終章:だから何で隣に王子様?!
アーサーと仲直りして、私とアーサーの生活は再びスタートした。
といっても、以前と少し変わり、アーサーは犬の姿も家の中でとるようになった。もふもふの犬姿で私の近くまで駆け寄り尻尾をフリフリする姿は、アーサーであるということを忘れそうになるぐらい可愛い。
というか、時折忘れてしまって、わしゃわしゃと首あたりを触ってしまう事がある。人間だと美形で、犬姿だと可愛いとか、色々神様は不公平だと思う。
そして犬姿のアーサーを可愛がると、チェロがすねるようになった。犬と猿は仲が悪いと聞くが、猫と犬も仲が悪かったらしい。勿論チェロは大切な私の親友なので、アーサーばかり優先はしていないつもりだ。しかしどうしても恋愛感情がともなっている為、若干の贔屓が出てきてしまっているのかもしれない。
またアーサーの妹であるシャルは遠い王都から、時折ここへ来るようになった。よっぽどアーサーに懐いているのだろう。いつもそんな服では駄目だとか、髪を結いあげて少しは見栄えを良くしろとか、たまには化粧をしろとか言い、私の服や髪飾りや化粧品を持ってくる。
アーサーが私の傍を離れないので、頑張る路線を変えて、私を少しでも見栄えよくする事にしたらしい。いじましい努力だ。そしてアーサーとシャルは一緒に、服はこんなのはどうかなど話あっている。私の服なのがあれだが、楽しそうで何よりだ。
ただシャルは少し意地っ張りなところがあるようで、兄に会いに来たとは決して言わずに、私が作った化粧水や乳液を買い求めに来ただけだとなんだかんだ理由を作っている。
とまあ、現状を思い返しながら、私は少し現実逃避をしていたのだが、このままずっと現実逃避をし続けるわけにもいかないだろうと深くため息をつく。
私は現在寝起きで、ベッドの上に居た。
そして起きてすぐに自分の服が乱れていない事を確認した。勿論服の乱れはないし、大丈夫そうだ。……ただそんな確認をしなくてはいけなくなったのは、隣に金色の髪があるからだ。
またか。
またなのか。
体はいつも通り真っ裸。
「アーサー、何でここに居るんだっ!!」
私は隣ですやすや眠るアーサーを怒鳴りつけた。
「んー、エルニカおはよう」
寝ぼけ眼で、私を見上げるアーサーはいつも通りマイペースである。裸を見られて少し位恥ずかしがればいいのに、王宮で召使に着替えや風呂を手伝わせるたびに見られていた為か、まったくそういう素振りはない。
「おはようじゃない。何で私のベッドで真っ裸で寝てるんだ」
「昨日、ベッドに僕を誘ったのはエルニカの方なのに。酷いなー。でも、怒ってるエルニカも可愛い」
「私が誘ったのか?」
待て、昨日の私何をした。
一生懸命昨日の自分の行動を思い出そうと頭をひねる。最近の現状を考えている場合じゃなかった。私に今一番必要な情報は昨日の事だ。
「そうだよ。裸の僕に抱き付いて、寒いと言って僕で暖を取ったじゃないか」
昨日は……昨日は……。そうだ。
昨日は、魔女会へ参加し、そこでとうとう【暗い森の魔女】にも彼氏ができただなんだのとからかわれ、それに苛立ち自棄酒の飲んだのだった。勿論勘違いされている相手はアーサーで、まだ私はアーサーと付き合っているわけではないのに、勝手な噂ばかりされて散々だった。おかげで師匠がどんな男なんだと根掘り葉掘り聞いてきた為、あまり思い出したくない。ただ何かと突っかかって来る【夜の魔女】がシャルが用意してくれたドレスや髪飾りを使って着飾っていた私の姿を見て悔しがっていた事だけは少しだけ嬉しかった。しかしそれにしてはおつりが来るぐらい面倒な噂だ。
そんなわけで、自棄酒を飲んで体が熱くなった私は薄着をしていた。
しかし暗い森の夜は冷える。なのでアーサーがいう通り、帰ってきたばかりの私は、とても寒かったのだろう。
だから私の帰りを出迎えてくれた、獣の姿のアーサーに私はすぐさま抱き付いたのを思い出す。
