さよならではない
第一話投稿開始
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『……なんかごめん』
俺をこの世界に召喚? した人物に開口一番に言われた言葉がこれだ。
中学二年の春、とある事故で俺は光に包まれた。
そして次の瞬間に感じたのは浮遊感、直後の落水。
それが、俺がこの世界に来て初めての出来事だった。
それから様々な出来事があり、二年が過ぎた。
「本当に、帰るのか……?」
二年を過ごした城のバルコニーで星空を眺めながら、一人の青年と話をする。
「ようやく帰る目処がついたんだ……向こうでやり残したこともあるし、そろそろ、な」
「そう、か……」
青年が僅かに俯き拳を握る。
「お前がいなくなったら…………一体誰が俺の仕事を片付けるんだよ……っ」
「自分でやれこのタコ」
自分で仕事を片付けたことなど殆どないこいつの事だ。
俺が帰った後もきっと他の人に押し付けて遊びに出るのだろう。
「まぁ、そんな事はどうでもいい」
「よくない」
「だから今から宴会を開くぞ! 行くぞミズ!」
「待て言葉がおかしいててててっ! ちょっ髪の毛引っ張るなビリジオン!!」
外側に跳ねた茶髪の癖っ毛を持つビリジオンが俺の水色の髪の毛を引っ張りながら城の中に入っていく。
引き摺られるように『王の間』に連れて行かれると、何故か宴会の準備が整っており、そこには城の者だけでなく、この二年で知り合った人達や国民などが入りきらないくらい大勢集まっていた。
「昨日お前が元の世界に帰るって言った時から準備してたんだよ。お前の事だからこういうのはやらずにさっさと帰っちまいそうだったからな、国家予算で勝手にやった」
「…………その国家予算の書類を整理するのはこれからはお前だぞ」
そう言いながらも俺は顔がにやけるのを止められなかった。
どうやらこの二年で得た物は自分で思っていたより、とても大きくなっていたようだ。
ビリジオンは近くの人から杯を受け取り、王の座の上に立ち、杯を掲げて声高らかに言う。
「皆の者! 今宵はよく集まってくれた! 突然だが、我がビリジオン王国第二の王ミズが故郷に帰郷する事が決まった! 急な話だが帰る日は明日だ。 なので! 今から『祝☆ミズ・ミズ帰郷おめ! お土産よろしく!』パーティーを開催するぅ! ミズの持って帰ってくるお土産にかんぱーい!!」
『かんぱーい! イェーイ!!』
「ちょっと待て! なんかおかしい! と言うか俺の杯は!?」
「ご自分でお取り下さい第二の王」
「まさかの塩対応!?」
この宴の主役(笑)の俺が乾杯どころか杯すら持っていないのに、既に料理に手をつけ始めている人達を見て本当はメシをたかりに来ただけなんじゃないだろうかと思う。
しかもお土産を持って帰ってくるという事が確定してるし。
だがまぁ、この人達の笑顔を見るのもこれで最後だと思うと、怒る気も無くなってしまう。
仕方なく自分の分の料理を取って椅子(第二の王座)に座って食べていると、王の間の入り口が騒がしくなってきた。
そちらを見ると、人波の向こうに白髪のツンツン頭が見え隠れしていた。
俺は思わずニヤリと笑い椅子から立ち上がる。
「ミィィズゥウウ!!」
ツンツン頭が俺の名を叫び、人々をはっ倒しながらこちらに走ってくる。
はっ倒された人達は文句を言うが完全無視である。
「シャァアクゥウウ!!」
俺もツンツン頭——シャークの名を叫びながら駆け出す。
俺たちの距離は一瞬でなくなり手の届く距離になると、同時に拳を握り振り被る。
「「喰らえあぎゃ!!」」
お互いを殴ろうとした瞬間、その姿勢のまま俺たちは凍った。
「まったく……こんな大勢の人の前でなにやってんのよ……最後くらい普通に出来ないの?」
