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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第4章 記憶の抗争
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第35話 すれ違う双方(1)

 

 ……頰に何か冷たいものを感じた。

 ゆっくりと目を開く。ぼやけた視界の先には横向きになった街の風景が広がっている。ここは……さっきいた街、だよね……?

 その街を目にして、寝起きで霞みがかっていた頭と視界が徐々に鮮明になっていく。


「よお。気がついたか」


「……っ!」


 いきなり頭上から声が投げかけられて、ビクッとする。

 恐る恐る声を辿ると……隣にはさっきまで対峙していた男の精霊がいた。私は気を失う前のこともあって、思わず後ずさってしまった。


「そう警戒するなよ。詫びをするって言っただろ?」


「あ……うん」


 先の記憶がだんだん蘇ってくる。この精霊と戦って、満身創痍一歩手前まで力を振り絞って、私はようやく嘘を言っていないと証明できたんだった。

 そこから先は……多分、今の今まで気絶していたのだろうけれど。


「しっかし、妖精の割に無茶しやがるな。あんな滅茶苦茶な戦法とって、気絶で済むとはつくづく悪運が強い奴め」


「仕方ないでしょ。それぐらいしなきゃ敵わないから取ったの。それを敬意の裏返しとして取ってほしいところなのに」


「はん。そうかよ」


 呆れたという感情と態度を隠そうともしない精霊に、私は口を尖らせて言い返す。

 だけどその通りだ。ガーディアンとの戦闘終わりの夜に、疲れが充分取れてない内にまた激しい戦いをすることになってしまった。おまけに私が取った戦術は『テレポート』の連続使用に、最後にはかなり強力な魔法を叩き込むという、魔力切れを起こしてもおかしくない程に魔法を酷使しすぎた。


 仕方がなかったとはいえ、呆れられても当然……かな。

 魔力切れを起こせば、酷い時には一ヶ月の間眠り続けてしまう程の厄介な状態になることがある────それは、ちゃんとわかっていたことだったのに。


「ま、それはともかくとして、久々に手こずったな。お前の実力と戦術を組み立てる能力は認めてやるよ」


「そ、それはどうも……」


 けなされたと思ったら、間髪入れずに褒められる。正直、反応に困ってしまってどんな表情を浮かべるべきか迷ってしまう。でもこれでこの精霊の余計な警戒は取り除くことができたようだ。それが元々の目的だから、ひとまずホッとする。


「……それで、『ここがどこか聞きたい』ってお前は言ってたな」


「う、うん」


「いいぜ、教えてやる。……その前に名乗るぐらいはしておくか」


 ……そう言えば、名前すらお互いに言っていなかったことを思い出した。

 ここに来てようやく、お互いの自己紹介に入る。私達はとりあえず、横に並んでその場に座り込み、お互いに話せる姿勢を取ってからそれぞれの状況を話し始めた。


「オレは『レシス』。ただの旅精霊だ」


「ただの……ね」


「なんだよ。それ以外に言えることがないんだよ」


 レシスと名乗った精霊に私は疑いの眼差しを向ける。

 他の誰もいないこの場所に、たった一人いることはもちろん、さっきの戦闘でかなりの実力を見せつけられておいて、『ただの』とは思えないんだ。

 とはいえ、出会ったばかりの今は詳しいことを聞いても余計に混乱するだけだ。ここは我慢しようと、気になる気持ちをぐっと堪える。


「私はルジェリア。ルージュって呼ばれているけど」


「……ふん。じゃあ本題だが……お前、どうやってここの世界に入って来た?」


 まずはこっちが聞かれるのか……。

 でもそれは当たり前かもしれない。こっちが質問するなら、私が相手の疑問に答えるのはそれ相応の対価だ。


「私は入ってくるつもりは無かったんだけど、寝ていたらいつの間にかここに来てて……」


「夢を通じて、か。……あいつの状況ならあり得るか?」


「えっと……一人で納得されても困るんだけど」


「ああ、悪い。それがわかれば充分だ。ここの世界は『記憶の世界』と呼ばれる場所だ。とはいってもそれはあくまで通称っていうか……世界の状態から、それっぽい名前を付けたにすぎない。説明するにしても、それしか説明の仕様がないんだよな」


 レシスは困ったようにため息をつく。

『記憶の世界』、か。確かに『夢の世界』を調べる時に本にそんな記述が少しあったような。

 でも説明の仕様がないというのはどういうことなんだろう。私が首を傾げると、それを見計らったかのようにレシスは再び口を開いた。


「この世界は安定しないんだよ。思い出が鮮明に残ってたり、いつの間にか忘れて思い出せなくなるようにな。記憶がごちゃごちゃになって訳がわからなくなる時もあるし」


「そ、それだとここが単なる異様な世界みたいに聞こえるんだけど」


「実際かなり異様だが? コロコロ中身が変わるし、並の奴なら気が狂うだろ。それこそ、瞬き一つでもしたらさっきとはまるっきり別の場所に立ってたとかザラだ。まあ、普通は生き物は入る前に弾かれるんだけどな」


「じゃあ……なんでレシスはこんな世界にいるの?」


 純粋な疑問だった。それでいて、一番聞かれるのが嫌な質問かもしれないけれど、聞かずにはいられない。

 そんな景色が変わっていく場所でたった一人、何をしているんだろう……って。


「……『約束』だ」


「え?」


「ここに来る前に、ある奴と約束したんだ。約束つっても、手紙での間接的なものだがな。絶対にそいつの元に行くって……オレはここで『夢の世界』に通じる場所を探さなきゃならない」


 まさかここに来て『夢の世界』と聞くとは思わなかった。

 私は少し動揺しているのを悟られないよう、なんとか冷静を装って聞き返した。


「『夢の世界』にその約束した相手がいるの?」


「ああ。……お前はその世界を前から知ってたみたいだがな?」


「……ッ⁉︎」


 胸の内のことをドンピシャで言い当てられ、肩が跳ねる。

 態度に出さないように努めていたのに。すぐバレてしまうくらいに戸惑いが表情に出ていたのだろうか……そう私がオロオロしているとレシスは悪戯っぽく笑った。


「オレを舐めるなよ。オレに隠し事なんざ通じない」


「えっと……レシスって心を読めるとか、そういう精霊なの?」


「半分正解、半分ハズレだな。正確に言えば心を読んだわけじゃない」


「うーん……?」


 そう説明されてもますます訳がわからない。頭の中には、はてなマークが浮かぶばかり。レシスは何者で、どうしてこの世界で、『夢の世界』を目指さなきゃいけないのかも。


「とにかく、説明は終わりだ。それで提案なんだが……お前、オレに協力してくれないか?」


「え?」


 考えの整理がつかない内にそんな提案を持ちかけられて、また私はぽかんとする。

 協力してくれと。……その意図がわからなくて。

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