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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第4章 記憶の抗争
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第34話 空虚となった記憶(2)

 

 その夜はロバーツさんが私達のためにわざわざ用意してくれた部屋でみんなと寝ていた。……確かにその筈だった。

 私はただ寝ていた。それに間違いない。眠りにつこうとしたら、なんだか足元から吸い込まれるような違和感を感じたんだ。

 不思議に思って身体を起こしてみたら────


「ここ……どこ……?」


 私がいたのは、見慣れない場所だった。レンガ造りの建物が立ち並び、あちこちに水路が張り巡らされており、道も石が敷き詰められているという、ミラーアイランドでもよく見るような街並み。

 だけど、ここには見覚えがない。ミラーアイランドではみたことがない景色。それに、


「なんで、私……さっきまで船で寝ていたのに」


 そう、こんな場所にいること自体がおかしいんだ。私は確かにロバーツさんの海賊船にいたというのに。こんな街に来た覚えがない。寝ぼけていたにしても度が過ぎている。

 転移術を使ったという可能性も考えたけど……明らかにシールト公国ではない場所だ。そんなところまで飛べる程の大規模な魔法は私一人じゃ扱えない。

 もしかして、ルーザが言っていた『夢の世界』?


「あ、いや……違うな」


 私はすぐさま首を振る。

 ルーザが言っていたことが本当なら、『夢の世界』は荒地のはず。本で見た挿絵ともかけ離れている。きっとここはもっと別の世界だ。


「本当に服まで変わってるなんて……」


 不意に視線を下に向けて、自分の姿を再確認してそのことに気付いた。

 ずっと前から愛用している、桃色のベールのような透けた布が裾に使われて、金でところどころ装飾された黒のローブ。私にしては珍しく気に入って着ている服だ。もちろん着替えた覚えはない。昼間はこの服装だったけれど、眠りにつく前にちゃんと寝衣に着替えていたから。


 とりあえず、歩いて状況を確認しよう……。話はそれから。

 服は普段通りのものでも、持ち物を確認してみれば腰に下げてあった剣しかなかった。武器があることにはほっとするけど、見知らぬ場所で剣一振りでは少々心許ない。薬も手元ないから、怪我してもすぐに手当て出来ないんだ。

 せめて肌はなるべく隠しておいた方がいいかな。そんな警戒心もあって私はローブのフードを目深にかぶり、意を決して歩き出す。





 ……歩き始めてしばらく経った頃。私は徐々にこの世界の異様さを感じ取っていた。


「誰もいない……」


 そう。この街には私の他に人影が一切見当たらなかった。

 妖精や精霊ならまだしも、空には鳥も、虫の一匹だって見つからない。音も、私の息づかいと周りの流れる水の音が僅かに聞こえるだけ。

 ……なんだか怖くなってきてしまう。まるでこの世界にたった一人取り残されて、みんな消えてしまったかのように。だんだん胸が孤独感に満たされて、押しつぶされてしまう感覚に陥ってくる。


「誰か……誰か、いないのっ……⁉︎」


 寂しさのあまり、私は思わず叫んだ。でもその声は誰かに届くこともなく、やがて空気に吸い込まれてしまった。もちろん返事が返ってくることもなく、周囲は再び静寂に包まれる。

 ……どうしたらいいのだろう。以前は、ルーザと出会う前は一人でも平気だったのに。一人暮らしが当たり前だったのに。みんなといることで、一人ぼっちが苦手になってきているのだろうか。


「はあ……」


 泣きそうになる気持ちをなんとか堪えて、私はまた歩き始める。とにかく自分で行動しなければ、この世界から抜け出すことだって出来ない。そう気持ちを入れ替えた、その時だった。


 ────カツン。


「っ!」


 道に敷き詰められた石に何かぶつかったような音が聞こえた。それと同時に、布が一瞬だけど建物の影から見える。

 誰かいる……!

 それを確信し、思わず顔が綻ぶ。ようやく巡ってきたチャンスだ、私は流してなるものかと急いでその誰かいると思われる所に向かう。

 その人影らしき気配を感じた場所へと向かうと、再び服らしき布の裾が曲がり角から覗いた。一目見ただけでは見間違いという可能性も捨てきれなかったけれど、二回も見れば確かに誰かいるんだと自信がつく。早く追いつこうと私は走る速度を上げて、無我夢中でその後を追った。


「はあ、はあ……」


 だけど、街は同じような建物ばかり。歩いても歩いても、変わらないように見えて進んでいる感じが全然しない。まるで迷路だ。

 それでもなんとかして追いつくしかない。疲労が溜まってきた足に鞭打って、さらに速度を上げようとすると、


「────動くな」


「なっ……⁉︎」


 背後から声が突如として聞こえた。まだ若そうな、男の声。それと同時に、背筋に寒気が感じる程の殺気。フードを被っているからよく見えないけど、首元に何かを添えられている感覚。

 ……多分、今頭を動かしたら駄目だ。振り向こうとすれば確実に首元をやられる……!

