鍵は銃より強し
前書きに何を書けばいいのかわからない件。
という訳で第二話投稿。
あ、第一話をその内リメイクしますんで
一週間の中で、火曜日が一番嫌いだ。
その日はなんとなく気が滅入る。
まぁやる事は変わらないのだが。
「……ぐぅ〜……ぐぅ〜……」
「であるから、ここではこの方式を——」
「……すぴ〜……すぴ〜……」
「……使ってだな……それで——」
「むにゃむにゃ……うぇへへ……もう食えましぇ〜ん……」
「良い加減にせやこのボケェ!!」
「あべしっ!!」
机に突っ伏して気持ち良さげに寝息を立てていた黒髪の生徒——水谷水樹に、数学教師が拳骨を落とす。その額には青筋が浮かび目が血走っている事から、これが初めてではないことを語っていた。
殴られた水樹はのそりと起き上がり、寝ぼけ眼で教師を見る。
「……ゴリラ?」
無言の鉄拳が炸裂した。
「いって〜……あのおっさんゴリマッチョめ、毎回本気で殴りやがって……うわ、たんこぶになって……ないな」
再び机に突っ伏しながら、先程殴られた場所を摩る。
今は昼休みなので、皆が思い思いに過ごしている。
「毎回本気で殴られても寝るのを止めやない水樹君も凄いよね」
「よせよ、褒めるな」
隣に座っているポニーテールの女子生徒——有楽華花音は、溜息を吐き、ジト目で水樹を睨む。
「褒めてないよ……まったく、水樹君がしっかりしないと私まで先生に怒られるんだよ?」
「え? なんで」
「『水谷教育係のお前がもっとしっかりしなければ、彼奴はいつまでもあのままだぞ!』って」
「へー」
「そんな他人事みたいに!」
「いやだって、それ先生のせいじゃん。俺の事なんかほっとけばいいのに」
声マネまでして教師に言われたことを言う花音に、水樹は興味なさげに返事をする。
そんな態度が気に食わなかったのか、花音はむーっと頬を膨らませそっぽを向く。
「いいもん、そんな事言う人にはお弁当あげませんから」
「すいませんごめんなさい僕が悪かったですからそれだけは勘弁してつかーさい」
一秒で椅子から転げ落ち見事な土下座を花音にする。
水樹にとって、昼飯はどうしても抜けないのだ。
そしてその昼飯を花音に作ってもらっている為、逆らう事はできない。
「えーどうしよっかなー」
「おねげーします……私目にできる事ならなんでも致しますので……」
「本当!? じゃ今日の放課後に買い物付き合ってね!」
「え、ヤダよめんどくさ——」
「ん?」
「喜んでお供させていただきます」
水樹が面倒くさそうに顔を歪めると、花音が弁当を包んでいる風呂敷を指先で摘んでふーりふーりとする。すると即座にもう一度頭を下げる。
完全に尻に敷かれていた。
時間というものは早く過ぎるものである。
あっという間に昼休み、五、六時間目と終わり、気付けば既に放課後になっていた。
「きりー、れー、あっざったー」
『ありがとうございました』
「おう、気ぃ付けて帰れよ。それと水谷、挨拶くらいしっかりやれボケ」
「うぇーい」
「っの野郎……はぁ、じゃあな」
帰りのホームルームを終え、数学教師(実は担任)に挨拶をして、皆が行動を開始する。
家に帰る者、部活に行く者、残って駄弁る者。
水樹は即座に帰ろうと席を立ちドアに向かうが、その襟首をグワシッと誰かに掴まれる。
「水樹君、どこに行くのかな?」
ゆっくりと後ろを振り向けば、そこには物凄くいい笑顔で水樹の襟首を掴んでいる花音の姿。
黒いオーラが出ている事はこの際気にしない。
「いや、ちょっと便所に……」
「どこにっ、行くのかなっ?」
「いや、あの、その」
「……………………」
「……花音さんとのお買い物です」
「よろしい」
無言の迫力に負け、水樹は力なく頭を垂れた。
「それじゃ早速行こ? あ、その前に銀行でお金下ろさなきゃ」
水樹の襟首を掴んだままズルズルと引きずり校門に向かう。
「花音さん? ちょっと首が絞まってるんですけど?」
「え? 水樹君なら平気でしょ?」
「その信頼はどこから来るのか謎でしょうがない。というか仮にも高二の男を片手で引きずる花音の腕力は如何程に——」
「ん?」
「ぐえぁ!?」
