絆創膏
彼女と別れた。
嫌いになったわけじゃない、むしろ今でも好きだ。
だけど、物事には限界というものがあって、どうやら僕達はその限界を迎えてしまったみたいだった。
「別れよう」と僕はできるだけ冷酷に言った。
「どうして好きなのに別れるの?」と彼女は電話口の濁った声で応えた。
「限界なんだ」
「あたしが嫌いなの?」
「好きだ」
「じゃあなぜ?」
「限界なんだよ」
そんなような会話が一時間続いた後、僕達は終わった。
彼女と別れはしたが、メールや電話などの連絡はとっていて、しきりに「もう戻れないの?」と言われたが、僕は冷たくあしらった。
一週間ほど経ったある日、彼女の学校の野球部が定期戦を迎えた。生徒は全員強制的に応援参加で、僕の家の近くの球技場で行われた。
そろそろ試合も終わっただろうかという頃、彼女から電話があった。まぁ、ほのかに予想はしていたことだったが。
今、僕の家の近くにいるので少し話がしたいとうことだった。僕は少しの嬉しさと煩わしさを抱えて彼女に会いに行った。
「久しぶり」と彼女は言った。気に入っていた丸顔がやつれて、顔色が悪かった。
「痩せた?」
「少しね」
彼女は一息つくと、僕が想像していたのとは全く違う、他愛無い話を始めた。
満塁で点を入れたピンチヒッターの先輩がいたこと。
一年生のピッチャーも登板したこと。
最初は相手側に3点もとられていたが、徐々に追いついてついには同点になり、サヨナラヒットで自分の学校が勝ったこと。
「応援に行く前にね」と彼女は右腕をさすりながら言った。
「貧血検査があったの」ちょうど肘の裏あたりに、小さなベージュの絆創膏が貼ってあった。
「なかなか血が止まらなくてね、絆創膏もらったんだ」
それをきいた途端、僕は彼女がとんでもなく弱い生物みたいに感じられた。たった一枚絆創膏を貼っただけなのに、どうして僕は彼女を守れなかったんだろう、とある種の自己嫌悪に陥った。
今や僕にとって、絆創膏は彼女を傷めつけるナイフにも等しかった。そして、彼女がこうなってしまったのは他でもない僕の責任だった。理屈などどうでもよかった。冷静に考えれば、僕は狂人並みの思考を持っていたのだろう。
ずっと黙って怖い顔をしている僕に怯えたのか、彼女は「じゃあ、あたしそろそろ帰るね」と言って立ち去ろうとした。だがそれよりも一瞬早く、僕は彼女の右肘の裏を掴んだ。「痛いよ」と声がきこえたが、そんなことお構いなしに僕は彼女を抱きしめた。
「ごめん」僕は蚊の鳴くような声で言った。
「守れなくてごめん」
彼女はそれを聞き取ると、ゆっくりと絆創膏をはがして僕の左胸に貼った。