った丸い身体を宝石で飾り立てた、はやり派手な服装。確認するまでもなく、この妖精もパーティーに招かれた貴族妖精に違いない。
それにしても結構な太りようだ。……いいものの食いすぎだな。
「ダドリーさんだよ。私の事情も知ってるし、信用出来る妖精だよ」
「ん、そうか」
「おほほ、よろしくね」
ダドリーと呼ばれた妖精はにっこりと笑う。
いかにも妖精の良さそうな笑顔だ。ルージュが信用しているならば大丈夫だろうと、オレも警戒を解いた。
「全く困ったものねぇ。テオドールは貴族の間でも悪名高いのよ」
「アイツ、そんなに嫌われてんのか?」
「かなりね。権力にものを言わせて好き勝手してる、って聞いてるよ。自分の贅沢のために税金上げようとしたり、姉さんの言葉や意向を無視したりなんてことはしょっちゅうだって」
ルージュもそういってため息をつく。いつもは他人のことを滅多に悪く言わないルージュでさえ、そう言わしめるのは余程のことだ。
確かに、女王の言葉さえ無視するんだ。それはもう手の施しようの無いくらいにどうしようもない奴だ。
「ふーん、相当な傲慢っぷりだな。信頼も無いに等しいっしょ?」
「態度だけ見ればお前も同類に見えるけどな」
「失礼だな。これでも仕事はしっかりしてんの」
オスクは口を尖らせるが、それは虚言ではないことは今までで充分に理解している。
オスクに冗談だ、と言ってその場は落ち着いた。せっかく仲直りした今ではお互いに喧嘩しないように努めなくちゃいけない。
「苦情を言っても揉み消されちゃうのよ。本当に困った妖精よ」
「そこまで悪評があるのになんで取っ捕まえないんだ?」
「無理、証拠が無いの。それも揉み消しているんだろうけど……」
ルージュが言うには、流石のクリスタもテオドールの問題行動は無視出来ずに大分前から注意しているのだが、何故だか証拠もその痕跡も出てこないのだそうで。噂じゃ、金にモノを言わせて周りに示し合わせるように指示しているらしく、突きつけられる材料がないらしい。つまりは権力を後ろ盾にして自分の地位を守っているのだろう。ますます気に入らない。
証拠が無い状態じゃ、それらのことはただの言いがかりだ。捕まえられる材料が手元に無い。それで王族も手が出せないのか。
「王女様、本当に大丈夫なの? わざわざ身分まで隠すなんて……パーティーは楽しめていらっしゃる?」
「あ、はい。目立たずにいられるので、気が楽ですよ」
ルージュは笑うが、ダドリーの言うことも最もだ。
テオドールの言いようじゃ、かなり低い地位の貴族という立場で通らせているのだろう。行動も制限されるし、色々不自由に違いない。
「この際、言っておいてもいいんじゃないか? 隠し通すのは限界があるだろ」
「そうよ、王女様。その方がいいわ」
「でも……本当に大丈夫ですから! お気遣いありがとうございます。ルーザも」
「そう? 困ったことがあれば言ってちょうだいね?」
ルージュは笑みを浮かべているが……やはり無理して笑顔を作っているようだ。迷惑をかけたくないということもあるだろうが、少し話せば気持ちが楽になりそうな気もするんだがな……。
「もう少し頼れよ……仲間なんだから」
思わず、ルージュが去った後にそう呟いていた。小さく、誰にも届くことがない声で。
当然、ルージュにその声は聞こえない。笑みを向けながらも逃げるように走っていってしまい……やがて人混みに紛れて見失った。
「さーて、僕はあっちに行くとするか。お前も好きなとこ行けば?」
「そうはいかないんだよ。お前がトラブル起こせばオレが片付けなきゃいけないんだからな」
「失礼だな。刃傷沙汰なんか起こすように見えるわけ?」
「お前の場合、起こしそうだからついて行くんだろ……」
とりあえず、あのテオドールには要注意だな。出来ることなら、なるべく関わりたくないものだ……。
オスクの行きたい場所へとついて行き、そこで時間を潰すことを試みた。




