覚悟
俺は一人の少女の事が好きだった。
だけど、それは叶わぬ恋だった。
俺はあるマフィアの双子の兄として生を受けた。
両親は俺達の事を大切に愛情をもって育ててくれた。偶に来てくれた伯父さんと伯母さんも俺達の事を可愛がってくれた。(成長してから伯父さん達がこの国の王様と王妃様だと知る)
マフィアと言っても、麻薬とか人身売買などの非道な行為はしない。そもそも『アストレス』は裏世界の秩序を保つために成立した組織だ。言わば裏世界の王族だ。光と影。陰と陽。裏と表。片方が居なければ存在できない物だ。
俺はマフィアの後を継ぐため、ありとあらゆる裏世界と表世界の勉強をした。
ハイレスカ王国の学園に入学したのもその一環だ。
ハイレスカ王国は小国ながら高い教育水準を保っていて(ウチの国も似たような水準なのだが)、外の世界も見てごらんと両親の勧めで弟と入学することにした。
確かに学園の世界は面白い事ばかりだ。
学友達と馬鹿な事をしたり、勉強したり、身体を動かしたり、故郷では見られない料理を食べたりなど新鮮で楽しかった。あまり入学には乗り気ではなかった弟も毎日が楽しいのか良く笑う日が多かった。
彼女とはそんな中に出会ったのだ。
その日は珍しく早起きして、朝食まで時間があったから散歩することにした。
中庭は女子寮と男子寮の間に存在していて、綺麗な花を咲かしていた。あまり花の種類は分からない俺だが、少なからず花の美しさを感動する心は持っていた。|(まあ、それだけの関心しかないが)ただ、一つ謎だったのは、誰が花の世話をしていたかであった。
花に水をあげるだけではなく、雑草取りなど面倒な作業までしていた。
調べてみると女子寮の管理人でも男子寮の管理人でもない、無論教師でもない。
今年になって花壇が植えられる様になった様なので恐らく生徒、それも俺と同じ学年の生徒だと考える。
偶然朝早く起きたのだから、もしかしたら花壇の生徒がいるかもしれないなんて、淡い思いを抱きながら散歩をしていた。
どうしてそこまで、固執していたのかは未だに分からない。ただ、丁寧に大切に育てている人物の顔を見てみたいだけ。当時の俺はただそれだけの為に行動を起こしていた。
そこで出会ったのだ。
運命の人――――マリアテル・ エレンディアと。
彼女は顔に泥を付けながら花の世話をしていた。大変なはずなのに楽しそうに笑いながら世話をしていて、心から楽しいのだなと傍目で分かる。
時折汗を拭く姿が艶かしくて、生唾を思わず飲み込んだ。
「あら? ……どなたですか?」
俺に気付いたのか彼女は朗らかに笑った。その笑顔に心臓が痛くなってきた。
「ああ、おはようございます。確か同じ学年の方ですね」
「あ、ああ、おはよう。……もしかして『白魔術科』の生徒か?」
「はい」
相も変らぬ優しく暖かな笑顔だ。まるで聖母の様に女神の様に。
「ああ、だからか。あまり見慣れる顔だからつい……」
「貴方は『戦闘術科』の生徒ですもんね。私のクラスでも評判ですよ。『綺麗な顔の成績優秀な双子の兄弟がいる』て」
「それは光栄だ。それよりこの花壇が君が?」
「はいっ!!」
元気よく笑う姿は俺が今まで出会ったどの女よりも綺麗で可愛らしいものだった。
「ここ、広いのに何にもないから勿体ないなーと思っていたんです。そこで管理人さんにも先生にも許可を取ってここに花壇を作ってお花を植えたんです。そしたら皆が喜んでいるので私、とっても嬉しいです!」
「そう……キミ一人で? 友達にも言わないで?」
「はい。私の趣味の一環で始めたようなものですし、私早起きなので。お昼とか夕方は私も友達も忙しいですし」
ああ、この子は誰かに褒められたい訳ではなく自分が好きだから、それだけの理由で毎日こんな汗をかきながら花の世話をしていたのか。今まで俺の周りにいる女は打算にまみれた女だったためか衝撃的だった。|(別に悪いわけではないが)
「ところでお名前は?」
「……俺はアルフェディック。アルフェディク・アストレス」
「私はマリアテルです。よろしくお願いしますね」
差し出された手を何の迷いもなく俺は握った。
とても暖かな手だった。
これが俺とマリアテルの出会いだった。
