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かまどの嫁  作者: 紫 はなな
栗鹿の子
54/120

六‐山口家

 見知らぬ天井。

 むせぶほど部屋にたちこめる朝靄。寒くはない。

 あれから泣き疲れ、玉貴の腕のなかで眠った鹿の子は今、温かなかい巻きの中にいた。 

 しっとりと肌にすいつく冷気を拭おうと指を動かし、その重さにぞっとする。


「帰ら、な、あかんのに」

「動いては駄目」


 喉のわずかな震えも許すまいと、細指が鹿の子の唇にとまった。袖元に腰を据えているのは玉貴。ずっとそうして座っていたのか、自分を介抱してくれていたのか。尋ねたいのにその名を呼ぶこともできず、鹿の子はただ、ただ玉貴の美しい顔を見上げた。

 その表情は厳しく焦りを匂わせている。玉貴は鹿の子の思いもよらぬ悩みを抱えていた。


「どうしてなの……、鹿の子さんに飲ませた牛の乳も蜂蜜も、供物台へ上げた、山神様の立派な御饌なのに」


 何をそんなに心配しているのか。この身体の重さに関係があるのだろうか。

 鹿の子は事態を少しでも把握しようと唯一動かせる目ん玉をきょろきょろ動かした。

 几帳で四方を仕切られているので部屋を替えたのだろうかと寸の間思ったが、鼻には今朝招かれた局の香が馴染んでいるから、この身を移されたわけではなさそうだ。

 では今はいつ頃だろうかと縁側にかけられた簾へ目を移せば、細細とした光が射し込んでいる。力強いが日の色はまだ柔らかく、西陽ではない。邸は北側といっていたから、この日差しは朝のもの、眠ってからそう時を刻んでいないだろう。

 動きも時も変わらぬこの部屋で何があったのか。

 左右を見渡したあと、鹿の子はふと視線を下方へ下ろした。

 そこには真っ白な綿毛――。


「ク、ラ……マ?」


 クラマは鹿の子の腹の上で、白玉団子みたいにまるまっていた。

 鹿の子の腹のど真ん中でとぐろを巻き、ちょうどこちら側に向けられた顔はのっぺりと生気がなく、黒豆の鼻も乾いている。息はたどたどしく、かい巻き越しに重みや温もり全く感じられない。

 どうしてこんなことになったのか。

 鹿の子が玉貴へ思い詰めた視線を投げかけた、その時だった。


「失礼します」


 玉貴の夫の声が朝もやを切る。ふたたび簾のほうへ目を向けると、 跪くふたり分の人影があった。簾の裾から内へ転がされたのは、小御門家の家紋が入ったふくさとたぷたぷと水音を奏でる竹水筒。

 次には鹿の子がよく知る声が聞こえてきた。


「その水を、鹿の子さんに飲ませてやってください」


 玉貴もその声を聞くなり、簾に映る影をよく見た。自分の夫よりひと回りふた回りも大きいその影に確信を得て、竹水筒にかぶり付く。

 

