ハジマリ
部活が終わっても千代はずっと警戒していた。
「お疲れ様でしたーー!」
部活が終わってイキイキしている後輩たちからの挨拶に手を振って応え、帰路につく。
最寄りの駅の近く。
入ったこともない細い路地。
千代はその奥からまた殺気を感じた。
しかし、いま感じている殺気は、部活中に感じたものと比べるとかなり弱い。部活中に感じた殺気が異常なくらい強かったのであるが...。
初めて入る路地を殺気を頼りに進んでいく。
すると間もなく、チンピラに出会った。
「おいおい、嬢ちゃん。どこに行くのかなぁ~?」
(殺気は...まだ奥ね...)
殺気にしか興味のない千代はチンピラを無視して歩くと、別のチンピラに肩を掴まれた。
「しつけのなってない嬢ちゃんだな、俺らがしつけてやガッ...」
肩を掴んだチンピラの顔面を鞄で殴る。こんな大胆な攻撃が、不思議とノーガードで当たるのである。
「ッ! テメェ...舐めんなヨっ??」
初めに声をかけてきたチンピラが殴りに来たが、チンピラの視界から千代が消えた。
と、思うのも束の間。チンピラの股間を鞄がアッパーする。
「しつけがなってないのは、あなたたちです」
そう言い残して、さらに先へいく。
路地の先は袋小路だった。
そこに、千代がたどり着く。
袋小路の奥には、五人の黒装束。
その真ん中の一人が口を開いた。
「早かったな」
声から男だとわかる。
「いくつか質問してもいいですか」
「ご自由に」
「夕方、私に殺気を当てたのはあなたですね?」
「さあな。もしかするとしたかもしれん」
「適当...なんですね」
「さあな。よくそう言われるがな」
「私をこのあとどうするつもりですか?」
「さあな。俺は知らん」
「では...あなたはなぜ待っていたのですか?」
「さあな。いまにわかるだろう」
この言葉を言ったとき、男の口元が笑ったように見えた。
その人間離れした表情に千代は顔を歪める。
「さて、質問はもういいな。始めよう」
千代の足元に木刀を投げる。
木刀が地面につくのと同時に、他の黒装束がそれぞれ木刀を手にして千代に襲いかかってきた。
(...ッ! 速い! けど私の方が...!)
素早く木刀を蹴りあげ、右手で掴むと同時に初撃をいなす。
一対四。
真っ向から受けては、勝ち目はない。
(まずは攻撃権を奪わないと...)
四人の黒装束の攻撃を一通りいなすと、千代は目を閉じ集中した。
その間、黒装束は千代の周囲を回るだけで襲いかからない。もし襲いかかってきても、千代は集中を高めながらいなし続けれたが、攻撃してこないほうがありがたい。
(敵の足音、服の擦れる音、敵の呼吸が読めるまで...)
完全に集中すると、ゆっくり目を開ける。
このときの千代は、たとえるならライオンのように、静かな、それでいて、周囲を圧倒する、雰囲気を纏っていた。
しかし、黒装束が完全に集中しきるまで攻撃しないとは、まるで力量を測るかのよう...。
「待っていただいてありがとうございます」
その言葉を皮切りに、再び黒装束が次々に襲いかかる。
先ほどとは違い、一番近い黒装束に向かう千代。
二人は木刀を打ち合い、と、すぐに千代は下がる。
二番目の黒装束が、一太刀浴びせようと追ってくるが、視界から千代が消える。
実際には千代はもちろん消えていない。動きは単純、相手の左右、千代からすると、斜め前に一歩踏み込んでいるだけ。
消えたように見えるのは、起りが小さいからである。
初動の前の動き。それをバレないように小さくすると、動いたことに気づくのが遅れる。
千代は重心を体の前でキープし、タイミングよく重力に従うことで、起りを抑えて移動できたのである。
自分の懐でそれをやられると、消えたように見えるだ。
驚いたのは向かってきていた黒装束だけでなく、他の黒装束も千代の動きに着いてこれず、まとめて一閃された。
千代はその手応えに、ふと違和感を感じた。手応えがほぼない。たとえるなら、干してある洗濯物を斬るような手応えである。
「え...?」
驚いて少し硬直してしてしまった。残り一体の黒装束が来るかと思ったが、攻めてこない。
すると、初めに話していた男がゆっくり近づきながらこう言った。
「合格だ」
次の瞬間、男は消え、千代の意識は飛ばされた。
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千代が倒れたところに、男と残った黒装束、そして女性がいた。
授業中に監視していた女性である。
「まさか木刀で三体一気に倒すなんてね~。あなたたち、よくやったわ。"封印"」
その言葉で黒装束たちは女性の手元消え、女性だけが残った。
そして女性は念話を始める
「終わったよ~」
『どうじゃった?』
「うん、合格。剣道やってるだけあって、刀の扱いはよかったけど、気はまぁまぁってところね~」
『そうか、では早速こっちへ送ってくれ』
「了解~。"強制転移"」
すると、千代が消える。
と、同時に背後に新しい気配。
それを感じた瞬間、女性は飛び退く。
(...ッ! 私が背後を取られるなんて...。いや、それ以前にいつ来た?)
「相変わらず元気だな、鳳凰」
顔をあげると、そこにいたのは氷室玄理。
「あ~びっくりした。久しぶり~、玄武さん」
「もう玄武じゃねーよ。ところで今のやつは新規さんだよな?」
「そうだよ? 知り合い?」
「クラスメートだ。久々にちょこっと手伝ってやろうかな」
「お! ホントに~? こりゃ面白くなりそーだ」
その言葉が終わるや否や、二人とも姿を消した。