ピンク色の髪をストレートにおろし、泣きぼくろがチャームポイントの超が付く程の美少女が、比喩ではなく冷気を纏ってこちらに歩いてくる。
その後ろには金髪のチャラ男——ユウスケと坊主頭の男——タケシがまるで従者の如く付き添っていた。
「…………」
「…………」
「ねぇ、聞いてるの? これくらいなら二人ともすぐ出られるでしょ?」
「…………」
「…………」
「え、ちょっと本当にどうしたの?」
いつまでも返事をしない俺たちに美少女——マイが心配した声を出して氷を解氷する。
「「……はっ、川の向こうで知らないオバァちゃんが手を振ってた」」
「大丈夫そうね」
マイは心配して損したと溜息を吐く。
「いや、こうやってシャークと一緒にマイに凍らされるのもこれで最後だと思うと、なんかな……」
「ち、ちょっと、そんなしんみりすること言わないでよ……っ」
マイは俯き、肩を震わす。
そんなマイに後ろの二人が肩をポンと叩く。
「大丈夫だぜマイ、またいつか会えるさ……きっと……多分……おそらく、な」
「そうだな、まぁ会えない確率の方が断然高いけどな」
「ばかぁー!!」
「「ほぎゃ!!」」
振り向きざまにマイの回し蹴りを顔面に食らった二人は、窓から外に吹っ飛び見えなくなった。
「なにやってんだよ……」
「なぁミズ」
「んあ?」
三人のやり取り(二人は退場済み)を見ていて思わずため息をしているとシャークに呼ばれ、振り向く。
そこにはいつものバカ顔ではなく、たまに見せる真剣な表情でこちらを見ていた。
「……今日までで一万六千二百十八戦一勝一敗、一万六千二百十六引き分けだ」
「……そうだな」
「だから、つぎお前が戻ってきた時に……決着つけるぞ」
「その時は、俺が勝つよ」
「言ってろ」
ニヤリと笑い合い、コツンと拳をぶつける。
そんな俺たちをマイは目に涙を溜めたまま微笑んで見ていた。
「おいお前ら〜! そんな端っこでなにしてんだ〜食ってっか〜飲んでっか〜あひゃひゃひゃひゃ!」
すでにべろんべろんになっているビリジオンが酒瓶を片手にふらふらと寄って来た。
だが俺たちの数メートル手前でバタンと倒れグーカーと寝息を立て始める。
その上をトレーを持った家臣が何も無いかのように踏んづけて歩いて行った。
それでいいのか国王。
「ふふっ、私達も戻ろ——」
「ミズ! 大食い競争だ!」
「かかってこいや!
「「メシは全部俺のもんじゃーい!!」」
「あっ、まったくもう!」
ビリジオンを踏み付けながら俺たちはメシに突っ込む。
それをマイが「しょうがないな」と微笑みながらビリジオンを踏み付け追いかける。
いつもの日常、いつもの光景がそこにはあった。
でも、一人足りない。
楽しい時間とはすぐ終わるものである。
昨日のドンチャン騒ぎを朝までやって皆その場で寝落ち、結局帰るのを一日延ばした。
そして今日がその日だ。
ビリジオン城の広大な広場には所狭しと、国中の人が集まっていた。
その中央には俺とビリジオン。
少し離れたところにシャークとマイ、ユウスケと、タケシなど親しかった人達。
しかしその中に、彼女の姿は無い。
「………………シャラ」
「なんだミズ、まだ仲直りしてなかったのか?」
「……うっせ」
一昨日に俺が帰ることを告げ、泣かせてしまってから一度も会っていない。
勿論、昨日も城に来ていなかった。
俺がこの世界に来て初めて出会い、命を救われ、初めて本気で恋をした少女。
「……シャラ」
もう一度その名を呟くが、返事はない。
「さてミズ、そろそろ時間だ。準備はいいか?」
「…………あぁ」
俺の答えにビリジオンは頷くと、懐から野球ボール程の大きさの球体を取り出す。
「……いくぞ」
