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かまどの嫁  作者: 紫 はなな
久助‐後章 / 小御門
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五‐京菜

 謀反者を捕らえようと境内には蘆ノ宮家、阿倍野両家の神職、巫女が集まっていた。暴れた麗菜は当主直々の手で羽交い締めにされ、身体中をお札だらけにして蘆ノ宮の牢に閉じ込められた。謀反に荷担した藤森家は阿倍野家にぎゅう詰めである。

 この件、最初から最後まで小薪が掌握していた。

 さっさと本殿へ誘わず茶番劇を繰り広げたのは、桜華のいる幣殿を護る為。はじめから妃菜に引率を任せていれば、幣殿を避けて渡る道順に麗菜は違和感を感じただろう。そこで小薪自ら立ち塞がり、挑発した。相手の神経を逆撫ですることにかけては一丁前。都合よく妃菜が現れたものだが、小薪を結界で閉じ込めたことで、麗菜は娘を信じきったというわけだ。

 小薪が蘆ノ宮、阿倍野両家に送った文には麗菜が本殿へ立ち入る刻と月の位置が細かく描かれている。文の通り、麗菜は言い逃れできない状態まで追い込まれていたものだから、両家は感服。小御門家側室西の方、小薪の占星術師としての地位はこれにて確固たるものとなった。

 彼女が西に腰を据える間は、もう誰も小御門家に逆らおうとは思わない。


「いやいやいや、お稲荷さまが飛び入りせえへんか冷や冷やしてましたけどね!」


 境内が静けさを取り戻したのは朝拝前。

 呑気に寝汚くしていた巫女らは階段を下っていく浄衣の行列を目にし、ぽかんと惚けた面を並べたものだ。

 巫女らがお稲荷さまのお迎えの準備をしながら噂話に花を咲かせる間、桜華を除く側室たちは茶室で祝盃の抹茶を挙げていた。

 妃菜と小薪から一夜の内乱を耳にした鹿の子は黙って労おうと茶炉に向かっていたが。


「まあ、お稲荷さまにお会いしたん?」


 半年も顔を合わせていない、鹿の子は「自分もお会いしたい」と申し出た。


「お会い……しても、喋られませんよ?」


 妃菜、小薪が几帳の向こうをじっと見つめる。

 見つめるだけでなにも言わないので、客人の京菜が正客として物申した。


「そちらに御座すではないですか。まさかお稲荷さまと知らないで飼いい、き、狐にしていたとでも?」

「そちらに?」

「そちらに。お稲荷さまが。白い、狐の」

「きつねの」


 茶碗の中に茶巾を取り残したまま、鹿の子は動きを止めた。止めたかと思えば真っ赤に顔を腫らせ、あんこになる小豆のように、その場に煮崩れた。


「クラマが、お稲荷さま、クラマが、お稲荷さま!?」

「まあ本当に知らなかったの!」

「わ、わたし、お稲荷さまの前で、すっぽんぽんになったり、あんなことや、あんなことまで」

「すっぽんぽん!? なんて無礼な! ぎゃ」


 立膝ついて恥を煽る京菜に妃菜がげんこつを振り下ろした。


「あんたも言うまで気づかなかったでしょうが! まったく……、私はこの娘がどう立ち回るか、不安で仕方なかったわよ」


 以前、月明との茶会をお膳立てしてから全く音沙汰がないものだから、てっきり月明に冷たくあしらわれたのだと、妃菜は思っていた。自分へ振り向かなかった月明へ、小御門家へ恨みを募らせていてもおかしくはない。

 無鉄砲な性格に加え、取り分け賀茂乃家の責を負い母を慕っていた京菜は最後の最後で母を庇い、自決という形で小御門家を裏切ることもできたわけだ。

 京菜は無粋顏で居住まいを正した。


「ご冗談を。この私がお母様の違背を知らぬとでも」


 異能を持った陰陽師はその力を流布してはならない、主上または宗家の命がなければ、その力を使用してはならない。しかし麗菜は貴族相手に賄賂の取引現場を結界で隠蔽、裏金や隠し財産そのものを結界で護り、小銭を稼いでいた。