「そうか、小薪……! 鹿の子さんには小御門の、お稲荷さまの御饌でなくてはならないのね」


 そう言うなり、玉貴は鹿の子の頭を抱え自分の膝に乗せると、竹水筒の蓋栓をきゅぽんとあけ、鹿の子の下唇へあてがった。


「さぁ、飲んで」


 鹿の子は喉が渇いていた。

 竹水筒を傾けられ、飲み口にたまった水をためらいもなく啜る。

 口に広がるかすかな甘みに、鹿の子はこの水が何かすぐにわかった。

 冷や水。どうやら冷や水は自分を養う薬らしい。

 舌に沁み入る糖堂の白砂糖が、鹿の子の涙を誘う。


 ――砂糖は万能薬や。砂糖があれば、元気になる。


 じいさまの口癖。三年前の冬、じいさまは病床で寝たきりだというのに、陰陽師が特別に調合した薬を退け、砂糖ばかり舐めていた。

 じいさまは性根が曲がっていたとか、頑固者だったとか、そういうわけではない。自分の務めに誠実に、砂糖売りの人生を最期まで全うしたのだ。

 悪いのは、じいさまを死神に近付けた、このわたし――。


「クラマにも、あげな」


 もう誰も死なせたくない。

 次にはむくりと起き上がっていた。




 *




 竹水筒に入っていた冷や水は鹿の子とクラマで半分こ。


「よっしゃ、気合い入れてこ」


 鹿の子は旅の疲れはどこへやら、借りたかい巻きは衣桁屏風(いこうびょうぶ)にぱんぱん干して、たすきをきゅっと締め上げた。


「こん」


 クラマも弱々しくはあるものの、ほてほて足踏みをしてついてくる。

 小薪の御用人、クマが届けた冷や水の竹水筒はあと三本ある。今日の分はたっぷりあるから、鹿の子とクラマはこの山口家に一日世話になることにした。

 もちろん鹿の子自身は竹水筒の中身と滞在期間に関係性をもたせていない。冷や水を飲む理由は元気になる薬だから、そんな程度だ。一日しっかり休んで、それからすぐに小御門へ帰ることを提案したのは玉貴だった。

 とはいっても玉貴は山へ入っていない。鬼門を護るために新しく祀った山神、猿の神を神拝するためだ。なんでもその新しい山神様は風成のお稲荷さまといっしょで朝御饌、夕御饌がいるので、夕刻にも大きな腹を抱えて登らなければならない。玉貴は夫の忠告をしらっと耳に入れず、実家へ帰ってきてからは一日もかかさずに礼拝を続けていた。

 出かけしなに「一刻もすれば戻るから、それまでは体を休めていなさい」と言われた鹿の子であったが、休めと言われて休む娘ではない。


「美味しいもん食べさせたるからね」


 鹿の子はクラマにそう言い聞かせると、簾をくぐり廊下へ出て、誰かさんみたいに鼻をすんすんきかせ、煙臭い方へと足を進めていった。


「ほんまはクマさんにも食べてもらいたかったけど」


 クマは冷や水を飲み干す鹿の子を見届けると「急いで小御門に帰らなあきません」と一言、茶の一杯もひっかけず邸を去ってしまった。

 帰ったらまた作ったろうと心に決め、ぺたぺた廊下を渡る。

 邸はどこも似た作りだ。鹿の子のお目当てのかまどは、すぐにみつかった。

 山口家別邸のお台所は小御門家に比べたらこじんまりとしているが、かまどは三つ連なったものとは別に汁物用のかまどがひとつ、孤立して立つ立派なおくどさんだ。朝餉の片付けが終わったのか、誰もいない。

 鹿の子は離れのかまどに目をつけると、とりあえずは火おこしやと断りもなく土間へ下りた。手慣れた手つきで火種を焚き口へ突っ込み、火打ち石をかちかち軽快に鳴らせる。鹿の子の手にかかれば、かまどの火おこしなど一寸だ。

 たちまち炭が轟々燃ゆる頃。

 そこへようやく女中がひとり現れた。厩舎では牛だけでなく鶏も飼っているのだろう、女中は産みたての玉子を笊いっぱいに抱えていた。


「まあ、綺麗な玉子!」


 鹿の子は明るい挨拶のあと玉子をひたすらに褒めて、何個かいただけませんかと願い出た。女中は客人と知ってか、調理台に笊を乗せると、ぺこり会釈だけ済ませて消えていく。

 鹿の子は調理台の前で目を輝かせた。よう飲まれているのか、目の前には牛乳が入ったカメと蜂蜜の壺が並んでいる。

 