ビリジオンはそう言うと、球体に「力」を込める。
そしてそれを頭上に高く投げる。
カシャンッとガラスが割れるように球体が砕け、その破片が俺の周りに降り注ぎ陣の形を形成させ光を放つ。
この光は俺がこの世界に来た時と同じ物だ。
この光が一番強くなった時、俺はこの世界から消え元の世界に帰る。
「ミズ、これは別れじゃない。この城はお前の家で、俺たちはお前の家族で、この国はお前の故郷だ。だから、いつでも帰ってこいよ。だから、さよならは言わん。行ってこい!」
ビリジオンの言葉を皮切りに、広場にいた人々が声をあげる。
「ミズ様ー! 早く帰ってこいよー!」「待ってるからねー!」「ミズ様ー! またウチにご飯食べに来てねー!」「でも冷蔵庫の中を食べ尽くしちゃうのはやめてねー!」
「ミズ様ー! また遊ぼうねー!」「ミズ様ー!」「ミズ様ー!」
国中を震わせる程の大音声に、思わず視界が滲む。
「……またな」
「……あぁ! 行って来ますっ!」
握手を交わし、ビリジオンが一歩下がる
「次やる時は俺が勝つからな! あっ、お土産は食いモンで!」
シャークが一歩下がる。
「またね……ミズ君……っ」
マイが一歩下がる。
「「また戦ろうな、ミズ!」」
ユウスケとタケシが一歩下がる。
『いってらっしゃいませ、ミズ様』
城の者たちが一歩下がる。
『いってらっしゃい! ミズ様!』
国の人々が一歩下がる。
俺は目に溜まった雫をゴシゴシと袖で乱暴に拭き取り、笑顔を浮かべて叫ぶ。
「じゃ、皆! また——」
「——ミズさん!!」
俺の言葉を遮り、上空から響く声。
声の方を見れば、金の髪を風になびかせ、青い瞳を涙で潤ませながらこちらに飛んで来る一人の少女の姿。
「シャラっ!!」
俺がこの世界で初めて出会い、命を救われ、初めて本気で恋をした少女の名を叫ぶ。
「ミズさん!」
シャラは地面に降り立つと、走ってきて俺に抱き付き、胸に顔を埋める。
「シャラ——」
「イヤですっ!!」
今まで聞いたことのない程の大声をあげ、いやいやと首を振る。
「イヤですイヤです! 帰らないでっ、いなくならないで下さい!! 私を……置いて行かないでっ……ずっと……一緒にいてよぉ……」
ぎゅーっと抱き締めながら叫ぶが、その声は徐々に力をなくし、最後には嗚咽に変わってしまう。
「シャラ……」
そんな少女を強く抱きしめ返す。
まるで俺の体が離れたくないと言っているように、強く、けれど優しく、腕の中に閉じ込める。
「どうして……もっとはやく言ってくれなかったんですか……」
「……ごめん」
「……ばか」
「……ごめん」
シャラは顔を上げて俺を見る。
「……いつ、帰って来れるんですか……」
「……わからない」
「……どうやって、戻ってくるつもりですか……」
「…………わからない」
シャラの瞳から涙が零れる。
「じゃあ……私も連れて行って下さい」
「それは、出来ない」
「どうしてっ?」
「これは別世界から来た人にしか使えないからだよ、シャラちゃん」
「……ビリジオンさん」
シャラの問いにビリジオンが代わりに答える。
「シャラ、俺は——」
「もう……会えないんですか……?」
ポロポロと止まることなくシャラの瞳から涙が溢れ、再び俺の胸に顔を埋める。
「こうやって、ミズさんと話す事も……触れ合う事も……ミズさんと会う事さえ、出来なくなるんですか……そんなの嫌……イヤですよぉ」
「シャラ……っ」
俺の瞳からも涙が溢れ、頬を伝ってシャラの頭に落ちる。
「俺だってっ……離れたくない……もっとシャラと、皆と一緒にいたいっ……でも……向こうに残して来た奴がいる……だから、戻らなきゃいけないんだ」
「ミズさん——」
「でも!」
シャラの肩をそっと押して少しだけ体を離し、目を合わせる。