引き摺られながら顎に手を当て、考えた事をブツブツ呟いていると、どうやら花音に聞こえたらしく襟を捻られ更にキツく首を絞められ変な声が出た。
「が、がのんざん、じぶんであるぐので、はなじでくだざい……」
「逃げないよね?」
首を縦に振りまくり肯定する。
花音はしょうがないなと、襟首を離す。
気道が解放されゴホゴホと噎せながら立ち上がった水樹は、ジトリと花音を睨む。
「ごめんごめん、謝るからそんなに睨まないで? それより早く行こ? 銀行閉まっちゃう」
そう言いながら水樹の手を取り、外へ走り出す。
水樹はまた引き摺られながら此奴絶対謝る気無いだろと思いつつも、その口元に笑みを浮かべて付いて行く。
それが、この世界での日常だった。
銀行は、水樹達が通う学校から比較的近くにある。
歩いて数分で到着し、二人は中に入るとサァッと冷房の涼しい風が頬を撫ぜる。
八月の真っ只中の今では、その風が火照った体を涼めてくれ、つい「はぁ〜」と息を吐いてしまう。
「さて、それじゃお金下ろして——」
「全員動くな!!」
「……え?」
花音が金を下ろそうとした時、突然入り口から数人の目と口だけが露出している覆面を被った男達が銃を構えながら入ってきてそう怒鳴る。
不運なことに、今この銀行にいる客は水樹と花音のみ。
当然すぐに男達に囲まれてしまった。
「おい店員! さっさとシャッター閉めろ! そしたら全員ここに集まれ!」
「は、はいぃ!!」
店のシャッターが絞められ、逃げ場がなくなった。
全員がカウンター前に集まると、男達のリーダーらしき人が大きな鞄を持ってそれを一人の店員に押し付ける。
「ここにあるだけの金を全て詰めろ。勿論、お前らの財布もだ」
それだけ言うと、今度は水樹達の方に歩いてくる。
「み、水樹君……」
花音はすっかり怯えてしまい、水樹の袖を掴みながら震えて水樹の後ろに隠れてしまう。
男は目の前に来ると、ハンドガンを突き付ける。
「おいチビ、お前らも金を出せ。そうすれば命だけは助けてやる」
「え、嫌だよ、それに俺はチビじゃない百六十㎝はある」
「…………は?」
ポケットに手を突っ込んだまま即答する水樹に、男はポカンとする。
「ねぇおっさん、その物騒な物しまってくれない? 花音が怖がってるからさ」
「……お前、今の状況わかってんのか? 言っておくがこれは本物だぞ?」
「あっそ……花音、ちょっと下がってしゃがんでて」
男の言葉に興味無さげに返事をして、後ろの花音にしゃがむように言う。
花音は一瞬、何言ってんだこいつ、という顔をしたが水樹の顔を見ると素直に頷いて二、三歩後ろに下がりしゃがみ込んだ。
「……もう一度だけ言う。今すぐ金を出せ」
「だから嫌だって言ってんじゃん。なに? もう俺が言ったこと忘れたの? 見るからに脳の容積少なそうだけどそれはちょっとまずいよ病院行きな? あ、それとも——」
ドゥンッ!!
『きゃあ!!』
「水樹君!!」
男は水樹に向かって発砲した。
その音に店員達が悲鳴をあげ、花音が水樹の名を叫ぶ。
「……チッ、大人しく金を出してれば良いものを——」
「あっぶねぇなぁ、いきなり撃つとか、もうちょっと世間の常識を身につけた方が良いと思うんですけど……」
「…………は?」
男は目を点にする。
それは男だけでなく、その光景を見ていた全ての人がそうだった。
男が撃った銃弾は、寸分の狂いもなく水樹の頭を撃ち抜くはずだった。
しかしそれを水樹は頭を傾けるだけで回避したのだ。
ハラリと、水樹の髪が数本空に舞う。
「日本で銃ぶっ放すとかマジないわ〜。銃刀法違反って言葉知ってる? あとその覆面暑くないの? つかダサいよ? 顔隠すならもう少しましなデザインのやつにした方がいいって、それじゃ唯のバカに見えちゃうから……あ、このご時世に銀行強盗なんて事するのはバカしかいないか。もうあんたら全員猿から人生やり直しなよ」
ブチリ、と音がした。
「なんなんだよテメェはぁああ!!」
激昂した男は二発、三発と立て続けに銃を撃つ。
撃たれた瞬間、水樹はポケットから腕が霞むほどの速さで手を抜き放ち、そして——
ギギギィンッ!