俺は直ぐに彼女について調べた。
そして絶望した。
彼女はハイレスカ王国第二継承者、マリアテル・エレンディア。この国の王女様だった。
しかもこの時、彼女には婚約者がいた。その相手は大国の第二王子で、しかも仲は良好だった。俺がどう頑張っても敵いそうにない相手だった。
俺の初恋は告白する前に破れてしまった。
周りによると当時の俺の様子は目も当てられないほどの落ち込み様だったらしい。
周りは何とか俺を元気着けようとあの手この手使ってくれた。俺も少しずつ元気が出た所だった。
――――両親が亡くなった知らせが届いた。
崖崩れだったらしい。前日の雨のせいで地盤が緩んで馬車ごと谷に落ちて……
救いは両親だけ死人が出なかった事だ。従者はそのときいなかったらしいから。
結局、両親達の葬儀が終わった後、学園を辞める事にした。俺もエルも、肉体的にも精神的にもとてもじゃないが通える状態ではなかった。
マリアテルに挨拶もしないまま俺達は国へ帰って行った。
その後はがむしゃらに仕事をしていた。若かったから他の組織から舐められないように頑張った。その間、彼女の話が度々入った。彼女は国内外で人気のある王族らしい。
ツレイとレミードも仲間入りしたお蔭で事務作業には余裕が持てる様になったその時に舞い込んできたのだ。
―――マリアテルとその娘が国外追放された話が舞い込んだのが。
「大変よ! ハイレスカのマリアテル様とヒルデリカ姫が追放されたわ!」
ある日レミードが書斎に駆け込んで息もたえたえに報告した。(因みにレミードはオネエ)「……何を言っている! マリアテル様とご子息が追放!? 追放される理由がないだろう!! それに姫様は王国の第一王位継承だぞ!?」
ツレイの言う通り、マリアテルの娘はハイレスカ王国第一王位継承だ。マリアテルは国母になる可能性がある。その二人を追放とはよっぽどの事だ。
「それが……現国王夫婦を暗殺した容疑らしいのよ」
「はあ!? 暗殺!!??」
エルが素っ頓狂な声を出してしまっ様だ。
「暗殺なんて彼女に何のメリットがある? 今の彼女の娘は国の跡継ぎな筈だよ? 一体何で犯人だって分かるんだよ? まだ、国王夫婦の死去が流れていないのに」
そうだ。一国の王が死ねばその情報は直ぐに流れるのに、今始めて聞いたのだ。
「それが……彼女の部屋から暗殺に使われた毒薬の瓶が見つかったらしいのよ」
「んな馬鹿な。そんな決定的な証拠を残す馬鹿がいるか! それに俺なら自分の手ではなく手下を使うぜ!!」
「そうだけど……まともに裁判を掛けないまま追放されて」
「「裁判も掛けなかったのか!!」」
エルとツレイがダブルで驚くのも無理がない。ハイレスカ王国はどんなにソイツが犯人だと分かっていても、必ず最低でも半年は裁判に掛けなければならない。最も、その時の俺は驚きのあまり、思考停止していた俺がやっとの思いで聞いたのは彼女の事だった。
「……マリアテル達は今はどうしてる?」
エル達もはっとしたようだ。
そう、今日は嵐だ。下手をすれば人までもが噴き飛ぶではないかと思うぐらいの強さだ。まさか、こんな日に追放するなんていくら何でも……
「それが、ついさっき国外に出されたと報告が来たのよ。だから私は急いで貴方達に報告したのよ」
それからは覚えていない。
気が付いたら俺は嵐の中を走っていた。
俺の国とあいつの国はどれだけ離れていると思ったが、そこは科学の力、車で急いで走らせる。だけどウチの車は山奥で走れるような車ではなかった。何とかハイレスカの国境の半分まで頑張ってくれたが、エンストしてしまった。俺は乗り捨てて後は走り続けた。
全身が泥だらけになっても、疲れ果てて掠れた声と息しか出ていない。途中で魔物が襲ってきたが言葉通りに千切っては投げ、千切っては投げをしていたらいつの間にか襲ってこなくなった。
大きな谷が見えた。ココを超えれば直ぐに国境に近づける。そう思っていた時だった。
「んっ……?」
崖の傍で人がいる。良く見れば子供を抱えている。親子連れ? いや、こんな嵐の中をましてはこの辺は魔物が跋扈する。素人さえ冒険者が居なければ歩けないのにどうして……?
