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幸せの日々追い求め迷い込み…

目を開けると、最初に見えたのは博士の顔だった。

「おはよう。ラスエルロス。七番目のマリーン」

僕の記憶はそこから始まっている。

培養液の中から出ることは許されなかった。出た途端に細胞が溶け出してしまうらしかった。

ケースの中から見える外の景色は変わらないようで毎日が違っていた。

時々訪れる、自分のモデルとなったマリーンという少女と博士の仲睦まじい姿が好きだった。

なんだか自分もその中に入っているように思えた。幸せだった。

不思議なことに、僕はケースの中から、外の世界を知ることが出来た。

ここが研究所であること。その外にはもっと大きな世界があること。街があって人がたくさんいて・・・。

そのせいかどうか、僕にはマリーンの記憶移植がうまくいかなかった。

マリーンの記憶はマリーンの記憶として、情報として僕の中には入ってきたが、人格として根付くことはなかった。

僕はクローンなのに、一人の独立した人格を形成してしまったのだ。

通常のクローンは、モデルの人格がなければ、ただの肉の塊、赤ん坊以下の知能しか持たない。なのに僕には意思が、一人の独立した人格を、目を開けたその時にもう形成されてしまっていたのだ。

皆が僕に注目した。僕だけ検査が多かった。

マリーンの記憶を移植された他のクローン達が次々と出て行くのを、僕はケースの中から見ていた。

僕より前に出来たマリーン、僕より後にできた八番目のマリーン。

ケースにずっといることに不満を感じないわけではなかったが、そうしなければ生きていけないことも分かっていたから別に気にしなかった。ちょっとうらやましくはあったけど、僕にはこの能力があったから。

ある時一人の研究者が僕の能力に気付いた。検査はより複雑になった。

能力の検査も行うようになった。

僕は能力を使えるようになってちょっと嬉しかった。自分の知らない使い方を皆教えてくれた。楽しかった。

九番目のマリーンがケースを出て行った。ちょっと哀しかった。

そのうちに僕の体のことについてみんな騒ぎ出した。

僕は不老、年を取らない体らしい。

検査が辛いものになっていった。

後々になって、僕が培養液の中でやっと人の形を取った頃に、研究所に雷が落ちて、一時停電した事があったと知った。その時に何らかの変化が起こり、僕は能力を持ち、不老になったのだろうと推測された。

検査は辛かった。

逃げ出したかった。

でも以前、培養液から出てすぐにどろどろに溶け出してしまったクローンを見たことがあった。ああはなりたくなかった。怖かったのだ。死ぬのが怖かった。

十番目のマリーンがケースからでて少し経った頃、あの事件が起きた。

マリーンが自殺を図ったのだ。

次々生まれてくる自分を見て、気がふれてしまったのだ。

もしかしたら自分もオリジナルではなくクローンかもしれない。オリジナルと思わされていただけかもしれない。

そうでなくてもいつかクローンにとって代わられるかもしれない。

殺されるかもしれない!!!

そういう強迫観念に苛まされて、マリーンは発狂した。

そして・・・

僕は何も出来なかった。

何が起きているのか全てを見ていた。

でも僕は何も出来なかった。

壊れていった。

幸せな日々が。

博士はマリーンに固執するようになった。

マリーンと呼ばれている少女は前と何かが変わってしまった。

クローンを物として扱うようになっていった。

僕への検査もより苦しさを増した。

辛くて。

辛くて。

辛くて。

ある日決意した。

この中から出て行こうと。

例え溶けてしまったとしても構わない。

この毎日が終わるなら。

この苦痛が終わるなら。

幸せな日々がもう終わってしまったと分かったから。

この研究者親子のあの幸せな笑顔が・・・。

決意した。

夜、研究所に人がいなくなったのを見計らい、僕は恐る恐るケースの中から出た。

体は溶けなかった。

夜のひんやりとした空気が気持ちよかった。

周りにあるなんでもない空気が美味しかった。

その時に僕は初めてこの世に生まれたんだ。

人間として。

あらかじめ調べておいたルートから研究所を逃げ出した。

外の世界は思った以上に広くて、そして荒んでいた。

でも、・・・。

彼らは僕がいなくなったことを知るとすぐに追っ手をかけた。

僕は逃げた。

能力を使うと場所が特定されることは分かっていた。

逃げた。

容姿や特徴でばれないように、長かった髪を切った。

ちょっと新鮮だった。

そして逃げた。

人の目から逃れるように、街から遠ざかった。

逃げた。

あちらこちらとさ迷い歩いた。

逃げた。

いろんな人に会った。でも僕に関わるとろくな目に合わない。

それを知って人と関わらないようにしていった。

とにかく逃げた。

執拗に追ってきていた影も見えなくなっていった。

逃げた。

そして僕は独りで歩いていった。

逃げた・・・。

疲れていった。

逃げた・・・。

疲れて・・・。

逃げて・・・。

疲れて・・・。

逃げて・・・。

疲れて・・・。

逃げて・・・。

一体どれくらい時間が経ったんだろう。

僕の体は変わらない。

他の人は年を取っていくのに、僕の体は変わらない。

不思議で、怖くて・・・。

世界中から取り残されているような気がしてきた・・・。

僕は何のために生まれたんだろう・・・。

どうしてここにいるんだろう・・・。

疲れた。

どこかで休みたくなってきた。

どこでもいい。

どこか・・・。

廃墟の中に、何故か色鮮やかに赤レンガの建物が僕の目に入った。

他の建物とあまり変わらないくらいオンボロにも見えたが、何故か惹かれた。

ふと見るとチラシがあった。


『探偵助手 アルバイト募集! 体力に自身のある方急募! 住み込み可』


何かに吸い寄せられるように、僕はその建物の中に入っていってしまったんだ・・・。

そして・・・。


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