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早まるな過去はとにかく変えられない!

ヴェレット通りを少し入ると、表の華やかさとはうって変わって廃墟ビルが立ち並ぶ。

そこを少し行ったところに、珍しく赤レンガで造られた建物が見えてくる。

日に晒されて崩れ落ちた建物の並ぶ中、その建物だけが色彩を帯びていた。

主のない、灯らない看板が周囲と赤レンガの建物を不思議と調和させている。

その看板の2Fを示す辺りに、『ダド探偵事務所』と書いてあった。

どうにかこうにかラスを担いだダドとアクスが、ダド探偵事務所に帰ってきた。

「全く、タクシー代も持ってないなんてどうかしてるよ!」

「歩いて25分のビルになんでタクシーがいるんだよ!」

「僕が言ってるのは・・・」

「お前はいちいち・・・」

ここに帰ってくるまでずっとこの調子である。

この二人、仲がいいんだか悪いんだか。

壊れかけた扉を押し、中へ入る。

「この扉もう寿命じゃない?」

「お前のSPのせいだぞ」

ラスをそっとソファーに寝かせる。

「ふう、見た目より軽くて助かったぜ」

ダドが向かいのソファーにどっと座った。

「ねぇダド。ラスってさ、女の子みたいだね」

「あ?ああ、そうだな」

アクスがラスの顔を覗き込む。

よく見ると、やはり少年というより少女っぽい。

「ダド、マキアがいないからって変な気を起こさない方がいいよ」

「な!変な気ってなんだ!」

何故か顔が赤くなったダドだった。

「僕、そっちの趣味はよく分からないけど・・・ダドが好きって言うなら・・・」

「あほなこというな!!!ガキのくせに何言ってんだ!」

赤くなりつつも、ダドは気を取り直し、

「お前、黒服達には連絡したのか? 」

黒服とは言わずもがな、SP達である。

「来る途中に連絡入れたから、今頃屋敷に帰ってるんじゃない?」

「・・・帰らないのか?」

「うん、ちょっとラスに聞きたいことがあって」

ダドはため息を吐いた。

「なんて言って帰したんだ?」

「友達の所で宿題やってくからって。終わったら迎えに着てね♪って言っといた」

「ほぉ~友達ねぇ」

白い目でアクスを見つつ、飲み物を取ろうとソファーを立った。

「あ、僕いつものグレープで」

アクスが近くの椅子に腰掛けながら言った。

「・・・へいへい。お坊ちゃまのグレープざんすね」

冷蔵庫には何故か、随時グレープジュースが常備してある。

マキアがアクスの為になくなると補給しているのだ。

(ここは事務所なんだがなぁ)