でも仕方ないんじゃないだろうか。寒い場所に金色もふもふ大型犬が目の前にいたら、その誘惑に耐えられる人なんていないと思う。そしてその後の記憶がまったくないという事は、そのまま眠ってしまったのだろう。酒はほどほどにしないといけないなと、私は何度目かの反省をする。
「ベッドに私を転がしておいてくれればいいじゃないか」
「僕の髪の毛を掴んで離さないのに無理だよ。ちょっとハゲるかと思ったぐらいだし」
「……それは悪かった」
きっと寒さから、暖房道具を放すものかと掴んでいたに違いない。無意識というものは恐ろしい。
「なら、せめて獣の姿のままでいてくれないか? もしかしたら布団が暑かったりするのかもしれないが」
私が暖かいと思うのだから、アーサー自身はむしろ暑いぐらいかもしれない。それでも、私だって一応は年頃の女だ。
裸の男と一緒のベッドに居るのは色々と困る。
「別に暑くはないけどさ」
「何か問題があるのか?」
獣の姿だと寝る時に何か問題があるのだろうか。
……まあ、枕は使えないなと思うが、そもそもここは私のベッドで枕は一つ。そしてそれは私が使っているので、普通に使えない。
「いや、獣の姿で、エルニカがギュッと抱きしめてくれるのは好きだしサワサワと毛並みを触られるのも好きだけどさ……」
私の顔に影が落ちる。
どうやら私はベッドに押し倒されたらしい。何だ? とじっとアーサーを見上げていると、珍しくアーサーが困った顔をした。
「……エルニカが可愛すぎて困る」
「意味が分からないんだが」
「いや、獣の姿でこうエルニカを押し倒すのもいいけど、色々最初がソレだと不味いかなと。それにちゃんと抱きしめたいし。獣の姿だとできないからね」
……押し倒す。
少し遅れて、アーサーが何を言ってるのか私は気が付く。
「私たちは付き合ってもいないはずだが?」
「えっ? 僕たちって恋人同士だよね。僕はエルニカのものだし、エルニカも愛してると言ったじゃないか。あれは嘘だったのかい? いや、嘘じゃない。エルニカは僕が好きだよ」
お前が否定するな。
私の意見を聞かずに、エルニカは僕が好きだと何度も耳元で囁く。
「というわけだから、僕らは恋人さ」
「まあ、そういう事にしてやってもいい」
流石に素面で、私も好きだとは言えずに、私は誤魔化した。そうか。でもこれで本当に、私にも男ができたのか。
「エルニカっ!!」
アーサーは飛び切りの笑顔を見せて、私を抱きしめた。
ふわふわの髪を私はポンポンと叩く。人の姿になっても、どことなく犬っぽい気がする。もしも尻尾があったらぶんぶんと振り回していただろう。
「って、ちょっと。待て、アーサー。何で首を舐めたっ!!」
ぎゅっと抱きしめるだけかと思ったのに、ペロッと私の首をアーサーは舐めた。
そこで私は慌ててアーサーを引き離す。心臓がバクバクと音を立てていて、壊れそうだ。
「え? だって据え膳喰わぬは男の恥と言うじゃないか」
さらっとアーサーがトンデモない事を言って、私はぷちっとキレた。何を当たり前な事をという様子だが、物事には順序があって、私はこれが初めてのおつきあいになるのだ。
よくよく考えたら、獣の姿でとか、既に下ネタまで言われている状況。
ふざけるな。
「私は食べていいと言っていない」
「え、エルニカ?」
そもそもこの状態ですら、こっちはこんなに恥ずかしいのに、アーサーはシレッとしている。そうか。王子様だから、メイドとか姫様とかに手を出していたんだな。
まあ、過去に彼が何をやったかは問い詰めるつもりはない。
過去は過去だ。でも、現在彼がやろうとしているのは、見逃せない。
「もしかして、結婚するまでは、そういう事はしない派? 大丈夫だよ、僕がちゃんと最後まで責任もつから。それとも初めてだから心配――」
「出ていけ! このエロ犬っ!!」
私は恥ずかしさから、魔力を足に溜め、力いっぱいアーサーを蹴り上げた。
キャウンっとアーサーの鳴き声が暗い森で木霊する。
とりあえず、暗い森の嫌われ魔女のおつきあいは、前途多難なスタートを切った。