 近頃では神殿に居ることのほうが少なく、務めは総て末娘の京菜が担っている。

 それでも信じていたけれど――。

 京菜が言葉を飲み込み、目を泳がせれば鹿の子の姿がない。恥ずかしさに耐え切れず水屋に逃げ込んだかと思えば、形を改め戻ってきた。

 京菜は目を輝かせ言葉を続ける。


「それに私が責を負いているのは賀茂乃家ではなく五家の存続。何よりこの小御門家を尊んでおります。月明様も。この――」


 扇子を指した先は鹿の子――のちいさい手につままれた菓子盆。


「菓子も、大好きですので!」


 妃菜と小薪は箱と顔を合わせ、肩を揺らして笑った。それから手元に置かれた菓子を見据え、深く頷く。


「それでは、いただきます」


 今日の菓子は柏の葉ではなく、椿の葉に包まれた椿餅だ。

 妃菜が供物に捧げた椿の枝は花がついておらず、飾り気のないかまどの嫁にぴったりやと、早々に御饌かまどへ下げられていた。

 ふっくらと、丸みを帯びた葉に挟まれた白い餅は京菜の懐を守った縁起のいい餅。昨晩、小薪に「夜半までに餅を搗いといてください」と言われ、鹿の子はこの菓子を思いついた。

 この国の歴史のなかで、椿餅はあんこが包まれた餅の起源といわれている。古くからずっと朝廷で愛されてきた、人気の高い菓子だ。

 小薪はその存在を知らず食べ方に躊躇ったが、妃菜と京菜にとって椿餅はちいさい頃から馴染み深い。慣れた手つきで持ち上げると、丁寧に葉をはがし口へ運んだ。同時に、ぱくり。


「ええ!?」


 ひと噛みすれば酸味が弾け、口がびっくり。

 甘いばかりのあんこを頭に浮かべていた妃菜と京菜は、じゅるりと音が鳴るほど唾を溢れさせた。


「酸っぱい!」

「これ……柑子?」


 妃菜が尋ねれば鹿の子はにっこり。


「金柑、でございます」


 中身は金柑餡。

 金柑の甘露煮を擂り鉢で軽く潰して、白餡といっしょに練り直したもの。

 改めて噛んだあとを見てみると、まるで半熟卵のように鮮やかな黄身色がとろりと溢れでている。


「金柑の花言葉は、たしか……」


 妃菜はそれを舌で舐めとり、しっかりと味わった。

 甘露煮の蜜を加え練り直したからか、餡にざらみはひとつもなく、どこまでも滑らかだ。たまにぶつかる金柑の皮が、つんと酸っぱいが喉に心地好いくらいで、舌に残るのは「甘酸っぱい」の絶妙な割合い。鼻に抜けるのは金柑の上品な香り。


「美味しい……」


 麗しい溜め息を溢したのは京菜だ。

 逆上せるほど顔を火照らせ、酔いしれている。

 妃菜はそんな妹が可愛らしくて、ついからかってしまった。


「朝廷では京菜の美しさが評判で、縁談が山のように舞い込んでいるとか。賀茂乃家のかぐや姫は殿方たちにどんなおねだりをするのかしら?」

「やめてください」


 酔いしれるほど美味しい菓子を、京菜は食べかけたまま皿に戻したので、妃菜は質問を変えた。


「……もう、既に相手が決まっていたりするの?」

「陰陽寮の次官様です」

「蘆ノ宮家の四男坊か」


 思い当たる顔は凛々しい青年で京菜に似合いであるが、女関係であまり良い話を聞かない。妃菜は京菜の残した菓子をひとくちで頬張った。


「お姉様ひどい! 置いただけなのに!」

「対価をいただいたのよ、対価を」

「何の対価ですか!」

「教示分よ。分家の当主になれるくらいには、修行をつけてあげる」


 ふわふわと京菜の頭を優しく撫でる。京菜は姉の手を払いのけ、楯突いた。


「ご冗談を。お母様がいない今、お姉様が帰ってくるしかないでしょう。賀茂乃家の当主はお姉様よ」

「それは無理」


 帰ってくるのが当たり前と考えていた京菜は、あっさりと断られ愕然とした。


「お姉様でなければ、賀茂乃家は誰が護るの……!?」

「だから、あんたよ」

「わたしにそんな能力はないわ!」

「当主に必要なものは能力だけではないわ。それにここ数年、白拓様を祀っていたのは京菜じゃない」


 几帳の向こう側でクラマとじゃれ合っていた白拓は、全くその通りやと鼻を鳴らした。

 妃菜と京菜の間にいる姉妹はみんな輿入れして居ないし、男兄弟はよほど実家が嫌なのか朝廷に出仕したまま廷内に部屋を持ち、何年も帰ってきていない。麗菜が失脚した今、神殿を護れるのは京菜だけだ。何より祀られる側の白拓に異存はない。