「ここは、この国は俺の故郷だから、俺は絶対に戻って来るから、だからっ」
「ミズさん……」
一度大きく深呼吸して、しっかりとシャラの瞳を見据える。
青く大きな瞳は涙に潤み、泣いていたことにより僅かに上気した顔に思わず見惚れ、吸い込まれそうになるのをグッと堪え、言葉を紡ぐ。
「シャラのことが好きだ」
「…………………………ふぇ?」
ぱちくりと目を瞬かせ、ポカンとした表情で俺を見る。
「だから、俺がこの世界に戻って来た時に、返事をくれないか?」
「………………」
シャラは未だ惚けた顔でこちらを見ていた。
しかし、陣の光が強くなり、もう時間がないことを告げている。
俺はシャラの肩をポンと叩く。
「それじゃ、シャラ、そろそろ……んむっ!?」
「…………んっ……」
シャラを陣から出そうとした時、唇に今まで感じたことのない柔らかさを感じる。視界一杯には目を瞑ったシャラの顔が間近に見え、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「……? …………、……?」
あ、今キスされてんのか……。
「………………っ!? 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
理解した途端、余計に感じる唇の感触。
自分の顔が、急激に熱くなるのがわかる。
数秒か数分か、はたまた数瞬なのか。
シャラが唇を離す。
自分の口を押さえながら、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにモジモジと上目遣いで俺を見る。
反則です死体切りですオーバーキルです。
「あの……その……ち、ちゃんとした答えは、ミズさんが帰ってきた時にしますっ! だから……約束です。絶対に、帰ってきて下さい……っ」
「あ、あぁ……」
「……これを」
シャラは自分がつけていたイヤリングを片方外し、俺に差し出す。
反射的に受け取った俺にシャラは満足そうに頷き、陣から離れる。
「ミズさん! 約束ですよ! 絶対にまた会いに来て下さいね!」
涙を浮かべながら笑顔で手を振るシャラに、これ以上は呆けてられない。
「あぁ! 絶対に戻って来る! 約束だ!」
俺もシャラに手を振り返し、他の人達を見渡し笑顔で言う。
「それじゃ、シャラ! 皆! またな!!」
『うるせぇ! 爆発しろぉ!!』
「えぇ!? なんで!?」
感動の別れシーンだというのに、シャラ以外の人達からの怒号をいただいた。
そして、それを聞いて笑っているシャラの顔を最後に、俺はこの世界から消えた。
「ミズさん……」
ポツリとシャラは呟く。
ミズが消えた場所を見つめるシャラの顔に笑顔はなく、変わりに涙が零れる。
「ミズ、さん……うぅ……ひっく……」
その場に座り込み、泣き噦る。
「シャラ……っ」
そんなシャラの肩をマイがそっと抱き締め、一緒になって声をあげて泣く。
それは周りの人々にも伝染していき、皆が涙を流した。
また会える。
そう思っていても、ミズが帰ったのは異世界。
普通では出会う事のない世界。
ミズに出会えたのは、その為の道具があったからだ。
しかし、それも今なくなった。
シャークは涙を流す人達を見て、自分の家に向かって歩き始める。
「……待ってるからな……」
再びミズが帰ってきた時に勝てるように、己の力を高める為、修行を始める。
「ったく、しまらねぇな……」
ビリジオンは城へと戻る。
自分の仕事を消化するする為に。
第二の王の抜けた穴を埋める為に。
数分後、泣き止んだシャラはマイ達と別れ、帰路につく。
「また……会えますよね……」
その呟きは流れる風に消えていった。
誤字脱字、アドバイス等ありましたら是非に