「うふふ、喉から手が出るほど欲しかった材料がぎょうさんある」


 そして、ぱんぱん手を合わせた。


「大事に使わせていただきます」


 鹿の子は懐から二冊の手帖を取り出すと、嬉しそうに指を一舐め、頁をぺらぺらとめくっていった。 

 一通り読み終えたら次は調理器探し。

 あちこちひっくり返し、お目当ての鍋や菜箸を揃えると、


「それじゃあ、始めますか!」


 りんりん、気勢を上げて仕込みに取りかかった。

 まずはすり鉢に玉子をかしゃかしゃ、ぽんぽん割り入れる。蜜柑色の玉子がほぐれたら、次はお砂糖。


「ふふふ、これこれ」


 米や小麦粉の隣にちゃんと砂糖俵が腰を据えている。糖堂の白砂糖、鹿の子が実家から送らせた祝い品だ。

 鹿の子は玉子に砂糖を遠慮なく注ぎ入れよく混ぜると、先に沸かしておいた湯を桶にはり、そのなかへすり鉢を入れた。いわゆる湯せんだ。


「そして――」


 次にちゃきんと手にとったのはなんと、茶筅。

 鹿の子は覚悟を決めて、すうはあ深く息を吸った。


「一気に、泡立てる!」


 それから息をとめたように手を動かした。

 あったまった卵液がふわふわと高さを増していく。

 ぜい、はあ、鹿の子が息継ぎする頃にはすり鉢から溢れんばかりに泡立っていた。

 そこへ同じように湯せんにかけていた液体を注ぐ。

 これは明け方玉貴が鹿の子へ振舞った飲み物だ。

 牛乳に蜂蜜。

 それを生地と同じ温度にあっためたもの。

 しゅわしゅわと白が馴染んだ生地をもう一度泡立て、小麦粉を混ぜたら、いよいよ焼き。


「ふふ、これこれ」


 鹿の子は平たい鉄鍋をかまどの火にかけ、満足げに仕込んだたねを注ぎならしていった。綺麗な生成り色の海で満たされた鍋を鉄板で塞いだと思うたら、今度は炭だ。

 何を思ったか熱々の炭を鉄板の上に敷き詰めた。


「うまく焼けるといいなぁ」


 鹿の子はてきぱき後片付けを済ますと、かまどのとろとろとした火を眺めながら、その時を待った。




 *




「この香り……、なに?」

「すごくいい匂い」

「それより誰よ、他所もんをかまどへ下ろしたのは」


 半刻もすればかまどからたちのぼる、なんとも言えない甘い匂いに誘われ女中だけでなく、暇した側室やその家族までもが集まった。

 見れば、広い台所で小さい娘が大きな鉄鍋もって、ガタガタゆすっている。


「うん、もうええかな」


 納得した様子で鉄鍋に乗った炭を片付け始めた。かまどで好き勝手我が物顔の娘に食いついたのは、熟した顔の年増だ。


「ちょっとあなた、よりにもよって山口家の台所で、それも無断で使って、何様のつもりですか」

「玉貴さんのために菓子を作っているつもりですが」


 鹿の子はいけしゃあしゃあと言ってのけた。

 山口家の娘である玉貴のために食事をこさえて何が悪いのか。材料言うても高い砂糖は自分が小遣い出して買ったものだ。


「玉貴? ここにはあんな疫病神に振る舞うもんなど、米一粒だってありゃしないわよ」


 年増の卑劣な言いっぷりに、鹿の子がぴりりと青筋を立たせた。

 山口家では、掟を破った玉貴の扱いが酷いと頭にあったが、これほどまでとは。

 今朝も玉貴は運びこまれた朝餉を前に、鹿の子へ「ごめんなさいね」と悲しそうに謝った。それは領主の娘の食事とは思えぬほど貧相なものだったのだ。おかずは大根のしっぽにさつまいものひげ、飯は粟にひえ、麦がちょっと。この台所には余りある材料が溢れているのに。

