第37話 気高き狂宴(1)
ミラーアイランドに帰ってきてから三日後。今日がいよいよパーティー当日。オレらは渋々ながらもそのための準備を進めていた。
一般妖精であり、家族も親戚もいないために祝い事なんざ一切参加経験がないオレは当然ドレスなんか持ち合わせがなく。仕方なくクリスタに事情を説明して、いつかのエリック王との謁見同様、城にあった一着を貸してもらうこととなった。
そうしてオレもドレスを着て準備は済ませたものの……正直いうと憂鬱だ。親睦を深めるという名目ではあるが、周りにいるのは王族やらここの貴族ばかり。オレのような一般妖精には場違いもいいとこだ。さっさと済ませて解放されたい……それが本音だった。
同じく準備を済ませて合流したフリードも正装、もとい白を強調としたタキシードを着たはいいが、緊張しているようでブルブルと震えてビビりまくっている。
「ほ、本当に出るんですよね、パーティー……」
「ガチゴチじゃねえか、フリード。肩の力抜けよ?」
「そ、そんなこと言われましても! ルーザさんは平気なんですか?」
「そんなわけないだろ。今でも気が進まないし」
オレは平然を装いつつ、何度目になるのかもわからないため息をまたついた。
オレだって慣れないことに緊張くらいする。これから何が起こるのか、それが全く予想出来ないために。
「でもまあ、名目上は二つの世界の交流をさらに深めるためのものだ。我慢して乗り切るしかねえよ」
「ですね……。貴族の方はともかく、クリスタ様のためになるなら耐えてみせます」
そうこうしている間に、パーティーの時間が迫ってきていた。遅れをとったりなんかして貴族達にドヤされるのは御免こうむる。オレとフリードは一緒に参加することになっているルージュとドラク、オスクと合流して早速王城へと赴くことにした。
……城の前に向かうと、それは凄い光景だった。
あちこちにいるのは豪華な衣装で着飾った妖精だらけ。城の周囲には馬車が多く停められており、流石貴族というべき雰囲気。こんな光景を目の当たりにすると、ますます場違いな気がしてきた。
「何か聞かされていることないのか、ルージュ?」
「ああ、うん。姉さんからは普通に楽しんでほしいって。特に指定されていることはないよ」
「普通、にね」
それを聞いて口元が少し引きつったのが鏡を見なくても分かった。このパーティー自体、全く普通のものではないというのに。
とはいえ、今更文句を言ってても仕方ない。貴族と鉢合わせなんかするとボロが出そうだ。馬鹿にされないためにもなるべく関わりを避けるために、オレらは隅で大人しくしていた方が無難だな。
そうここでの行動を決めた後に妖精でごった返している正門を抜け、会場である王座の間へと通らされた。
その広間には長方形のテーブルが並べられ、その上に所狭しと料理が用意されていた。そして所々に置かれた燭台の炎がゆらゆらと辺りを照らし、大きな花瓶に生けられた花の数々。三日前に見た光景とは別の場所と見間違えるくらい、様変わりしていた。
そんな風景に貴族達は満足気に席についている。こんな状況で平然としていられるのが、オレから見れば少々異常だ。まるでこの飾り付けが当たり前……態度からそう主張しているかのようだった。
「では、この度は────」
パーティーを始めるに当たって、玉座の前でこれまでの経緯を話し始めるクリスタ。その隣にはエリック王とロウェンが並び、2人も今日が来るまでに何をしていたかを説明していく。
しかし、王族でありながらただ一人……ルージュだけは玉座の前に立っていなかった。ルージュは自分が王女ということを公表していないため、身分を隠してパーティーに出ているからだ。
「……本当にいいのか? お前だって、本来ならあそこに立つべき立場だろ?」
「いいの、この方が行動に制限はかからないから。それに、今更向こうへ行っても混乱させるだけだもの」
「……そう、か」
たまらず、そう尋ねたオレにルージュはいつもと変わらない笑みを向けてくるが……少々無理しているように見えた。
確かに、王族と明かさなければ変に目立つこともないし、自由に動けるかもしれない。だがそれはこの場ではクリスタを姉と呼ぶことすら許されなくなることだ。本当にそれでいいのか、オレにはわからない。
貴族達はクリスタの方は向いているものの、あまり興味無さそうだ。早くパーティーを始めろと言わんばかりの態度にオレは苛立ちを覚える。
……お前らはなにもしていない癖に。クリスタ達の苦労もなにもわかっちゃいないのか。