 緊張感から、嫌な汗が頰を伝う。なんとか自分に落ち着け、落ち着け、と言い聞かせてパニックになるのを防ぐ。


「お前、一体何者だ? お前のような妖精なんざ、引き入れたつもりも無い」


「引き入れるって……」


 一体なんのことなのだろう。私だって、この場所に望んで来たわけではないというのに。

 訳がわからず、何も言えない。だけどそれが逆に相手の警戒心をさらに掻き立ててしまったようだ。


「オレの邪魔をしようなら……容赦はしない」


「ま、待って!」


 今にも私の首を切り裂こうとぐっ、と寄せられる刃。何がなんだかよく分からないけど、誤解されていることは察せる。それを伝えるべく、私は迫る刃を咄嗟に止めた。


「違うのっ、あなたの邪魔をしようだなんて思ってない! 私はただ、ここがどこか聞きたいだけでっ……!」


「ほざくな。お前みたいな妖精がここにいるわけないんだよ。ならばオレの邪魔をしてくるに決まってる」


 駄目だ……話が通じそうな様子じゃない。必死に並べた言い分にもまるで聞く耳持たずだ。

 確かに、ここに誰もいないのは不可解だし、そんなところに私がどうしているのかは相手にとっては不自然なことだろう。でも、それは相手も同じことだ。私だって、今後ろにいる相手が何者なのか、どんな目的でここにいるのか気になる。


「しらばっくれるんなら、八つ裂きにされようが文句は無いよな‼︎」


「……ッ⁉︎」


 危険を本能で感じ取り、咄嗟に飛び退く。反射的に振り向くと……さっきまで立っていた場所には剣が振り下ろされていた。避けなければ切り裂かれていたところだけど、なんとか間一髪で避けられたらしい。


 対面したことでそいつの姿、容姿をようやく視界に捉えられた。

 短い黒髪と深い青の瞳を持つ、男の精霊。青を基調としたチュニックとマントを身に纏い、腰には剣の鞘が下げているという、剣士らしい服装をしている。オスクに比べると顔つきにはまだ幼さが残っているけれど、その瞳にはわかりやすいくらいの殺気が宿っていた。


「や、やめて! 戦うつもりは……!」


「はん、口ではどうとでも言える。今降伏するなら半殺しで済ませてやるが?」


「そ、それって結局倒すと同義じゃないの⁉︎」


 状況はまだ把握しきれていないけれど、これだけはわかる。完全に理不尽な言いがかりをつけられるよ、これ……!

 このままじゃあいつに倒されて、最悪この世界に一人で取り残されてしまう。それを避けるためにもなんとかわかって貰わなければ。

 私も渋々ながら剣を構える。それを見て精霊は私が抵抗すると思ったらしく、一気に間合いを詰めて斬りかかってきた!


「ぐっ……!」


 剣を受け止めると軽く5メートル程、立っていた場所から押された。

 凄い力……。体格差もあって、とても正面からじゃ敵わない。

 その精霊の身長は私の二倍近くあるし、何より男の腕力に女の私が勝てそうな見込みが全く無い。何か手を考えないと、このまま力押しされてしまう。

 今は距離を取らないと……!


「『ラデン』!」


 剣をつば迫り合いしたまま、火炎を放つ。精霊も火に炙られては堪らないと思ったらしく、それには飛び退いて避けた。

 でも、これだけでは牽制としてはまだ足りない。純粋な力では負けている分、充分な時間稼ぎをしなくては。そう思った私は自分の周囲に魔法陣を出現させ、


「『セインレイ』!」


 そこから光弾を出来るだけ多く放つ。だけど……


 ────バチンッ‼︎


「……っ⁉︎」


 その精霊に当たる直前、光弾が千切れた。

 まるで手で引きちぎったかのように、光弾が全部当たる前にバラバラになって消滅した。


「な、な……⁉︎」


「ふん。この程度の術でオレを傷つけようとでも思ったか? ……笑わせてくれる」


 その精霊は手をかざしていた。何かしたのは明白だけど、一体何を……。

 魔法をまとめて消し去るなんて、見たことがない。


「ちっぽけな妖精如きがオレに楯突こうなんざ、いい度胸だな。『ディスピアーレイ』!」


 その精霊が剣を振るうと、黒い閃光が一直線に私に向かって飛んでくる。

 さ、避けないと……!


「うわあっ⁉︎」


 閃光が着弾し、衝撃波が私に襲いかかる。直撃は免れたけど、私の身体は風圧で派手に吹っ飛ばされた。地面に叩きつけられて、ジーンと全身に渡っていく痛みに顔をしかめる。

 なんなの、この魔法。妖精のものとは威力も魔力も桁違いだ……!


「終わりだな」


 精霊はまた手をかざす。すると────


「……‼︎ 何これっ⁉︎」


 何が起こったのかわからなかった。言えるとすれば、何かに縛られている。ガシッと何かに鷲掴みされたような感覚があるのに、私の身体の周りには何もない。それなのに、指先さえ動かすことが出来ないんだ。


「諦めろ。それはお前がどうやったって外せない」


 なんとか動こうとしている私に精霊は吐き捨てる。

 見下されて、その言いよう。完全に舐められている最悪な状況だ……。


「ここまで抵抗したんだ。……半殺しじゃ済まないぞ?」


「なにをっ……まだわからないよ‼︎」


 身体は動けないけど、動けないなりに力一杯叫ぶ。

 そんな精一杯の行為も精霊には鼻で笑われた。


「妖精如きがそれを解けるわけない。じっとしてれば楽になる。精々大人しくしてろ」


 ……ッ、こんな、こんなところでッ……‼︎

 私は精霊を睨みつける。精霊は冷めた目で私を見下ろして、ジリジリとにじり寄ってくる。恐らく目の前に到達してしまえば、確実に持っていかれる。精霊は今の私にとって、『死』そのものだ。

 身体を動かそうにも、全身が鎖でがんじがらめにされているようにピクリとも動かせない。せめて、剣だけでも振れればなんとかなるかもしれないのに。

 これは夢かもしれない。だけど、やられる恐怖は本物だ……。


「あばよ、生意気な妖精」


 精霊が魔力を溜めている。それだけでも寒気を感じるほどに強い。

 なんとかっ……動いてよ、腕だけでも‼︎

 もがきながらも精一杯、祈るように。全神経を腕に集中させ、硬直しながらも気持ちだけは負けまいと。


 そして────

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