3章:魔女友がからかいに来た
「違う、違う。ここはこう畝を作るんだ。やってみな」
「ああ、なるほど。こうだね」
なるほどじゃない。
どんどん鍬を持つ姿が馴染んできているが、アーサーはこの国の王子様だ。鍬の扱いを上達させて、まさかここに居座るつもりじゃないよなと不安になる。
いやいや。大丈夫だ。畑仕事は別に鍬さばきだけではないし、そのうち嫌になるはずだ。だからきっと大丈夫――。
「エルニカ! 見てよ、この鍬さばき! 惚れなおした?」
「……そもそも惚れてないが」
「もう。恥ずかしがっちゃって」
くっ。この残念王子の口を誰か塞いでくれないものだろうか。そもそも、何故ここに村人がいるんだ。
アーサーが助けた女性の旦那と妹が来て以来、東エーテルの村人が頻回にやって来るようになった。幸い女性の熱は私が渡した解熱剤で下がったらしい。
ならそれで終わりだったはずだ。それなのに、女性の旦那と妹は何度もやってくる。最初こそ人食い魔女のところまで再び来るとはいい度胸だなと凄んでみたが、アーサーがその演出を「子猫が警戒しているみたいで可愛い」と戯れ言をいったせいで見事台無しになった。その為今は余り関わらないよう距離をとって、遠くから様子見をしている。
一体どんな手品を使って彼らをアーサーの信者にしたのか知らないが、恐ろしい男だ。空気を壊す破壊力が違う。
「兄ちゃんは、魔女様と本当に仲がいいんだなぁ」
「そうなんだよ。エルニカは本当に優しいし、料理は上手だし、美人だし――おっと。エルニカ、物は投げちゃダメだよ。危ないじゃないか」
「ちっ」
ぶつかって、その無駄にたわごとを抜かす口が止まればいいと思ったのに。
「エルニカ、これ何?」
「虫除けだ。手首や首につけておけ。厄介な虫に刺されてここでのたうち回られたら迷惑だ。私は少し席を外す。いいか、逃げるなら、今のうちだからな」
私はできるだけ冷たい表情をとりながら男とアーサーに忠告をして、家の中に戻った。そして、その場にしゃがみこんだ。
アーサーに私の生活がどんどん侵略されている様な気がして、どっと疲れる。アイツは人の皮を被った悪魔だ。私の築き上げものをどろどろに溶かして壊していく。
「あら、本当に面白いことになってるのねぇ」
誰もいないはずの家の中で女の声が聞こえて、私は慌てて立ち上がり、魔法の気配をたどった。アーサーのような一般人なら肉体に強化魔法を加えた攻撃で十分だが、魔女が相手の場合はそういうわけにもいかない。
「私よ、私。攻撃しようとしないでよ」
そう言って、椅子の上からシュタッと黒い影が飛び降りる。
そして黒い影は前足を使って、顔を擦るように毛並みを整えた。
「なんだ。チェロか」
「なんだは酷いわ。貴方の数少ないお友達なのに」
「驚かす方が悪い」
私はペラペラと喋る黒猫にそう文句を言った。
チェロは、生まれた時から猫の姿をして、人の腹から生まれた。母親のお腹の中に居る時に、魔物に襲われたのが原因だろう。今は人の姿と猫の姿、どちらにもなる事ができるが、魔女の使い魔をしていた時に猫の姿で長くいたせいか、猫の姿でうろつく事が多い。
「あら。暗い森の魔女が人間と仲良くしようと思って努力している最中だったら、私が出ていったら悪いでしょう? 黒猫は不吉がられるのだし」
「別に私が仲良くしようとしているわけじゃないからいい。ただ人間の出入りが多いから気を付けた方が良いな」
「私の心配? それとも、人間の心配?」
「勿論チェロの心配だ。チェロは私と違って強いから、そんなものは不要かもしれないが」
チェロは私と違って、強い魔力を持った本物の魔女だ。
些細な魔力を誤魔化し誤魔化し使い、さらに薬を使って誤魔化している私とは違う。
「嬉しいわ。エルニカ」
チェロは私の傍までやって来ると、スリスリと私の足に体を摺り寄せる。暖かい小さなぬくもりに甘えて、私はチェロの体を抱きあげる。
