序章:何故か隣に王子様?!
暗い日差しの少ない森。
誰もが薄気味悪いといい、魔物がいるに違いないと噂されるそこに私は住んでいた。そんな薄気味悪い場所なのだから人が訪れる事はまずないので、いつもこの森は静かだ。
そんな【暗い森】に住む私の名前は、エルニカ。職業、魔女。
生まれつき黒髪をした私は村で不吉とされ、魔女と呼ばれ嫌われていた。誰もが魔女と呼び私を嫌う。親も私がいる事で村八分になり、私の事を嫌った。
だから私は家を飛び出し、魔女に弟子入りをして本物の魔女になった。顔もどちらかと言えば悪人顔だった為、師匠である魔女は私の話を聞いて堪え切れなくなって大爆笑。折角だから飛び切り一流の悪役魔女にしてやろうと私をスパルタで鍛えた。
修業は辛かったが、いい思い出だ。おかげで現在1人で何とか食べていけるだけの知恵は身に着けさせてもらえたのだから。
そして一人前の魔女となった私は、人と関わるのが億劫で、誰もやってこない【暗い森】に住み着くようになった。
魔女のコミュニティーである魔女会で、私が人食いの魔女だとか、子供をさらってカエルにしてしまうとか、化け物を操るとかという噂が流れていると聞いたが、正直私はそんな事をした覚えは一度もない。そもそも、できれば365日お家の中で引きこもっていたい私がそんな面倒な事をするはずもなく、この近くの村人が勝手に想像したものだ。
一応魔法というものも使えるが、私の魔女としての主な能力は薬の調合である。人を変える魔法なんて存在しない。もしもそんな魔法があるなら、私のこの黒髪をこの国でも人気の金髪に変え、さらに超絶美女に顔を変え人生を謳歌しているはずだ。
とまあ、何故私がこんな現実逃避のように、自分自身の今までを振り返っているかと言えば、私が寝ているベッドの隣に金色の髪の毛が転がっているからだ。
もう一度確認するが私の髪の毛は黒髪で、断じて金髪ではないし、こんなにごっそり抜け落ちたら、禿になるしかない。しかもこの髪の毛はもぞもぞ動く。つまり布団に隠れてはいるが、髪の毛の下のものもちゃんとくっついているという事。
おいおい、待て私。
バッと自分自身を確認し、パジャマに乱れはない為、最悪な事態は真逃れていることにほっと息を吐く。嫌な事があると薬酒を飲む私は、時折記憶が飛んでしまう事もある為少し焦った。いやいや、相手だって選ぶ権利はあるのだから、それはないかと自分の妄想にツッコミを入れる。
しかし誰も近寄らない森に住む私のベッドに、どうして他人が寝ているのだろう。
思い出せ私。今までの経歴ではなく、つい最近の事が今は一番重要だ。特に昨日の出来事あたりが。
「ん……」
隣の金髪がもぞりと動いて声を発した。それが男の声だと分かり、ビクッとする。
「あれ? 朝?」
そうだ。朝だ。薄暗い森だが、まったく日が差さないわけではなく、ちゃんと窓から陽光も差し込んでいる。
「朝だが」
何を話していいかわからない。
なので質問に答えるがなんとも間抜けな答えとなった。むくりと起き上がった青年は青空を写したような青色の眼を擦る。幼さを残している様なそれでいて色っぽいような絶妙なバランスのポーズだ。私がやったら寝起きで目つきが悪くなり三割増しで悪人面だろう。
何というか、この男全体的にキラキラしている――というか。
「どうして、裸なんだ?!」
「んー。服を着ていると寝心地が悪いから?」
ふあぁぁと大きな欠伸をしながら青年はとてもマイペースに答えた。内心大慌てしているのは私だけで、青年にとっては、特におかしなことではないらしい。
いやいやいや。寝心地が悪いからって、人のベッドに入って裸でいられても困る。ものすごく困る。そもそも、どうしてここに居るんだと言う話で。
「あれ? エルニカ、もしかして照れてる? 可愛いなぁ」
にこりと王子様スマイルを貰ったが、可愛いという言葉ほど私に似合わないものはない。
