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第四部:夜の屋上

建物の最上階。

そこへ花屋は駆け上がり、一度立ち止まった。荒くなった息を調え、片手に握り続ける銃を確認し、ドアノブに手をかける。

そして、扉を蹴り付けて開けた。

突然広がる視界に目を細めながら、花屋は屋上に居るはずの相手に向かって銃を構える。その屋上は、結構な広さがあった。

カチャ…

「チェックメイトですぅ♪残念ですねぇ」

「なっ!」

ガウン!!

雪華は屋上に一歩踏み出した花屋に向かって、背後からそう言い発砲した。弾は花屋の右肩に当たり、そこから血が飛沫を上げ滴り落ちる。

雪華は、痛みに呻く花屋の眉間に銃を突き付けた。

「屋上に、出てなかったんだ…」

「エヘヘ。セッちゃんはお利口さんですからねぇ♪葉っぱ、出してください」

「――君はあの新種植物が何か、知っててその仕事をしてるのかい?」

「セッちゃんが知ってるのは、お花さんの名前だけですよぉ。“Silent Sound”ですねぇ?」

雪華は笑いながら答えた。

仕事を遂行するだけの人間は、自分のやっている事を知る必要など無い。雪華はそう教えられて来たし、確かにそう思う。

どうでもよいのだ理由など。雪華は今ここで生きていて、それを続ける為には仕事をしなくてはならない。それが解っていればいい。

「そう…“Silent Sound”。それが麻薬になるという事は、君ならたぶん気付いているよね」

「セッちゃんを甘く見ないで下さい」

「だったらその薬が、従順な心の無い人間を作り出す為のものという事は?」

「……お話しばかりじゃつまらないですよぉ」

雪華は花屋に向かって銃を押し付ける。自分の命が相手に握られている事を解らせるつもりだったが、花屋は話しを止めなかった。

「薬の製作を命じたのが、国だという事は?」

「…何が言いたいんですかぁ」

「国は、国民や軍にこの薬を使おうとしている。民は命じられるまま生きて、軍人は死を恐れないバーサーカーになる。なにもかもが消えるんだ!王や支配階級の連中の意思だけしか無い国が出来上がる!」

「…それがどうしたんですかぁ?」

雪華は不思議だった。何故花屋がそんな事に命を捨てるのかという事に。そして、不思議そうにしている雪華を、驚いたように見つめている事に。

「自分の意思が消されるのを、君は…何とも思わないのか…」

「早く葉っぱを出してくださいよぉ」

「―出来ない」

ガウン!

銃弾が花屋の顔のすぐ横を掠めた。その衝撃によろめく相手に雪華は再び銃口を突き付ける。

しかし雪華から見た花屋は、葉っぱを渡すつもり等無いらしく、月を映した目ははっきりと雪華を見つめていた。

「渡す気は無いみたいですねぇ。なら♪死んでください♪」

雪華は銃口を花屋の眉間にあて、引き金を引いた。

カチ…

「っ!」

引き金が軽い。弾詰まり。

有り得ない事では無いが、何故今ここで!

雪華は衝撃を受けて後ろへ飛ばされた。今の隙に花屋が力いっぱい雪華を無事な左腕で突き飛ばしたのだ。

軽い雪華は、背中から壁に勢い良く打ち付けられ、同時に積んであった空き缶や廃材やらが倒れ、盛大な音をたてて階段を転がる。衝撃で肺から空気が漏れるが、痛み等気にしている暇は無い。

直ぐさま立ち上がろうとして、自分の頭に当てられた物の感触に気がついた。

雪華は動きを止めた。

形勢逆転。

言い表すならそうなるのだろう。

目線だけ動かし花屋を盗み見たが、雪華は踊り場まで飛ばされたので、逆光になり、表情までは読み取れなかった。

「ねえ女の子。君は…どうして人を殺すんだい?」

「生きる為ですぅ」

「他にも方法があっただろう。真面目に働く選択だってあったはずだ。なんでこの仕事を…」

「お兄さん、貧民街でのまともな仕事って、何だと思ってるんですかぁ?セッちゃんは自分の為にこの仕事をしてるんですよぉ」

花屋の表情は相変わらず解らない。しかし、雪華の言った意味を察したような空気は感じた。

「自分の為と…そう言い切れればどんなに良かっただろう。俺は今まで多くの人間を殺しておきながら、今更誰かを救おうとしている。エゴだ…これは。きっと俺は、救われたいのだろうな」

「セッちゃんを撃たないんですかぁ?」

「俺は死ぬわけにはいかないんだ。もう、追わないでくれ」

「命令されるの嫌いですぅ」

雪華は真っ直ぐ花屋を見つめていた。闇に目が慣れて来ても顔や表情は見えないが、雪華は花屋があの柔和な顔で苦笑している姿が見えた。

「もし沈黙を色に表したら、君は何色だと思うのかな?」

そう言い残すと花屋は、下の階へ飛び降りそのまま走って行った。

雪華は追おうとするが、銃の一方は弾詰まり、もう一方に弾を詰めていては逃げられるのは間違いないので諦める。

ふと、足元の朱い花に気がついた。きっと、さっき突き飛ばされた時に髪から落ちたのだろう。奇跡的に無事だった花を雪華は優しく拾い上げた。

「どうせみんないつかは死んじゃうんですよぉ。お兄さん」



―――……

「雪華!どうしたんだ!?ぼろぼろじゃ無いか!」

「エヘヘぇ。みんなに伝えてください」

「?」

雪華のくたくたで砂まみれな姿を見た仲間は、慌てたように駆けて来た。夜中に独り歩きをしていた雪華の、最悪の事態を想像したのだろう。

蒼白な顔の仲間に向かって首を振った雪華は、へにゃっと情けなく笑って言った。

「ごめんなさい。ドンパチ起こしちゃいましたよぉ」

仲間は少しだけ、安堵を含んだ顔で苦笑した。


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