赫眼を「かくがん」と読みがち(喰種脳)ですが、本作は「あかめ」でお願いします
クラウディアはとどめを刺そうとした。彼女の前で尻もちをついて見上げているのは、武力も魔力も持たぬ、貧弱な情にすがる哀れな一人の男。彼女が何よりも憎むべき人間だ。殺すことなど容易いはずだった。
だが、できなかった。殺せばすべての憂いが晴れるのに、しなかった。振り上げた手は下ろせなかった。
内なるものが邪魔をした。そうとしか思えなかった。
「おのれ、忌々しい女め」
声に出したが変わらなかった。彼女の中で震え続ける心とやらを、この場でえぐり出してしまいたかった。
「……まあよい」
クラウディアは抗うのをやめた。どうせこの男を殺さなくても変わらない。世界は終わるのだ。彼女の望むままに、暗闇に消えるのだ。
それに人の寿命など、彼女のそれと比べたらどれほど儚いものか。
クラウディアは男に背を向けた。他にも幾人もの武装した男たちが震えながら彼女を取り囲んでいたが、少しの脅威も感じていなかった。むしろ彼らの方が彼女に恐怖していて、誰も手が出せずにいた。
彼女の心は疲弊していた。震えはそのせいか。もう何にも煩わされたくない。それならばここですべてを消してしまえばいいのだろうが、それもできないほどに、深い眠りを欲していた。
クラウディアは去り際に、座り込んだままの男を見た。彼の目に恐怖は宿っていなかった。