「でもエルニカは優しすぎるわ。おおかた、怖がらせて人間を追いださせようとしたり、そのうち嫌になって逃げだすだろうとか考えて、力で訴えたりはしてないんでしょう?」
良く分かっていらっしゃる。
私はまるで見てきたかのように的確な指摘をする友人を撫ぜながら、目を逸らす。
「ここはあまり人が来なくて居心地がいい。下手に事を荒立てて、魔女狩りをされたくはないからな」
「はいはい。そう言う事にしておいてあげるわ」
「しておいてあげるじゃなく、そう言う事だ。それ以外で、私が人間に優しくするはずはないだろ」
「追い返していいなら、私が少し人間たちと遊んであげるわよ」
私の手の中からするりと抜け出し、チェロはぴょんと椅子の上に乗る。そして、後ろ足でカリカリと耳の後ろをカッカッと掻いた。
「あまり、無茶なことは――」
「怪我さえさせなければいいんでしょ? エルニカは本当に甘ちゃんなんだから」
チェロは少し呆れ口調で言うと、ニヤリと笑った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
チェロはああ言ったが大丈夫だろうか。
天日干しした薬草をすりつぶしながら、私はチラチラと窓を見てしまう。どのタイミングで何をやろうとしているのか。
気が付けば薬草を磨り潰す手が止まってしまい、私はすりこぎを置いた。どうしてもチェロやアーサーが気になってしまい、なかなか仕事がはかどらない。私は深くため息をくと、立ち上がった。
「仕方ない」
人があまり踏み入れないこの森が私は気に入っているのだ。荒らされたくない。
まずは状況確認だと窓へ近づく。誰かと目があっても面倒だとそろりと覗けば、そこには巨大な猫に化けたチェロと、それと向き合うアーサーと怯える村人の姿だった。
何か喋っているようにも見えるが――。
「駄目だろ」
アーサーは王子だから剣もそれなりに使えるはずだ。いや、夜遅くに魔物に襲われるかもしれない森の中を姫を担いでここまで来たのだ。それなりどころではなく使える可能性が高い。
かといって、チェロも易々とはやられないぐらいの魔女だ。そんな二人が争ったらどうなるか。正直考えたくない。
私は慌てて外に飛び出した。
「止めろっ!!」
とにかくどっちかの動きを止めなければ。
私の魔法ごときではうまく止められない。チェロの体にしがみつくかーー。
「エルニカっ!!」
私の姿を見たアーサーは私の方へ近づくと私を抱きしめた。
一瞬、何が起こっているのかとパニックになるが、アーサーはもしかしたらチェロから私を守ろうとしてくれているのではないかと思いいたる。
「アーサー、大丈夫だ。私は魔女だから。それより、やはり人間にここでの生活は無理だ。彼らをつれて逃げろ」
まるでチェロを悪役にしているようで、本当に申し訳ないが、あんな大きな姿で彼らを脅かしたならこれしかない。
「エルニカ、安心して。あの子、すごく大人しいし、可愛いから」
「えっ?」
想像していた反応と違い、私はポカンとした。あれ? チェロと争っているんじゃ。
私はチェロの方を見ようとして、アーサーに抱きしめられている事実を思い出し、慌ててアーサーの体を押しのけた。
「……だったら何で抱きしめた」
「えっ? 僕の方に駆け寄ってきてくれた姿が可愛くて?」
私は問答無用で、アーサーの足を踏みつけた。ぐぎゃっという悲鳴をあげて、アーサーがうずくまる。
「チェロ。危険なことはしないという約束だろ?」
私はアーサーから離れて、村人といまだににらめっこをしているチェロの方へ進んだ。チェロにも何か思惑があるのかもしれないが、怪我をするかもしれない危険な事をしてほしくないという意思を伝えるために抱きしめる。
腕を伸ばしても首に回りきらない大きさだが、それでも剣で切られたら怪我をするし、痛いのだ。
