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かまどの嫁  作者: 紫 はなな
すずし梅 / かくなわ
10/120

終‐結果

 お稲荷さまの常用御饌菓子‐すずし梅


 お口直しにうってつけ

 毎日食べたい梅水羊羮



 作り方


 あかやまの湧き水に寒天をふやかしておく。

 小豆を煮る。煮た小豆に水を注ぎながら濾し器で濾していく。濾し器の中が小豆皮だけになるまで繰り返す。

 濾した餡に冷水を混ぜて、放置する。上澄みを捨て、また冷水を注いで上澄みを捨てる。これも繰り返し。きれいにとげたお米みたいに上澄みが透き通ったら、手拭いで濾して、呉だけが残るように搾りきる。

 ふやかした寒天を水にほぐし、溶けるまで沸かす。

 呉に砂糖と水を加え、こしあんを練っていく。

 炊き上がりに倍量の寒天水を少しずつ混ぜ入れる。全部混ぜきっても、辛抱よく炊いていく。艶がでてきたら氷水に移し、濾しておいた梅干しと赤しその搾り汁をいれる。きちんと粗熱がとれてから、型へ流し込む。夏場はきんきんに冷してから御出しすること。

 注意!

 氷はこしあんを炊く前に必ず準備しておくこと。

 こしあんを炊き始め、寒天水入れるまでの間が一番盗み食いが多い。

 羊羮が出来上がるまでみんなが我慢できるように、蜜を絡めた小豆皮をかまどのところどころに置いておくこと。

 こしあんの炊き始めは餡が飛び散るので、家鳴りが火傷しないように「熱いよ~熱いよ~」と言いながらかき混ぜること。




 *




 小御門家にて常用御饌菓子、すずし梅が生まれた晩夏。鹿の子の生活は一変――は、していない。

 とあるお三方の話し合いが行き届かなかったのではなく、鹿の子が断りを入れたのだ。はじめて弊殿へ呼ばれた席で、鹿の子は月明へ深く頭を垂れた。


「では、東の院へは帰らないと?」

「はい。半日も釜を空ける、それが毎日となると仕込みが滞り、菓子に手をかけることができません」

「半日って……鹿の子さん、夜寝る時間は半日に入りませんよ。あなたに長く務めて欲しい。だからこそお稲荷さまが直々に、暇を出されたのですから。無理はいけません」

「無理はしてません。こうして元気です。菓子と向き合う時間がなくなるほうが、体に毒です」

「そうは言っても、このまま東の院を空けておく訳にもいきませんしね」

「ならば、……その、他の方に使っていただいては」


 月明は耳を疑った。後釜に新しい側室でも入れろというのか。どんな顔をして言うているのかと鹿の子を見据えるも、頭を深く垂れたまま。月明の座る高座からでは、つるんとしたおでこしか見えない。


「困りましたね……」


 月明は言葉通り、心底困った顔をした。

 状況は思ったよりずっと深刻である。神の嫁になる覚悟ができているとでも言うのだろうか、鹿の子は側室の座を辞する心がまえを示した。形だけの側室を疎ましく思うほど、お稲荷さまを愛しているとでも。これが半年放っておいた代償かと、独り胸を痛めた。それ以前に、ここで論議の結果をねじ曲げられては夜を明かした意味がなくなる。


 一方、お説教覚悟の上で申し立てた鹿の子は、月明のだんまりに変な勘繰りを入れた。

 鹿の子が側室を退き、奉公人として働き始めたとして、それが実家の糖堂に知れたらどうなるだろうか。今は砂糖をただ同前で仕入れられているが、恐らくは卸値、それ以上は搾取される。

 鹿の子は嫁入りの日にみた雪の心底ほっとした表情を思い浮かべた。小御門家の財産など想像が及びもつかないが、国外から嫁を望むほど入り用なのは明白である。

 ――わたしは砂糖の架け橋。

 否応にも、わたしは側室でなければならないのだ。かまどの嫁であり、側室であることが、小御門家への真心。

 鹿の子はずっと反らせていた視線を、真っ直ぐ月明へ注いだ。


「妻として、旦那様が与えてくださったこの仕事を、まっとうさせてください」

 

 今度は月明が視線を反らせた。

 一度だって自分が与えていない。総てはお稲荷さまの御意志。

 鹿の子が嫁入りしたあの日――お稲荷さまより先に出逢っていれば、嫁入り菓子を食していれば、決してかまどに嫁がせなどしなかった。 

 

「旦那様……?」

「三日に一度の休み。釜を保つためにもこれだけは譲れません。休みには東の院へ帰ること。――以上」


 月明は視線を反らせたまま、その方向へ流れるように座を退いた。


 月明が爪先を向けたのは本殿へ渡る回廊、その左手に見える石畳である。何十と並ぶ紅い鳥居を潜り、たどり着いた先にあるのは人二人分もない小社。月明は胸元までしかない小さな御扉をひっぺ剥がすと、着衣の乱れを気にすることなく無理矢理身体を捩じ込んだ。内入ることができれば背中を丸める必要はない。中は別世界、本殿と同格の寝殿造りがひろがる。