「……では。話しはここまでにして、二つの世界がさらに仲を交えるように願い、皆さんパーティーを楽しんでください!」
クリスタのその言葉を合図にいよいよパーティーが始まった。
とりあえず知り合いの近くにはいたいと、オレは見張りも兼ねてオスクと一緒にいることにした。相変わらずオスクはふわふわと飛んでいて、貴族とは関わりたくなさそうにしていたが。
それにはオレも同感だった。影の世界と親睦を深めるのが一応、このパーティーの名目ではあるが、それはあくまで。貴族達は特にオレらには気を留めず、普通にパーティーを満喫している。そもそも感覚が違うんだ、逆にそれでありがたいかもしれない。
「これが貴族ねえ。妖精ってのはこんなのが好きなの?」
適当に料理をつまみながら、オスクはそんなことを言い出す。
というか、オレに聞く質問じゃない。パーティーを開催したのはオレじゃないし、ここには渋々ながらに参加しているのだから。
「オレが知るわけないだろ。オレだって庶民の身なんでな。貴族が考えることなんて知ったことか」
「ふーん。ま、いいけど」
オスクとそんな会話をしつつ、オレはふと会場をぐるりと見回す。
豪華な料理に、派手な衣装。服には見せつけるように飾りがゴテゴテと付けられ、実用性に欠ける。女はこれ見よがしにバカでかい宝石のアクセサリーで自身を飾り立てた上に、顔にやりすぎに思えるくらいの化粧を施して、わざと腰を大きく振るようなおかしな歩き方でそこらを歩き回っていた。
そんなに自分達の裕福さを見せつけたいのか。理解に苦しむ。やっぱり貴族のやることはわからない。
「おい、そこの君。フォークを落としてしまった。拾ってくれたまえ」
「は、はい。ただいま……」
……近くのテーブルから、そんな男の貴族妖精の声が耳に入ってきた。その貴族はフォークを使用人妖精にきっちり汚れを履かせた後に、ようやく満足して食事を再開する。
フォークくらい自分で拾えねえのかよ……思わず口に出しそうになったそんな本音をぐっと抑え込み、オスクと共に別の場所へと移動する。
だがその時、丁度後ろを通ろうとしていた椅子が引かれて、避ける暇もなくオレはぶつかってしまった。
「あっ、悪い」
反射的に口から謝罪の言葉が出る。謝ったし、面倒事になる前にその場から去ろうとしたら────
「おい、お前。このボクにぶつかっておいて、その程度の謝罪で許されるとでも思うのか?」
「……は?」
その声に振り向くと、男妖精が苛立たしそうにテーブルをコツコツ叩きながらオレを睨んでいた。
金でゴテゴテと装飾されたタキシードに身を包み、パッと見は歳はあまり離れていないように見える妖精。そいつは挑発的な視線をオレに向けて、食事中だというのに足を組みながら頬杖をついて威張っているかのようなだらしない姿勢で座っていた。
……見るからに生意気そうな奴だ。オレに落ち度があるとはいえ、関わり合いにはなりたくないタイプだということが真っ先に頭に浮かぶ。
「だから、謝っただろ。たまたまぶつかっただけで」
「フン、生意気だな! お前、ボクのことを知らないとでもぬかすのか?」
「いや、知らないし……。オレは影の世界から来たからそっちの身分とかさっぱりだ」
「なんだって? チッ……」
そいつはつまらなそうに舌打ちしたが、すぐに表情を変える。
「だけど、ぶつかってきたのはそっち。あれで謝っただと? 誠意が足りなさすぎるんだよ! もっと然るべき謝罪をしろよ」
そいつは床に向かって指を指す。
地面に頭付けて謝れ、とでもいうのか?
「さっきも謝っただろ! なんでそこまでさせるんだよ⁉︎」
「あっそ。だったら別にいいよ? 影の世界の愚民は謝罪すらまともに出来ない話が広まって、評価がダダ下がりになるだけさ」
「テメェッ……!」
「ルーザ!」
そんな時、ルージュが何処からか飛んで来た。
オレの隣まで来ると、荒れた息を整えないまま深々と頭を下げる。
「ごめんなさい、友達も悪気があったわけじゃないんです! だから許していただけませんか……?」
「フン。結局、友人にさせるとかいい根性だな。ま、いいさ。さっさと消えてくれ。貧乏貴族の手でボクが汚されるなんて御免だ」
「はい……」
「……ッ」
ルージュに行こう、と促されて渋々ながらもその場を離れた。
────一瞬、振り向くとそいつと目が合った。
口端を歪めて笑う、勝ち誇ったような腹ただしい表情。オレはすぐにでも殴りかかりたい気持ちをなんとか堪えて、ルージュの手に引かれるままにその場を一旦後にした。




