動かず動かす
勇者の太腿に突き刺さった剣。
刃を伝い剣先から血が溢れる。
「やっぱ…痛いね」
「どうしてこんなことを!」
動揺のあまりソランはその場にへたれこむ。
「まぁ、何事も順番だ。で…本題に入る前に聞いておきたい。ここから遥か西の国のさかい…一応、ここの国の物みたいだが、どんな湖か知ってるか?」
ただの湖じゃないことは知っているはず。
「え?…えぇ。国の境目にあるので人々には住みにくく、しかも魔力が湧き出していて、その影響からか一年中濃い霧に覆われているので近寄る人も少ない所と聞いています」
やはりか…あまり詳しい情報は出回ってないみたいだな。近寄る人が少ないんじゃない。近寄った奴が帰って来れないからな、情報が少ないのは当たり前か。
「そう、そこだ。しかもその霧は湧き出した魔力を多く含んでいてな、その付近の魔物は凶暴化、巨大化しやすい。人をエサにしてる魔物もいる。腕に覚えのある冒険者やハンターでも避ける場所だ」
それに…その湖の周りは底なしの沼だ。
恐らく行って帰ってこれた奴しか知らないだろうな。
そして、湖の中心部には人一人しか入れないすごく小さな島がある。これは誰も知らないはず。
「そこに何かあるのですか?」
「ん?あぁ盾を隠した」
そう湖の島に盾を隠した。これは事実だ。
危険な場所は宝物を隠す場所。
簡単に取れそうなのが、一番難しく危険で取りにくい。
「な、なぜそれを私に?」
「それを国王に伝えるんだ。あんたの発言を聞いたらすぐにでも動き出すだろう」
堂々と言ったが動く可能性は低いんだよな。
オレから聞いたことをすぐに信じるような馬鹿な奴じゃない。
「もし、信じなかったらどうします?」
不安そうに聞くソラン。
こいつはオレのことを信じる奴だな…
「その時のためにだ。ここに連れて来て、オレにブッ刺さっている剣を見せろ。おまえが拷問して吐き出させたと考えたら多少なり信じるはずだ」
ソランには悪いが、オレはソランが信じてもらえない方に賭けた。そのための保険のこの剣だ。
痛みを伴う保険も皮肉だがな…
そしてあともう一つ保険を掛ける。
「で、国王があんたの発言を信じたら…次にオレが言うことを国王にあんたが言ってくれ」
そう、これは大事な保険。
「勇者が元の世界へ帰ったと国民に伝えるより、勇者が元の世界へ戻るときに勇者の魔力が暴走して、生き絶えたことにしませんか?
国民にとって勇者はいわば平和の象徴。その勇者を我々が手厚く葬り、その遺体を我々が持っていると国民が知れば、我々は世界中の人々の絶対的な信頼を得られると思います。そして他国も我が国には手が出せなくなる」
その平和の象徴が監禁されてるのだがな…
「こう、国王に進言する。これだけで良い。あいつもあんたの進言通り、すぐにでも世界中に発表するだろう。なんせ、リスクがないからな。あんたもあいつからの絶対的評価を得られ、国王の取り巻きに対する発言力も増す」
「…人々はそれを信じるでしょうか?国王は一度、勇者は元の世界に帰ったと発表しました。下手すれば人々は不審に思い疑うのでは?」
確かにな。
だが、それはあんたが心配するようなことじゃない…
国王はきれる奴だ。
そのためにソラン伝いに国王に盾の場所を教える。
「でも、なぜ?あなたが死んだことにするのです?」
まぁ、もっともな質問だ。
一見オレにはメリットはなく、相手にはメリットしかない。
他国に対して発言力は強くなり、世界中の人々から絶対的な信頼を得られる。それも神を崇めるようにな…
国王が有利になるだけ…
でも、ちゃんとオレなりの理由はあるさ。
だが、理由はソランにも教えられない。
ただ、敵に塩を送るようなこの進言はオレにはできない。
絶対、疑われるからな。
「それは、お前にしか出来ないからねぇ」
ニヒルな笑みでソランの質問を適当に返した勇者。
さて、上手いことをすべてが動いてくれると良いが…
あいつがちゃんと動いてくれるかどうかだな…