第36話 前進と共にある別離(2)
日が昇りきり、昼時も過ぎた頃。船がようやくミラーアイランドの港に到着して、オレらは急いで船から降りる支度を整えていた。
長かった船旅もこれで仕舞いだ。オレにとって憂鬱だったところを乗り越えて、誰にも気付かれないところでホッと息をついていた。仕方ないとはいえ、ずっと薬を飲み続けるのは気分としてもあんまりよろしくないもの。しばらくは控えなければ、と心に留めておいた。
「とうちゃーく、っと!」
真っ先に支度を済ませたらしいエメラがそんな宣言をしながら船を降りて、それを合図に他の仲間もそれに続く。
普段通りのミラーアイランドの景色。離れていたのはほんの数日なのに、なんだか懐かしく感じてしまう。今まで暑さが強い所にいたせいか、海からの潮風が涼しく感じて思わず目を細める。
「まずは姉さんに報告しないとね。行き帰りの船を手配してくれたのも姉さんだし」
「そうだな。報告がてら、今後の動向も決めないとな」
反対する奴はいなかった。全員で久々にミラーアイランド城へと向かう。
相変わらず城の周りは妖精やらでごった返していたが、衛兵がルージュの姿を確認するなりあっさり通された。こういう時に関係者がいるってのはつくづく便利なものだ。
「ルージュ、それに皆さんも。お帰りなさい!」
クリスタはいつものように王座の間で出迎えた。妹の姿を見ているからか、表情が冗談みたいにほころんでいる。
「ああ、こうしてあなたの元気な姿を見られて安心しました……! また風邪を引いていないかと心配で心配で……」
「や、やめてよ姉さん。恥ずかしい」
「あの風邪の元凶、お前なんだけどなー……」
「ル、ルーザ、それは黙っていて! 面倒なことになる!」
ルージュは慌ててオレの言葉を遮る。
こんなに焦って止めたことだ、きっと知られると相当手を焼くのだろう。オレはそんなルージュに免じて言葉を引っ込め、今回の報告を済ませることに。
海賊との交渉が武無事に済ませられたこと。水の大精霊、ニニアンにエレメントと遠写の水鏡を譲って貰ったこと。そして……突然の『滅び』の襲撃についても。
全て話終わるには大分時間がかかったが、クリスタは静かに聞いてくれた。
「……では、無事に目的が果たせたのですね。襲撃があったと聞いて心配しましたが、無事なようで良かったです」
「うん。姉さんは何か進展あった?」
「ええ。シャドーラルのエリック様と相談したのですが、遂にダイヤモンドミラーの解放を大々的に発表したのです!」
クリスタは顔を輝かせ、心底嬉しそうに微笑んだ。
いつの間にそこまで……と思ったが、確かに城の周辺はもちろん、王都周辺も行く前と比べて騒がしかった気がする。それも、その発表したことによる効果から来るものなのだろう。
「まだ利用している方は一部ですが、順調に数が増えています。ようやく、二つの世界が交流し始めたというわけです」
「そっか。良かった……」
「父上ももうそこまで。帰還した後、すぐに礼を申し上げなくては」
オレらがいない間に、二つの世界がかなり歩み寄っていたらしい。そのことはクリスタの念願通り、この間の面会をきっかけに親睦が深まって二つの世界の溝を埋められている証拠だ。
「それで……その代わり、とは言ってはなんですが。一つお知らせを」
クリスタはそういうと表情を少し曇らせた。
さっきまでの嬉しそうな表情から一変し、どう見ても言いにくそうな顔。あまりいい知らせではないのは一目瞭然だ。
「ダイヤモンドミラーを解放したことを記念に、エリック様も招いてのパーティーをこの城ですることになったのです。ルージュはもちろん、影の世界出身のロウェン王子と大精霊様、あとルーザ達影の世界出身の3人にも出席を願いたいのです」
「ええっ⁉︎ ぼ、僕たちもですか……?」
「だ、大丈夫かなぁ。お城でのパーティーなんて緊張するよ……」
当然、フリードとドラクは不安そうだ。
それにしてもオレも出なきゃいけないのか。これはまた面倒なことになりそうで。
クリスタによればエリック王の他に、ミラーアイランドでの貴族も招かれるらしいことが余計に拍車をかける。貴族とかのお偉方なんて、相手にするだけでも嫌な予感しかしないんだが。
「ルージュが外交に苦手意識を持っているのは充分承知なのです。ですが、こういった機会もなかなかないので、どうかお願いできますか?」
「……わかってる。私も逃げてばかりじゃいけないから。参加するよ」
ルージュも渋々ながらだが、クリスタの知らせには首を振らなかった。クリスタもそれを聞いて何処かホッとしたようにありがとう、と礼を言う。
そのパーティーが開かれるのは3日後。終わった後に今後の行動について話す約束をして、一旦オレらは城を後にした。
「お城でのパーティーか〜。きっとたくさん豪華な食事とかスイーツが出るんだろうな〜。みんなが羨ましいよ」
ようやく家への帰路についた時、うっとりした表情でエメラがそう言ってきた。
確かに側から見れば、王族や貴族が出席する豪華なパーティー……とは聞こえはいい。しかしクリスタとかエリック王などの顔見知りの妖精はまだいいのだが、一切接点のない貴族の方が不安要素だ。
「けどよ、エメラ。オレ達の学校を廃校にしろ、なんて言い出した貴族もいるようなパーティーだぜ。あんまりいい気分しないと思うけどな」
「あー……確かに。それを聞くとなんか複雑ね」
前にそんなこと言い出した輩がいると聞いて、ますますその不安が大きくなった。ルージュ達が通っている学校は確かにお世辞にも綺麗とは言い難いが、それでも周りは異世界から来たオレらも快く受け入れてくれたし、居心地は良かった。そんなやつらの学校を潰そうなんてとんでもない話だ。
パーティーに出れば、そいつと出くわす可能性もある。できれば出逢いたくないものだが……。
「あーあ、妖精のお偉方なんて知ったこっちゃないけど。僕も出なきゃ駄目か」
「ふーん。お前ならこういうのは興味示すかと思ったんだがな、オスク」
「いけすかないのが目に見えるじゃん。お前も同感なんじゃないの?」
「ふん。まあな」
オスクの勘は鋭い。オスクもそう思っているとなると、パーティーへの不安が余計に増してくる。
どちらにしろ、また一波乱ありそうだ。まだ船旅の疲れが残っているというのに、オレらは一体いつになったら休めるんだか。
オレは空を見上げて、ため息をつく。夕焼けで鮮やかなオレンジ色に染まった空とは対照的に、オレの気分はどうにも明るくならなかった。