「猫ちゃんだけエルニカに抱きしめてもらえてずーるーいー」
「可愛い子ぶるな」
アーサーは足を踏まれても、まだ懲りていないらしい。一体、この演技に何のメリットがあるのか。
「チェロ。私は大事な友達が傷つくのは嫌なんだ」
「ちょっと、僕は何もしてないよ?!」
「……傷つけるかもしれない、危ない男には近づかないでくれ」
「僕は動物虐待なんてしないよっ!」
言いがかりはよくないよなと思い予測の言葉に言い直したのだが、その言い方でもアーサーは満足しなかったようだ。
「アーサーは剣が使えるだろ。それでチェロを刺すかもしれない」
「僕だって攻撃されなければ、剣を抜いたりしないよ」
「人間は嘘をつく」
「聞き捨てならないな。僕はいつだってエルニカには真実をささやいてるさ」
だったら、私を愛しているという世迷い事を真実だというのかと言おうとしたところで、クスクスとチェロが笑い出した。
「あら。意外に仲良しなのね」
「どこがだ?!」
「おおっ。魔女の猫は言葉がしゃべれるのかい?」
チェロの言い分に私は反射的に否定したが、アーサーはいつもながらのマイペースっぷりだ。何で私だけが振り回されなければいけないんだと腹が立ってくる。
「そうよ。魔女の使い魔は優秀なのよ」
私が腕を回していたチェロの体が徐々に縮みだし、私はチェロから離れる。
チェロは普通の猫のサイズまで縮むと、前足を使って、顔をこするような動作をした。
「エルニカが本当に嫌がっているなら追い出してやろうと思ったけれど、しばらくようすを見る事にするわ」
「私は嫌がってる」
「僕たちの愛は誰にも裂く事はできないよ」
私とアーサーが真逆の言葉を口にしたが、チェロは本物の猫の様に、まるで興味を失ったかのように毛繕いをはじめてしまう。
「どちらでもいいわ。私の目で見てアンタを追い出すべきかどうか決める事にするから」
「どちらでもいいって……」
チェロは自由きままだ。本当は猫じゃないのに、こういう所はまるっきり猫の様に感じる。
「私の目で見てって、毎日僕らを見にここへ通うつもりかい?」
「いいえ、私もしばらくエルニカの家に泊まる事にするから、よろしくね。同居人さん」
……ん?
「お手柔らかに頼むよ。ついでに、僕とエルニカの中を応援してくれると嬉しいな。新鮮な魚を川で釣って来るからさ」
「私をそんな安い女だと思わないで。そうねー。毎日5匹貢いでくれるなら考えてもいいわね」
「あ、あそこは私の家だっ!」
何勝手に宿主無視して住むこと決めた上に取引をしてるんだ。まずは私だろ?!
自由人2人を前に、私は慌てて自分の主張を叫んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
全く。どうしてこうなったんだ。
私は小屋で飼っている鶏の卵をフライパンで焼きながら溜息をつく。アーサーが来てからというもの、私の生活は乱されっぱなしだ。今までは静かに優雅なボッチ生活だったのに、日中は村人が頻回に来るようになってしまったし、家の中もチェロとアーサーが仲良くおしゃべりをしていたりするので日々賑やかだ。
勿論、チェロが泊まりに来ている事を嫌がっているわけではないのだが……。
「あら? エルニカは固焼きの目玉焼きが好きだったんじゃないの?」
やけた卵を皿に移していると、ぴょんとチェロが私の肩に前足を乗せ、皿の上を覗き込んだ。
「チェロ。火を使っている時は危ない」
「エルニカは心配性すぎるわ。私は子供じゃないんだから、好奇心に任せて自分で対処できないほどの危険な事なんてしないわよ」
パタパタと尻尾を振っているらしく、私の背中にパチパチと当たる。
「それで。エルニカは、固焼きの目玉焼き派だったんじゃないの?」
「……こだわるね。別に、これは私が食べるぶんじゃないから問題ない」