ジュースを見る度にダドは思った。

いつもの栄養ドリンクとグレープを取り出し、

「ほれ、受け取れ」

と投げて寄越した。

「おっとっと」

うまい具合にキャッチする。

「ん、僕って天才!」

「そんだけ自惚れてりゃ人生明るいな」

「どういう意味?」

ソファーに腰掛けていざ飲もうとしたとき、

「ん・・・」

ラスが気付いたようだった。

ゆっくりと瞳が開き、初めはぼんやりと、そして一気に覚醒する。

「ここは!」

ガバッと跳ね起きた。

「事務所だ。慌てんな」

ダドがグビッと一口飲んだ。

「あ、じ、事務所・・・」

「飲むか?」

まだ一口しか口を付けていないドリンクを差し出す。

「うん」

ラスは受け取り、グイッと一口飲んだ。途端に咳き込む。

「な、なん、この味・・・」

「う~ん、やっぱ不味いか?」

ダドが険しい顔をする。

「不味いね。

 どうしてそんなものがまだ売れてるのか、世界の七不思議に相当するんじゃない?」

「そこまではいかないだろ。いくらなんでも」

「いくと思うよ」

アクスが自分のグレープを差し出す。

ラスは何となくグレープを受け取り、一口飲んだ。

「おいしい・・・」

「でしょ?」

満面の笑みを浮かべ、勝ち誇ったようにダドを見た。

「俺はこれが美味いんだ!」

ちょっとふて腐れながらドリンクを一気飲みする。

「ラスも飲む?喉渇いてない?」

アクスが言った。

「え?ええ、じゃ、もらおうかな」

「いいよ。新しいのとって来るよ」

そう言って冷蔵庫に行った。

「落ち着いたか?」

ダドが聞いた。

「え?・・・ええ」

ラスが微笑を浮かべる。

「ラス」

アクスがジュースを投げる。

「・・・あ」

「このノーコン」

ジュースは綺麗な弧を描き、ダドの頭に一直線・・・と思われたが、間一髪ダドがそれを手で受け止めた。

「ちっ」

アクスが舌打ちした。

「おい、何だその舌打ち」

「別に」

ダドがラスにジュースを渡す。

「ありがとう」

ラスは蓋を取ってジュースを飲んだ。

アクスが椅子に座る。

なんとなく無言の時が流れた。

それはラスにとって経験のない、平和で穏やかで、心和む時間だった。

人が一緒にいるのに気にならない。それどころか安心する。

不思議な感じだった。

「ごめんダド、迷惑をかけるつもりはなかったんだ・・・」

「この街にゃ色んな人間がいるさ。あんなこと迷惑だなんて思ってねぇぞ。

 坊ちゃんのおかげで大抵のことは日常茶飯事だからな」

ダドが優しく言った。

「何で僕なんだよ。いくら僕でもあんなことはできないよ」

アクスが反論する。

「そのうちしそうだ」

「能力者じゃないっての」

「発明品でやるんじゃねぇの?世界征服」

「どうして僕がそんなくだらないことやんなきゃなんないの。

 僕がしたいのはもっと大掛かりなことなんだ」

この二人が話し出すと何故かいつもけんか腰になる。

「なんだよ?」

「言うわけないだろ。ダドなんかに」

「ほ~?俺に言えない程ちんけなことなのか」

「頭の足りない人に言っても分からないってこと」

「なんだぁ?俺が頭足りねぇだ?」

「マキアがいなくちゃこの書類の山も片付けられないんじゃないの?」

「う・・・」

ラスは口を挟もうにもどうしたらいいのか分からず二人を見ていた。

「ところで、ラスに聞きたいことがあるんだけど」

アクスがラスに向き直る。

「え?あ、はい」

「ラスの本当の名前って、『ラスエルロス』じゃない?」

ラスの顔が強ばる。

「何故・・知っているの?」

「やっぱそうだったんだ」

ちょっと複雑そうな顔をしてアクスは視線を落とした。

「ちょ、ちょっと待て、何でお前が知ってるんだ?」

驚いた顔でアクスを見る。

「僕等の間じゃラスは有名だからね」

「僕等の間?どういうこった?」

ラスの顔が緊張している。

「ラスエルロス。七番目のって意味なんだ。

 僕の家系が学者とか研究者が多いのはダドも知ってるでしょ?」

「ああ」

「僕の父方のおじいさんの兄にあたる人で、ヤマ博士という人がいたんだけど、

 その人がクローンの研究をしていたんだ。

 そのクローンのモデルになったのが娘のマリーン。

 僕の叔母にあたる人だ。博士の研究はうまくいっていた。

 モデルと全く同じ人物を作ることに成功したんだ。

 そのうちの六人まではね。

 ところが、七人目に何故か異変が起こった。

 どういう原因かは解明できてないけど、そのクローンは男でもない女でもない、

 無性の体になったんだ。そして特殊な力も宿していた。

 博士はそのクローンの能力などの解明に没頭するようになった。

 だが、今から二十年程前に、そのクローンは研究所から逃げ出したんだ」

人類が減少の一途を辿る中、政府はクローン技術に注目し、公認するようになった。あちらこちらから批判の声は聞こえたものの、結局、人類の絶滅を防ぐ為にはなくてはならないものと、人々は認めるようになった。