 玉貴は山へ入れば供物や御饌のお残しがあるからと笑ったが、この家から上げられる供物などそれこそ水の一杯もありゃしないだろう。玉貴が子供のためにと御膳をさらえ、茶碗に残る砂糖一粒残さず食べる様が、何度も頭によぎった。

 玉貴は前々からこの不遇に身を置き、そしてまたこの世界へ飛び込むことを覚悟していたのだ。

 鹿の子は玉貴を臨月まで小御門家へ居ることを許した月明を、心底誇らしく思った。

 両手にもった手拭いをぎゅ、と握りつぶす。


「ああそうでした、そうでした。玉貴さんは山口家の娘ではありません。陰陽師宗家、小御門家の奥方様でした」

「そ、それがどうしたっていうのさ」

「あらまあ、どうやらこの邸では豪族様の方がお偉いようで。豪族様と貴族では食べる物まで違うようですなあ」


 鹿の子は気味が悪いほどにっこり笑い、ぱん、と鉄板ごと鍋をひっくり返した。


「これが貴族の食べ物です」


 そっと鍋を持ち上げ、現れたのは妖術のような湯気と、鍋の形に焼けたふわふわの生地。

 小判色に輝くそれはふるふると揺れ、豆腐のように柔らかそうだ。届いてくるのは甘い甘い蜂蜜と玉子の香り。

 見たことも食べたこともない、されど絶対美味そうなその菓子をみて、観客は一斉にごくりと喉を鳴らした。

 その様子に、鹿の子はしてやったりと鼻を鳴らす。


「あなた方がそうして差別を続けるなら、この菓子、ひとっかけらもあげませんからね!」


 この日はいつもなら上がらぬ昼餉が玉貴とその家族へ振る舞われた。




「ありがとう。鹿の子さん、ありがとう」


 豪華な御膳を前に玉貴の母は鹿の子へ何度も頭を下げた。異国の血をひく彼女の髪は眩しいほどの金毛をもち、華やかな顔立ちだ。

 しかしその隣に座る玉貴は昼餉をかっ込みながら、不機嫌面をみせた。


「ほんっと、あきれた。あれほど動くなと言ったのに厄介ごとまでおこして。山へ入れば小御門から送られてくる供物で腹は満たされたるってのに、とんだお節介よ」

「まあ、そうなんですか」


 それはよかったと、鹿の子はにっこり笑う。

 しかし山へ入るのは玉貴とその伴侶のみ。玉貴が母へちらりと目を向けると、嬉しそうに箸に乗った白飯をしげしげと眺めている。

 そう、この邸で長く虐げられていたのは紛れもなく母の方だった。

 純血の異国人である母は玉貴が産まれる前から虐められ続けていた。玉貴がしきたりを破ってからというもの、家畜以下の扱いを受けている。

 だから玉貴は小御門家へ嫁いでから何度も母を呼び寄せた。それでも母は父を信じて邸を出なかった。玉貴が顔を忘れるほどその姿を現していない、父のことを信じて。

 玉貴はこの時初めて気付いた。かまどで不遇をうける鹿の子に、母の背中を重ねていたことを。

 似てないけど、似ている。どんなに辛くても自分を温かく迎えてくれる、その笑顔。

 玉貴は茶碗についた米粒を茶で流し込むと、だん、と箸を置き鹿の子へかぶりついた。


「それで、菓子はどこよ!」

「お待たせしました」


 菓子は邸の女中が運んできた。

 これには玉貴も、玉貴の母もびっくらこいた。

 鹿の子はあの後、焼きたての菓子を放ったらかし、玉貴の局へと戻っていた。ちょうど一刻がすぎ玉貴が帰ってくるからと、菓子の配分から配膳までぜんぶ女中に任せて戻っていた。