……………まさか!!!!
親子が崖から身を投げようとしていた。俺は最後の力は振り絞り走る。
「やめろマリアテル!!」
そして俺はマリアテルの手を―――――
「これが俺とマリアの馴れ初めだ」
「重いですボス……」
俺の直属の部下であるレイファン――レイが俺とマリアの馴れ初めを聞いたのでそれを答えただけなのに、顔が真っ青だ。
「お前が俺とマリアの馴れ初めを聞きたいと言うから言ったんだ」
部下であるレイは優秀であるが度々失言するのが玉に瑕だ。例えば俺が妻子持ちて言った途端、『男じゃないんですか!!』と驚かれた。確かに俺はゲイにはある程度の理解はあるが生粋のホモではない。|(この後怒りのアイアンクローしたが)
俺達は俺のマイホームでのんびりと夕飯を食べている。レイが教えて貰ったニシンのパイは中々の美味だ。まあ、マリアが作るものは何でも美味しい。
「そう言えば三つ子ちゃん達は?」
「マリアと一緒に墓参りに行ってる」
「お墓? こんな所に?」
俺の家は山奥の小さな家だ。周りは人一人も居ない。居たとしてもそれは野生動物か、迷い込んだ魔物だけだ。まあ、家の周りには強力な結界が掛けられているから早々襲ってこない。この家に来れるのは俺やマリアやヒルダなどの家族が許可した人間しか入れない。宅配便などはフェイク用の家に届き転送するように仕組んでいる。
「……姉と姉の旦那の墓モドキだ。木で作られたから粗末な墓だがな」
「えっ……?」
あの後、俺は直ぐに屋敷に戻った。幸い大怪我は二人共なかったが、マリアはあの後三日三晩高熱にうなされていた。その間、件の国から嫌がらせを受けたり|(この時は伯父さんが止めた)ヒルダが自殺未遂したり|(自分が居たら母親が幸せにならないと思い詰めた末の行動らしい)色々あったが、これは割愛する。
目を覚ました時にはマリアは記憶を失っていた。
正確には全てではなく、姉と姉の旦那|(自分の夫ではないらしい)そして自分が王家の人間だという記憶がなくなっているのだ。
自分はある落ちぶれた貴族の娘でヒルダの父親は事故で亡くなっている事になっている。
医者によるとあまりにも耐えがたい記憶を忘れる事によって自分を守っているそうだ。
記憶を忘れる位だから誰も彼女に本当の事を話さない。ヒルダもけして姉の旦那(自分の本当の父親)についてけして話さなかった。
それから俺は少しずつマリアと交流した。
別に下心があった訳ではない。記憶が忘れていても、精神的にも肉体的にもまだ不安がマリアにはあったしヒルダに関しては先ほど言った通り、自殺未遂はなくなったが自傷癖が残っていた為眼が離せなかった。(この事はマリアは知らない)
使用人に任せれば良かったが、どうしても気がかりで仕事が終わった後や休日の時に世話をした。日に日にマリアの様子も良くなり、ヒルダも落ち着いてきた。本当に体調が優れている日は昔の様に庭いじりを一緒にするようになった。
嬉しい事に俺とマリアが出会った時をマリアが覚えてくれたのだ。
「あの時初めてだったのです。朝早くから作業をしていたから誰も会わないから……別に褒めてもらいたいからて訳じゃないけど、あの時は嬉しかったわ」
