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 山風の低い唸り声が、耳の奥深くにこだまする。

 普段なら気にも留めないものだが、青年――白銅雪克(はくどう ゆきかつ)にとって、それは何か目には見えない存在が、ふいに機嫌を悪くしたかのように感じられた。

 雪克は、一刻前にふもとの里で聞いた噂話を思い出す。彼が現在登っているこの雪山に、雪女が棲んでいるというものだ。出会ったが最後、生命を吸い取られてしまうらしい。冬になったからか、そんな噂話を里のあちこちで耳にした。

 それを聞いた当初、雪克自身ばからしいとは思ったが、周囲の天候はその異形の存在を誇示するかのようにたちまち悪化していった。山頂からやって来た強い(おろし)によって、大量の雪が一斉に舞い上がる。加えて、冷たい突風があちこちで吹き始め、雪克は身体を震わせた。

 突風の勢いは強く、雪克は思わずその場で立ち止まり、瞼を強く閉じた。顔に吹き付ける冷たい風に、体温が奪われていく感覚を覚える。指先をそっと自らの顔に触れると、まるで枯れた老木のように冷たい。

 このままでは、まずい。そう直感した雪克は、長い睫毛(まつげ)に付着した雪を指先で払いのけながら少しずつ瞼を開いた。彼の眼前に、白一色のみの景色が広がる。登っていた場所から小さく見えたふもとの里も、灰色の雲の隙間からうっすらと差し込んでいた陽光でさえも、四方八方が一面白い雪に覆われ、何も見えなかった。

 颪は勢いを増し、猛吹雪となる。悴んだ手足を懸命に前へと動かしながら、雪克はきょろきょろと周囲を見渡した。しかし、吹雪をやり過ごせそうな洞穴などはまったく見当たらず、小さく溜息を吐く。漏れる吐息は、眼前の雪と同じように白く、冷たかった。

「くそっ、ここまでか」

 雪克は小さく毒づく。先ほどまでは良い天気だったが、冬の雪山を甘く見すぎたか。心の中でそう呟くも、既に後の祭りだ。観念したかのように、雪克はゆっくりと歩を進める。数歩歩いたところで、彼の足先が見えない何かに触れたのをきっかけに、体勢がぐらりと前へ傾いた。

 うわっ。雪克は思わず短い悲鳴を上げる。そのまま、彼の身体は雪で覆われた地面へと倒れこんだ。

 雪克はうつ伏せの体勢のまま、自らの身体へと目を向ける。毎日休むことなく蝦夷地(えぞち)を目指し歩き続けた両足は、小さく震えたまま再び起き上がろうとはしない。加えて、雪克が身に纏う西洋の黒い軍服は、白い雪が大量に付着し、所どころがしとどに濡れていた。そこから、寒さが直接身体へと伝わり、雪克の疲弊した心臓を不規則に揺らす。

 身体が、満足に動かせない。おれは、このまま死ぬのか。

 ぼんやりとそう思う雪克に、突如として眠気が訪れる。抗おうとする気力が湧かないまま、雪克は自らの奥底に潜む欲求に身を委ねていく。

 そんな彼の姿を、血のように赤い瞳を持った白装束の少女がじっと見つめていることに、雪克は気づかないまま深い眠りへと落ちていった。

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