 もちろん、太い釘は差した。


「今後、この局の人間を差別するようなことがあれば、小御門の菓子をあげません。もちろん、砂糖も」

「ま、待って。鹿の子さん、あなたまさかこの邸に菓子を下賜すると約束したの!?」

「はい」


 鹿の子はなにか不都合でも、と惚ける。


「対価はちゃんと、いただきますから」


 なんとちゃっかりしたもんだ。

 鹿の子は商人の娘だ。その場に居った女中頭をみつけると、菓子が乗った鉄板持って交渉に躍り出た。


 砂糖の対価に牛乳と蜂蜜を小御門家へ届けて欲しい。届けてくれた飛脚には菓子を渡しましょう。その菓子の対価に、玉貴親子への平等な暮らしを約束してくださいと。


 この時は横からけちをつけた側室も、菓子に舌鼓を打った後では、ぐうの音も出なかった。

 呆れ顔の玉貴の前へ、鹿の子がにこにこと皿を運ぶ。


「ほんでは、どうぞ。今日の菓子はカステラといいます」

「かすてら、かすてらですって!」


 玉貴は憶えある奇天烈な名前に、顔色ひっくり返して喜んだ。

 カステラは糖堂の旦那が置いていった、異国の菓子手帖の冒頭に書かれている菓子だ。その挿絵がよだれが湧くほど美味しそうで、玉貴はよく憶えていた。

 鹿の子もまた手帖を手に入れてからずっと作りたかった菓子。先代の菓子手帖にも詳しくコツが書いてあるものだから、尚更頭にこびりついていた。それも茶筅、大好きな茶筅が菓子道具。先代は菓子の道をどこまで広げていたのだろうか、鹿の子にはその存在が神々しくさえあった。


 女中が運び入れたカステラは、ずいぶんと分厚く切られている。

 玉子の黄身色にお焦げの帽子をかぶさった、世にも不思議な異国のお菓子。改めてその成りをみつめた玉貴は、絶対美味いに決まってると、喉を鳴らして生唾を飲んだ。


「いただきます」


 菓子楊枝など無粋なものは取り出さず、手でわしづかみ、口元へ持っていく。

 指に沈む生地はやわらかく、まだほんのりと温もりが感じられた。

 潰さぬように用心しながら、ぱくり。


「……はぁん」


 玉貴は軽く意識を飛ばしかけた。

 餡子で出来た浮舟とは比べものにならない軽さ。それでいてうどんのようにコシがあり、もちもちと弾む。

 そんな生地を口のなかの熱で押さえ込み、しゅん、と溢れ出るのは濃厚な玉子臭さと蜂蜜そのもの。


「ふぁにこえ、ふぁんふぁの」

「玉貴さん、ちゃんと噛んでから喋ってください」


 噛む必要などあるものか。

 舌で押すのもためらう柔らかさ。

 ゆっくり味わいたいのに手が止まらない。口をもごもご動かす玉貴をみて、鹿の子は誇らしげに笑った。

 ふんわり膨らんだ生地に素材の旨味を閉じ込めることができたのは、上下均一に入れた火のおかげだ。玉子も砂糖もみんな逃げ場所がなく、ぎゅっとなかに閉じこもった。鍋の上に炭を焚くこの技もまた、先代独自の手法。

 空になった皿に目を落とせば、口惜しいため息が母と重なって、親子二人は顔を見合わせ、大笑い。

 

「なんて美味しいの! 鹿の子さん大好き!」


 玉貴は興奮のあまり、鹿の子に抱きついた。


「カステラが、でしょう」

「本当に、鹿の子さんが、鹿の子さんが大好き。だってこの菓子で、このカステラでお母さんを救ってくれた……!」

「玉貴さん……」

「ありがとう。――でも」


 玉貴は鹿の子の薄い胸板に顔をうずめながら、ぎゅうっと袖を握りしめ、こう言った。



「産まれる」 



 えええええええええええええっ!

 邸中に様々な悲鳴と蛮声が轟き、その後しばらくは働きアリのような人間がひっきりなしに行き交った。


 後世、カステラは妊婦の滋養によい山口の安産菓子として世界中に広まっている。


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