「無理よ、今更縁談を断れないわ」

「断れるわよ。小御門家の名にかけて」


 月明が帰ってきたら、首を縦に振ってくれるだろう。そればかりか自ら進み出て当主としての心得を説いていそうだ。鹿の子は茶筅を振りながら笑ってしまった。

 亭主の鹿の子が笑うと茶室が和やかになる。小薪も餅で頬を膨らませながら、ひと押し。


「そうそう、このわたしが側室になれんねんから」

「そうそう、わたしも」


 乳ばかりでかい側室とちんちくりんの側室を見て、京菜は口を塞いだ。




 *




「コン」

『いいからありがたく貰え、だそうです』

「しかしこれは……」


 茶会の後、妃菜はつくばいの前で白い狐と兎に膝をついていた。手に持っているのはお稲荷さまの御霊代であった神鏡。


「コン」

『また要るようになったら、新しいの作ってもらうから。だそうです』

「だからと言って私がいただく権利は」

「コン」

『わしが許すんや。ここではそれが総てや、だそうです』


 断れないということだ。

 妃菜は神鏡を大事に胸へ抱えた。


「ありがたく頂戴致します」


 長い一日は始まったばかり。

 妃菜を追いかけて京菜が茶室を出れば、白拓がその胸の中に飛び込んだ。小薪はひとあし先に、形ばかりの朝拝に出ている。見送ろうと最後に顔を出したのは鹿の子。鹿の子に妃菜が願い出る。


「そうだ鹿の子さん、椿餅残っていたらひとつ包んでいただけるかしら……あ、待って!」 


 京菜は鹿の子へ軽く会釈すると、足早に去ろうとするので、妃菜は慌てて追いかけた。

 茶室の外はすっかりお日さんが高くなり、参路は人で賑わっている。妃菜が走れば黒い箱ががくがく揺れて、おっ魂消たまげた参拝客が続々と倒れていった。

 妃菜は気にも留めず、徒歩かちで帰ろうとする京菜を引き止めた。


「牛車を出すわ。乗ってお帰りなさい」

「お姉様はどうして小御門家の側室にこだわるのですか。邸に閉じこもったまま、その生涯を終えられるのですか。月明様は鹿の子さんしか見ていないのに」


 京菜はそこまで言うと、黙り込んでしまった。京菜は知っている。夜伽に呼ばれぬ側室が帳台に舎人を上げて弄んでいると、巷で噂されていることを。


「あらやっぱりそうなの? 旦那様と鹿の子さんがねぇ。お母様から文をいただいたときは何の冗談かと思ったけど」


 妃菜はあっけらかんとしている。


「薮入りについて行くくらいなんですから、そうでしょう!」

「あら旦那様は前からそういう人よ。誰にでも世話焼きなの。しかし正室を超えたか、やるわねあの娘」

「お姉様は、悔しくないのですか!」

「あらどうして」

「仮にも側室ではないですか」

「あんたそんなこと拘っていたら小御門にいられないわよ」

「お姉様は月明様を愛していらっしゃらないの……?」 

「愛してるわよ、側室として。そして感謝しているの。一生感謝してもし切れないくらい。だから私はあの方の側に居たい」


 妃菜は追ってきた舎人に牛車を出させると、京菜を屋形へねじ込み、自分も頭をすっぽり入れた。黒い箱の中に折りたたまれていた御髪が音もなく垂れる。

 

「お姉様、その綺麗なお顔は……」  


 妃菜は京菜の潤った唇に指をあて、言葉を塞いだ。


「約束よ。京菜、あんたが賀茂乃家の当主となるのよ」


 その願い、日ならずして叶うだろう。

 妃菜の背後で狐が短く「コン」と鳴いた。

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