「クローンか・・・

 成功したって話は聞いた事なかったんだが、作ってる奴は作ってたんだな。

 ・・・で、その逃げ出したってのがラスってことなのか?」

ラスは黙ってうつむいていた。

「いや、分からないんだ」

「なんでだよ?それだけ分かってりゃ、十分じゃねぇか」

「だって、当時モデルは十六歳。生み出されたクローンも十六歳。

 モデルはきちんと二十年分の年を取っているよ。

 だけど・・・ラスは・・・どう見ても、十六歳くらいにしか見えない・・・」

ダドとアクスはラスを見つめた。

「子供・・・なわけねぇか・・・無性なんだっけ?」

ダドが言った。

ラスは少し顔を上げ、

「僕がここに惹かれたのは、・・・アクスがいたせいかもしれないね・・・」

「どういうこと?」

アクスとラスは見つめあった。

「まさか、血縁者にこんな所で会うなんて。僕はずうっと独りで逃げてきた。

 このまま独りきりでいつまでも逃げているんだって思ってた。

 だけど、・・・ここのチラシを見た時、何故かここに入りたいと、休みたいと思った。

 関わっちゃいけないって、巻き込んでしまうって分かってたのに・・・ここに来た。

 アクスに会う為だったのかもしれない」

「・・・・」

「アクス、君の知らないことを教えてあげる。

 僕の能力の解明は既に終わっているんだよ。

 彼らが追っているのは僕の体、この不老の体の秘密なんだ」

「不老?」

アクスとダドが驚いたように声を上げた。

「そう、僕は生まれてからずっと年を取っていない。何故かは分からないけど」

「そうか、それで皆血眼になって探してるんだ」

アクスが納得したようにうなずく。

「もう逃げないよ。ダドが言ったように逃げていても何の解決にならない。

 だから、さあ、連れて行っていいよ」

覚悟を決めた顔をしてラスがアクスを見つめる。

「勘違いしないで。僕はラスを捕まえる気はないよ」

「え?」

ダドがにやりとする。

「知っているかもしれないけど、博士は大分前に亡くなったよ。

 今は娘がその研究を受け継いでる。つまりマリーン叔母さんなわけだけど。

 でも、僕はクローンを創る事には反対派の人間なんだ」

「・・・・」

ラスの顔から緊張が解けていく。

「ラスを追いかけてきた女の子達、僕は一度叔母さんの研究所に行ったことがあるんだけど、

 そこで見たことがあったからラスの事も分かったんだけど、

 ・・・何故か僕には聞こえたんだ。

 彼女達の声が・・・『私を殺して』って・・・」

アクスはうつむいた。

「小さい時、叔母さんの研究所に何かの用で行った時、

 僕はなんだか眠くって、仮眠室で寝かせてもらってた。

 その時、どこからか声がして、辿って行ってみたらそこはクローン室だった。

 皆同じことを言うんだ。『私を殺して、殺して』って。

 怖かったのと悲しかったので僕は泣いちゃったんだけど」

アクスはジュースを飲んだ。まるで涙も飲み込もうとしているようだった。

「そう、アクスには聞こえたんだね・・・」

「うん。今でも時々叔母さんの研究所に行くと聞こえるんだ」

「皆何となく分かってるんだ。自分がどうなるか。

 生まれてきても自分の意思では行動できない。自由がない。

 誰かのコピーでしかない自分が哀しくて。

 そして、僕の能力を無理矢理植えつけられて、

 人間兵器として扱われることを何となく察しているんだ」

「人間兵器?」

ダドが思わず尋ねる。

「そう。結局のところ、クローンは人類の繁栄のためじゃない。

 馬鹿な戦争の為に造られてるんだ。僕等に自由はない」

ラスが哀しそうにダドに言った。

人類は種が絶滅しそうになっているというのに、まだ戦争をやめない気だ。

ダドは馬鹿らしくなった。そんなことをして、何の意味があるというのだろう?

アクスがラスを見つめた。

「僕、ずうっと研究所ごと彼女達の願いを叶えてあげたいと思ってたんだ。

 だけど、僕はまだ子供だし、無理だって思ってたけど、ラス、手伝ってくれる?」

ラスは心配そうにアクスを見た。

「だけどアクス、そんなことをしたら、君は一族から追われることになるかもしれないんだよ?」

「大丈夫だよ。いざとなったらダドがいるもん」

ダドがこけた。

「お、お前、その為に俺を今まで利用してたのか?」

「それもある」

アクスがさらっと言った。

「ね、ラス?一緒にやってくれるでしょ?」

ラスはちょっと困ったような顔もしたが、アクスの強い瞳の輝きを見て微笑んだ。

「うん、僕でよければ」

「ありがとうラス」

「お礼を言いたいのは僕の方だよ。ずっとそうしたくて、出来なかったんだ」

アクスとラスが手を取り合った。

お互いがずっとしたくて出来なかったことを今成し遂げようとしている。

「さ、ダド。車を出してよ」

ダドが再びこけた。

「ちょっとまて、何で俺が!」

「ダドも勿論行くでしょ?」

平然とアクスは言い切る。

「行くとは言ってないぞ」

「行かない気なの?」

「まさか!こんな面白そうなこと見逃すわきゃないだろ」

「だと思ったよ」

「あ、ついでに、報酬もいつもの倍で・・・」

アクスは白い目でダドを見つめた。

「しょーがねーだろ!マキアの入院費がかかってんだよ!」

ああ、貧乏って嫌だ。


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