手に持ったそれで全て弾き返した。
「…………ふぇ?」
「キモい、つかキモい。大のおっさんがそんな声を出すな。出していいのは二次元の美少女だけど決まっている。あとその表情もやめろ」
キョトンとした表情でぱちくりと自らの持つ銃と水樹の顔を見比べる。
まるで何が起きたのか理解出来ていないかのようだった。
いや、実際に理解出来ないのだろう。
五メートルも離れていない至近距離から撃たれた銃弾を躱す、ましてや弾くなど目の前で見ていたとしても到底信じられるものではない。
しかし、それは現実で、しかも今この瞬間に実際に起きたことなのだ。
「あ〜あ……本当に運がないな……今日は厄日だよ……俺も、あんたらもな」
水樹は銃弾を弾いたそれ——三本の鍵を、握った拳の指の隙間から爪のように出している腕を男に向け、言う。
「知ってるか? 日本にはこんな言葉がある。『鍵は銃より強し』ってね」
『んな言葉あってたまるか!!』
「お、おおう……」
男達だけでなく、その場にいた全員から突っ込まれ僅かに体を仰け反らせる。
「一体なんなんだよお前は! お前ら! あいつを殺れ!!」
リーダーの言葉に周りの男達は従い、水樹にアサルトライフルを向け、引き金を引く。
バララララッと独特の発砲音が四方から響き、無数の銃弾が水樹を貫かんと迫る。
水樹は己に迫る銃弾に焦りもせず、その銃弾を全て見て、鍵を振るう。
右足を軸に体を反らし、当たりそうな弾だけを的確に弾く。
その場から決して動かず、軸足を中心に円を描くようにして全方向からの銃弾を弾く弾く弾く。
「な、なんで! 何が起きてるんだよぉ!?」
「あいつなんなんだよ! なんで銃弾を弾けるんだよ!?」
「う、うわぁああ! ば、化け物ぉお!!」
「に、人間じゃねぇ!!」
十数秒の間、銃の発砲音とその銃弾を弾く音は途絶えず続いた。
しかしその内に男達の残弾が底を付き、ギィンッと弾いた音を最後に静寂が訪れた。
「失礼だな、生物学的にはちゃんとした人間だぞ俺は。ハンドガンの弾速は秒速約二百メートル前半から四百メートル後半、アサルトライフルは六百から九百だ。あんたらが持っているAK–47なら大体七百ってとこだ。それを踏まえてあんたらの呼吸、表情、目の動き、力の入り方を見て弾道とタイミングさえわかれば誰だって出来るさ」
「いや……無理だから……」
汗一つ掻かず、呼吸一つ乱さず言う水樹に男達が向けるのは恐怖。
人間は未知の存在に本能的に恐怖を抱く。
例えそれが同じ人間だとしても、変わらない。
水樹はそんな男達を見て溜息を吐き、鍵を持っていない方の手で片耳だけについているイヤリングにチャリっと触れる。
「さて、あんたらは俺を殺そうとした訳だけど、それは自分が殺されるという覚悟があるからだよな? だったら——」
————今度は俺の番だ
その言葉が男達に届く前に、水樹の姿が掻き消えた。
「な!? き、消え——ぐがぁ!?」
水樹は一瞬で男の懐に入り込み、鍵付きの拳で相手の脇腹を打つ。
鍵は肉を食い破って突き刺さり、血が噴き出し水樹は返り血を浴びる。
すぐさまに鍵を引き抜き、苦痛に歪んでいる顔面に回し蹴りを食らわせ意識を飛ばす。
男が倒れる前に別の男の前に移動し鳩尾に鍵拳打を三発叩き込む。腹と口から血を吐きながら体がくの字に曲がったところに、その後頭部に踵落としで床に叩きつけ、その頭を踏み台にジャンプし近くで固まっていた男の顎に掌打を炸裂させ脳を揺らし、フラついている所にその腹に強烈な蹴りを食らわせ一人を巻き添えに吹き飛ばす。
「はい、あとはあんただけだよ?」
一瞬、時間にして約十秒も掛からずに仲間の四人を無力化され、恐怖に震え座り込むリーダーに水樹は血に濡れた右手を向ける。
「なんなんだよ……お前は本当になんなんだよ……お前はっ! お前さえいなければ!! お前さえ! お前がぁ!!」
錯乱したリーダーは水樹に向かって乱射するが、そんなものが当たるはずもなく、全てを避けながらゆっくりと歩み寄り、目の前で立ち止まる。
「さっきも言ったけど、運がなかったんだよ。今日は厄日だったって諦めて務所の中で後悔してろ」
足を振り上げる水樹の姿を最後に、リーダーの意識は途絶えた。
男が気絶したのを確認すると鍵に付着した血を払い落としてポケットに仕舞い、倒れている全員を縛り上げふぅっと息を吐く。
やはりこの状態で先程のような事をすると全身が痛む。
特に右腕と目が酷い。
「あ〜と、花音、とその他大勢の人達は怪我とかない?」
そう声を掛けながら、ペタリと座り込んでいる花音に手を差し伸べ——
「い、いやっ」
その動きを止める。
水樹から逃げるように後ずさった花音の瞳に映っていたもの、それは恐怖、困惑、緊張、そして拒絶。
(あぁ……そうか……)
ゆっくりと、手を戻す。
「あ、ち、ちがっ、違うの! い、今のは……っ」
花音が必死になって何か言っているが、それは水樹に聞こえなかった。
「……あ〜……まぁ、そうだよな……いや、気にしなくていい……その反応が普通だ…………そいつらは当分起きないから安心していい……それと多分警察がもうすぐ来るから、適当に言っといてくれ……先帰るわ」
自分は今どのような表情をしているのだろうと、水樹は思った。
花音に拒絶された時、最初に思ったのは「やっぱり」という感情だった。
そして花音の怯える目を見て確信した。
俺の居場所はここにはない、と。
誤字脱字アドバイス等ありましたら是非に。
感想も待ってます。