そう言ってもらった日はにやけ顔が治らなくって周りに不気味がられてしまったものだ。
いつからだろう。マリアの眼差しが友人に向けるそれではなく、学園時代の婚約者に向けたそれだと。
俺自身勘違いが何だろうかと思ったが、マリアから結婚前提の告白をしたのでそれは勘違いではない事が証明されたが、あの時信じられなくって、「エイプリールはまだ先だぞ?」と言ったら、マリアの顔がムッとしてそのままキスをしたのでこれは嘘でも何でもないと理解したのだ。(理解した途端頭がシュートして気絶したのは良い思い出だ)
結婚式は慎ましかったが、皆から祝福され子供も三つ子にも恵まれて幸せな家庭を持てる事が出来たのだ。
「僕の考えなんですけど」
食後のコーヒーを飲みながらレイはふと呟く。
「奥様が記憶を失くしたのは辛かったのではなく、恨みたくなかったから忘れたんじゃないでしょうか? 奥様の性格上」
「……だろうな。でなければあいつらの墓なんて作らないだろうし」
「それでも作ってあげたボスは偉いですよ」
「ふん。あれでもヒルダの血縁上の父親とマリアの姉だった生き物だからな……それでも今回の件は下りんぞ。アレの被害は」
「分かってますよ。ボスの決定を異に唱えるつもりはありません」
……本当にコイツはムカつくやつだな。ワザ掛けるか?
「ただいま~」
チビ達が帰って来た。
「ああ、あなた帰って来たの? まあ、レイさんも!」
「お邪魔してます奥様」
チビ達はレイを見つけると、嬉しそうな顔をしてレイの元に駆け寄った。
「レイお兄ちゃん遊ぼー」
「ダメー! お兄ちゃんは僕と!!」
「違う私と!」
「はいはい! 遊んであげるから先に手洗いね」
レイに促されてチビ達は洗面台に向かった。
「あなた」
「何だ?」
俺の方を見るマリアの顔は笑顔だ。
「私、今とても幸せです」
「………そうか」
マリアの思いを答えるように彼女の肩を俺に寄せた。
俺は愛する人の笑顔を取り戻せた。この笑顔を、幸せを壊すものはけして許さない。
それが俺の覚悟だ
~登場人物~
アルフェディク・アストレス
「黒バラ」の攻略キャラの一人。愛称はアル。本作の主人公。
マリアが初恋だったが、当時婚約者がいたため失恋。両親が死去した後は仕事を熱中していたが、事件の後マリア達を保護した後は下心なしで世話をしていた。恋愛に奥手だった事と、マリアを神秘化していた面があった為であり、けしてヘタレではない。
マリアテル・エレンディア
『ハイレスカ王国恋物語』のヒロイン。転生者ではない。
亜麻色の髪に瑠璃色の瞳を持つ。優しい眼差しが特徴の女性。
祖国に迫害され失意のあまり自殺しようとしたが、アルに助けられる。今後彼女が記憶を取り戻すことはない。ただ、優しい記憶とともに生きていく。
以外に恋愛はグイグイといく
チビちゃん達
男・女・男の順。名前は決めていない。
母親の顔立ちと父親の眼もとを引きついている男の子達と父親の顔立ちと母親の眼もとを引きついている女の子。何が言いたいと言うと将来は美形になる事間違いなし。皆のアイドル。
レイ
前作の主人公。チビちゃん達やヒルデリカに好かれている。失言が多く、失言を言ってアルにプロレス技を掛けられるのが周囲の日常化している。