「で……」
「で?」
「出ていけっ!! ここは私の家で、私の寝室だ。そもそも、何でお前は裸で隣で寝ているんだ?!」
嫌がらせか?! 嫌がらせだな。
それ以外の理由が思い浮かばなくて、私は叫んだ。魔女の家の魔女のベッドで裸で寝るなんてそれぐらいしか思い浮かばない。もしくは、頭のネジが一本抜けているかだ。
「何でって、婚約者なんだし、一緒に寝るぐらい普通だと思うけれど。それともエルニカは、結婚までは一緒に寝るのは、宗教的に問題なタイプなの? 魔女は性に奔放だと聞いた事があったから大丈夫だと思ったけれど。でも、僕が知っているのはあくまで噂だからなぁ」
「こ、婚約者だと?」
「うん」
「誰と誰が?」
「勿論、エルニカと、僕が」
駄目だ。
魔法の勉強を初めてした時よりも分からない言葉を話している気がする。
「もしかして、エルニカ、忘れちゃったの?」
「忘れた?」
やはり酒を飲み過ぎたのか。
くぅぅぅ。酒に酔って、私は何をした。もしかして、この男に惚れ薬でも飲ませたのか? もしそうだとしたら、私は何と酷い女だろう。
確かに私は魔女だが、そういう薬に頼って、人の気持ちを自分のものにしたいと思うほど愚かではない。
「すまない。ちゃんと解毒剤をつくるから、何を飲んだか教えてくれ」
「やだなぁ。解毒剤はすでに作ってもらったよ」
ん?
解毒剤を作った?
惚れ薬の解毒剤を作ったというならば、どうしてこの男はいまだに私の家に居るというのか。解毒剤はつくったが飲まなかったと?
駄目だ。さっぱり状況が理解できない。
「姫が飲んでしまった毒の解毒剤は確かに受け取ったよ。ちゃんと姫は元気になって、薬は効いている。だから今度は僕がエルニカの出した条件に答えないと」
……姫、解毒……。
そういえば。なんだか若干思い出してきた。そんな薬を作ったような気がする。
「その条件は、何だ?」
私は何を言った。
必死に自分の記憶を探りながら尋ねる。たぶん、姫を助ける代わりに、私は彼にとてつもない無茶振りをしたのだと思う。
お酒を飲んでいたら、ノリノリで嫌われ魔女らしい言葉を言っていそうだ。
「何だって。本当に忘れてしまったのかい? 仕方がないなぁ。君はこういったんだよ。『姫を助けたければ、すべてを捨てて私のものになれ』ってね。だから、僕は王子の座を捨ててここにやって来たというわけ」
すべてを捨てて私のものになれ?
……何を言っているんだ私。あまりにあまりな発言に、顔を覆いたくなる。しかも、今この男、王子の座を捨てたとか言ったぞ。どこの国の王子って、どう考えてもこの国の王子だろう。よその国の王子が、こんな場所をうろちょろしているはずがない。
「君のものという事は、僕は君に身も心も上げるという事。つまり婚約者だ」
「えっ。いや、その理論はおかしくないか?」
普通に考えて、奴隷とか召使とか、そう言う発想じゃないのか?
「何もおかしくないさ。おはよう僕の最愛のエルニカ」
チュッとおでこに口づけされ、私はくらっと倒れそうになる。
「……き、きつけ薬が必要だ」
もう一度頭を整理しなければ。
絶対この状況がおかしい事だけは分かる。混乱しているから、とにかく落ち着かなければ。
「駄目だよ。エルニカ。お酒は百薬の長というけれど、飲み過ぎは毒だから。僕は君の体が心配なんだ。もう君の体は君だけのものじゃないんだから」
「は? 何で?」
「だって、僕は君がいなければ生きていけないからね」
薄ら寒い言葉に、鳥肌が立つ。
何を言っているんだ、この男は。
「愛しているよエルニカ」
ひぃぃぃぃぃ。
止めてくれ。痛い。鳥肌が痛い。
「……少し1人にさせてくれないか」
「えっ。何か悩み事かい? それとも着替えるのかい? どちらにしても僕が付いているよ」
「どっちも正解だが、出ていけ、変質者っ!!」
私は足に魔力を加え、渾身の力で、男を部屋の外へ蹴りだした。