第1話 3月①
「絶望した。世の中の全てに絶望した」
「落胆しすぎ」
3月3日午後1時23分。とある駅前のオープンカフェに、落ちるとこまでとことん落ちきったみたいなオーラをまとった男と、勝ち誇ったような笑みを浮かべた女が、向かい合って人目も憚らず軽口を叩き合っていた。
「だってさぁ!まだ内定1個もとれてないんだよ!?この季節に!こ・の・不景気に!!ヤバすぎんじゃんこの状況!!!」
男、鳴海大河がテーブルを叩いて叫ぶ。その衝撃でつい先ほど運ばれてきた熱々のコーヒーが、右手にかかった。
「ぎやあぁぁ!ちょっ、熱い熱い!タオルタオル!!」
女、天野絵理音が、「ちょっとじっとしてて!」と言いながら慌ててタオルを店員に貰って来て、手を冷やした。
「た、助かった・・・」
「慌てすぎ。ガキじゃないんだから」
再び席に着き、二人とも会話を再開する。
「まー、思わせぶりの態度取ってた会社、あっけなく潰れちゃったもんね」
「ふんっ!どーせワイの気持ちなんて己にはわからんばい!プップのプー!」
「はいはいおジャ魔。というかあんた生まれも育ちも東京の都会っ子でしょ」
多分ご存知の通り、この二人は今月に大学を卒業する予定の大学生で、現在就職活動の真っ最中なのである。もう3月だというのに大河はまだ1社の内定も取れてなかったのだ。現代の就職氷河期においてこれは由々しき事態である。要するに超ヤバい。
「・・・・・そっちは?ま、聞くだけムダそーだけど」
「ただいま11社から内定もらい。あと3社追加予定。あーどこ行こうか迷よっちゃうなー」
「憎いっ!今幸せな奴ら全員憎いっっ!ゴッド!ネオッ!アーメンッッッ!!!」
「テンションおーかーしーい」
まるでお互い十年来の友人のような態度である。いや、実際鳴海大河と天野絵理音は生まれた時から一緒だった幼馴染なのだ。
同じ年の同じ日のほぼ同じ時間に、同じ病院で生まれ、
家が隣同士だったため幼稚園から大学まで同じで、なおかつ幼稚園のゆめ組から高校の3年まで、十四年間クラスが一緒だったという驚異的なレベルの幼馴染なのである。
気があった為、今まで疎遠にもならず、さらにお互い女っ気も男っ気も無かったため、クラスメイトには仲をからかわれ、女子にこの事を話すと「それって運命なんじゃないの?」とキャーキャー騒がれたが、
本人達は「運命なんてロマンチックなもんじゃない。これは呪い。だってちょっと怖いし」みたいな感じで一切恋愛には発展しなかった。
「ていうかさぁ、だったらお父さんの事業諦めて継げば?」
「・・・・・それは・・・・無理」
大河は苦々しくそう言った。顔には複雑な表情を浮かべていた。
「・・ま、ガンバリな。あたしも協力するから。友達にも相談してみる。多い方が都合、いいでしょ?」
「うん、サンキュー」
「あ、此処おごるよ」
絵理音はサイフを取り出してキメ顔でそう言った。
「え?いや、俺が払うよ。話聞いてもらえた恩あるし」
「いーのいーの。バイトの給料出たし」
二人とも、『どっちが金を払うか』で譲り合っている。この数秒後、大量の悲鳴が上がることなど何も知らずに。分からずに。
そう、この時二人の、人生は分かれた。
1つは、片方が死に、もう片方が普通に生きれる道。
もう1つは、二人とも、【異常】になって生き延びる道。
そして、一人のミスにより二人の人生は後者に傾くことになる。
「次のニュースです。
昨日、●●駅近くのカフェにおいて、店の店員の藤原達也さん(34歳)が謎の銃弾によって射殺されました。警察は犯人の捜索を進めています・・・」
続く