皿の上にのっている目玉焼きは半熟だ。頼りない感じでぷるぷるしている。私はどうも生というのが苦手で火を通すならきっちり通したい派だ。
「ふーん。じゃあ、これはアーサーのって事ね。私のは勿論生でしょ?」
チェロの言葉に、一瞬私は口ごもった。
まるでアーサーの好みを確認して、アーサーの為に私が料理をしているみたいな言い回しだ。
「別にアーサーの為に半熟にしているわけじゃない。……えっと、アイツにはここで寝起きする家賃分はきっちりと畑仕事をしてもらわないといけないからな。卵一つ半熟にした程度で元気になって仕事に精を出せるなら半熟にした方が理にかなっているからだ」
「ふーん」
チェロの頷きが、何だか含みがある気がする。
「チェロだって、卵に火を通されて、アツアツ状態な朝食を出されたら、一日のやる気がそこでマイナスになるだろ。別にあえてアイツの好みをわざわざ調べて作っているわけではなくて、食べている所を見ればアイツがピリ辛の食べ物や苦いものが苦手なお子ちゃま口で、野菜より肉類が好きだとか嫌でもわかるだろ。まあ、そんな所だ」
「あら。よく見てるわね。愛の力かしら?」
「……チェロ。固ゆでの卵にするぞ」
「嘘嘘。冗談よぉ。エルニカは優しいし、料理や薬を作る時はプライドを持ってやっているからしっかり相手の事を気遣うのは知っているわ」
チェロが猫なで声で私のご機嫌をとるような言葉を言う。……まったくもう。
「別に優しくはないさ。私は私の為にしか動かないんだからな」
アーサーの朝ごはんを私が作っているのも、その方が効率がいいからに過ぎない。王子様で至れりつくせりな生活をしてきた上に、男であるアイツは勿論料理もまったくもってできない。
アーサーにはそのうちに覚えてもらおうとは思うが、キッチンを無駄に汚され、食べ物を粗末に扱う事になるぐらいなら私が料理した方がいい。
幼いころ私はご飯が食べられない事もしばしばあった。だからこそ、食べ物を粗末に扱うのは許せないし、薬と食事は密接に繋がっているので、薬を商いとして選んだ時から、私は手を抜きたくないのだ。
全ては私の自己満だ。
「まあ、そう言う事にしてあげるわ」
そう言って、ぴょんとチェロは私の肩から降りた。
それと同時に、キッチンのドアが開く音がする。
「おはよう、エルニカ」
「やっと起きてきたか。さっさと食べてくれないか? キッチンが片付かない」
「冷めちゃう前に食べなさいだって」
「勿論さ。ありがとうエルニカ」
「……かってに私の言葉を間違った方向へ深読みしないでくれないか?」
冷めてしまうからなんて、そんな優しい言葉一言もいていないじゃないか。
私はチェロを睨む。
「でも、できるならエルニカと一緒に食べたいから、早くエルニカの分も焼こうよ。エルニカは固焼きが好きなんだよね」
「あら。エルニカの好みを知ってるのね」
「当たり前さ。婚約者としてエルニカに喜んでもらいたいから、エルニカの好みは色々調べてるよ。実は結構ピリ辛なものが好きとか。お酒が好きだとか」
「……戯言はいいから、席に座れ」
私はどう答えていいか分からず低い声で命令すると、チェロがくすくすと笑った。
「本当に、貴方たち仲がいいわね」
「そんなわけがない」
「やだなぁ。妬かないでよ」
……そこは否定しろ。
アーサーの顔が照れたような、しまりのないものになる。逆に私はどんどん憮然としたものになっているだろう。
「お前ら、朝食抜きによっぽどなりたいらしいな」
「あ、僕、エルニカが卵を焼いている間にパンを切り分けるねー。スープも盛り付けるよ」
「スープはあまり温めないでちょうだい」
いそいそと2人が動いて、私は深くため息をついた。
まったく、何て賑やかなんだろう。しかしそれに慣れてきている自分も居る。早くアーサーを追い出さないとと、私は自分に言い聞かせるようにもう一度心の中で決意を呟いた。