 月明は目前にある畳場に踏み入ると主のいない高座の差し向かいで腰を据え、足を崩した。呼ばずともこうしていれば、主は彼方から顔をだしてくる。


「こらぁあああっ、月明! 何回扉を壊したら気がすむねん!」

「いつも新しくて、結構じゃないですか」


 扉だけでなく社ごとやってしまえばよかったと、月明は胸のなかで舌打ちした。幾度となく月明の手により壊されてきた小社は小御門のどの邸よりも新しい。次は桜色がいいわ、なんて仰るものだから境内で一際目立ち、今では若い娘の参拝客に人気だ。


「嫁いびりも、いい加減にしてください」

「はっ、無理な話やな。今度の嫁はなんせ、ほんまの息子の嫁や」


 雪は鼻で笑った。

 小社の邸主はお姑の雪である。

 姑といっても、月明の実の母ではない。月明の母は先代の父と共に五年前、不慮の事故で先立っている。では何故雪が姑と呼ばれるかというとお粗末な話で千年、小御門家の嫁いびりをしてきたからだ。小社に棲むので小姑でもいいが。


「その実の息子にずいぶんと嫌われたものですがね」

「きぃいいいいっ」

「耳、でてますよ」


 感情が昂ると白い耳がたつ。

 雪はお稲荷さまを息子にもつ、大妖怪おんな妖狐だ。不老不死、その身が朽ちない雪は霊力なしの鹿の子にも可視することができる、稀有な妖し。

 しかしどんなにえらい大妖怪も息子にしてみれば、鬱陶しい母親でしかない。

 日々鹿の子をいびる母に息子のお稲荷さまは辟易しており、また永遠の十五歳であるがゆえ、それはもう典型的な反抗期を迎えておられる。


「下女から聞きましたよ。みんな貴女の差し金だったそうですね」

「はっ、そうや? 気付くん遅いで、自分」


 雪はどこからか分厚いかい巻きを取り出してきて、ぬくぬくとその身を包んだ。

 千年以上生きる妖狐は千里眼を持ちさまざまな出来事を見透かす力がある。息子が鹿の子にうつつを抜かす様子を先読みしていた雪は、出来うる限りの嫁いびりで鹿の子を迎えた。当然、月明が下女へ言付けた布団や家具はこの小社に納められている。鹿の子とラクをひきあわせるため、いたずら好きの西の奥方を誘い出したのもまた雪の企み。


「先読みされていたなら、息子をとめてくださいよ」

「阿呆か。こんな面白いん、とめるわけないやろ!」

「は?」


 雪は年甲斐もなく、狐目をきらきらさせて言う。


「千年くすぶってた息子が、初恋やで? 嫉妬ひとつで怒り狂うて恋敵を殺すか思たら逆に振り回されて……あははっ、挙げ句が嫁に欲しいやて! 億劫や、面倒や言うて外に出えへんかった引きこもりの息子が、今では娘のためにあちこち往き来して、なんやかんやして、それも小豆みたいな貧相な娘に。貧相やのに打たれ強い、なんといびりがいのある嫁!」

「私の嫁です」

「ついさっき、ふられとったやないか」


 ああ、もう絶対、帰りには社ごと壊してしまおう。月明は心に誓った。


「あんな面白いもん、お前にはやらん。いびり倒してから殺したる」

「それだから、息子にくそばばあ呼ばれるんですよ」

「きぃいいいいっ」


 耳の次は九尾の尻尾がにょきにょきと、かい巻きの隙間から飛び出す。

 これでは話にならない、月明は憮然と立ち去った。

 雪は息子を溺愛している、鹿の子への虐めは息子の恋路を邪魔するためのものと踏んでいた。息子と鹿の子を引き離すための嫁いびりだと。ならばいつもの雷説教で息子を説き伏せてもらおうと請いに詣ったというのに、雪は鹿の子を嫁に迎える前提で虐めているというではないか。それも殺すと断言した、今回は自らの手で――。

 散々苦しめ、殺した後も鹿の子の御霊を手のうちで転がすおつもりだ。鹿の子の小さな身体に楔を打たれる情景が頭に浮かび、瞼をきつく閉じる。



「次は牡丹色がええなぁ」



 背中に伝う耳障りな高飛車声に胸がかきむしられた月明は憎しみを込め、袖のなかで印を結び、呪を唱えた。

 月明が退いた境内には桜色の木片がそこここに飛び散っていたという。





 ────────────────



 すずし梅 / 結果(かくなわ)


 (利)

 三日に一度の休み

 小御門総会の後援

 

 (害)

 雪のやる気上昇

 


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