第二話:依頼
「おー雪華、何してたんだぁ?」
いつもの散歩の後、少し遅れて住家に帰ると、仲間の一人がに雪華に尋ねた。
相手は特に気にして聞いた様子は無く。その質問は社交辞令のようなので無視しようと思ったが、する事があるわけでも無いので、雪華は話に付き合うことにした。
雪華が遅れたのは一昨日行った屋上まで遠出したからで、特になにかあった訳では無い。案の定男には会わなかったし、ただあの場所が気に入ったからずっといたのである。
しかし、相手はそこまでの説明を求めてはいないだろう。雪華もそのくらいは分かる。
「セッちゃん、大人しくお散歩してましたぁ。お仕事はどうですかぁ?」
「いつもの汚ねぇ仕事だよ。金はいいんだがなぁ。実行は…四五日後だ」
「もう少し早くなりませんかぁ?」
「残念ながら気色悪りぃ依頼人の希望だ。俺の了解無しにドンパチやらかすんじゃねぇぞ。」
「はぁーい」
雪華はつまらなそうに答えた。
『汚ねぇ仕事』というのは勿論、物理的にも汚いかもしれないが、口にだして言えるような真っ当な仕事ではないものの事だ。いわゆる裏の“暗黙の了解”。
需要は減らないし、金になる仕事。
「ところでぇ、今回のお仕事何でしたっけぇ?」
「おいおい…勘弁してくれよ。何回目だぁ?」
「まだ三回目ですぅ」
「四回目だ」
知っているなら聞かないで欲しいと雪華は思った。
「ったく。今回は『葉っぱ』だよ」
「運ぶんですかぁ?」
「持ち逃げだ。好い加減思い出せ」
「あぁー」
間抜けに声を出す雪華を見て、相手は溜息をついていた。
雪華は回想する。
『今回の仕事は、“新しく見つかった葉っぱを持ち逃げした人間を捕まえる”と、“その葉っぱの回収”。なお、お約束で“人の方の生死は問わない!”だとさ〜。』
−回想終了−
要は薬となる葉っぱだけ帰ってくればいいらしい。
「どんな人か聞いてなかったですぅ。」
「そうだったか?えー…金髪金眼で引き締まりの無い顔ぉ?何だこれ。服装は黒いコートに…参考にならねぇだろうな。どうせ着替えてる」
「お花屋さんですかねぇ」
「は?」
「こっちの話しですよぉ」
混乱する相手に向かって雪華はニヤッと笑った。
昔と違い今は食べられない花を買う人間は少ない。近代社会の崩壊後、値を張る花をあえて買う人間等、一部の裕福な奴らだけになっていた。
砂漠化の進みや、体に害を成す成分が入った雨は植物が容易に生える事を許さない。
あの時は気が付かなかったが、花屋がこの街であんな普通の恰好をしているのは可笑しいのだ。
「さぁてぇ、どうしますかねぇ」
「雪華?」
雪華の感はよく当たる。きっと逃げた人間とは花屋だ。居るのが意外だったから屋上で存在に気付かなかったのでは無い。
意外であり、それよりもあまりに溶け込んでいたから。
「セッちゃん、どんどん楽しみになってきましたよぉ♪」
久し振りの敵。
組織から逃げ出せる程の手慣れ。
それがわかるからこそ雪華は体の奥で疼く震えを抑え、獰猛に微笑んだ。




