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第一部:屋上

人間の中に存在する善や悪の感情が、我々に争いをもたらし、不幸を運んでいるとするなら、

それらの感情を無くし、『苦しみ』や『悲しみ』から解放され完全となった人類は、

きっとそこで真の幸福を見る事となるのだろう。


2110年 サリム・フェイ・イルハーン作

戯曲 「完全なる白き世界」


何となく暇な気がしたし、実際時間もあったし、雪華はその建物の階段を登り始めた。

エレベーターは当の昔に壊れたらしく、動いていた形跡は今や殆ど残っていない。建物自体もかなり古く、ガラスは全て砕け、歩くたびにジャリジャリと音がしていた。

しかし、それは雪華には興味が無いのでどうでもよい。

雪華は今年で十四。階段で上がろうと息が上がるほどのやわでは無い。

それに、老朽化した建物が今すぐ倒壊しようとも本人は別によかった。

死なないという意味では無い。ただ、どうでもよいのだ。

興味が無いと言ってしまえばそれまでである。

淡々と階段を上り、何回かそれを繰り返すと一番上まで来た。せっかく隣に扉があるので、開けて屋上に出る。

よく考えてみても、考えなくても随分と高い建物だった。眺めがいい。

屋上には元々人が来るべき場所でなかったのか柵などは見当たらなかった。

こんな場所、相当な暇人でもなければ、あえて来たりしない。風の強い日は特に。

それを頭の隅で解っていた雪華は先客がいた事に驚いた。

雪華に向かって「やあ♪」と笑って言った男は、今にも飛ばされそうな帽子を左手で抑え、こちらに向けて右手を上げた。

変な男である。長い深緑のコートは風にはためき、男の見事な金髪も帽子が無ければグシャグシャになっていただろう。

「お兄さん、誰ですかぁ?なんか馴れ馴れしいですよぉ?」

「花屋だよ」

「じゃあ、そんなとこ立ってると危ないですぅ」

雪華の言葉に花屋はゆっくりと首を横に振った。

男の髪と同じ色の瞳はずっと笑っている。

「俺は落ちないよ」

そう既に決まってるかのように、男ははっきりと言った。

何でかは知らないけど、雪華にとってどうでもよいので聞き返したりはしない。変人の戯言だろう。

しかし、絶対に落ちないと言われていたら、雪華は自称花屋のコイツを突き落としていたと思う。

「ねえ、君は女の子?男の子?」

「女の子ですよぉ」

雪華はよくされる質問にめんどくさそうに答えた。

短すぎる黒髪や、あんまり丸くないこの体型が原因だろう。

「へー。ねぇ女の子、花とか好き?お兄さんは結構役に立つよ。」

「お花は好きですけど、そこはセッちゃんの場所ですぅ。どっか行ってください」

「厳しいね」

男は苦笑していた。

その横を雪華は擦り抜け景色を眺める。壮観な景色を眺めると、何故かいつも気分がスッと軽くなるので、雪華はちょくちょく高い所へ上った。

気付くと男は雪華を抑えるように後ろから手を回している。

単に雪華が風に煽られ落ちないように気を使ってのことのようで、危ないとも言わない男の行動を、雪華は少し気に入った。

人に敵意以外を持って触れられたのは久し振りである。

「お兄さん何でこんなとこに来たんですかぁ?」

「高い所が好きなんだよ。父に言わせると、それは俺が馬鹿だかららしいけど」

「お馬鹿さんですかぁ」

「弟に比べると…ね。うちの弟、俺が留年してるあいだに大学卒業してたよ。ちょうど君と同じくらいの歳かな」

雪華は左腕の時計を見た。

約束の時間に近い。

「じゃあお兄さん。セッちゃん時間ですからもう行きますよぉ」

「うん。…あ、もし君が一週間以内にまた俺にあえたらいい物あげるよ」

「お花ですかぁ?」

「そうだよ」

雪華は扉の所まで歩くと、男に向かって振り返った。

「きっと会えませんよぉ」

そう言い残し、くるりと身を翻すと、雪華は来た道を駆けて行った。

残された男はきっと苦笑していただろうと思う。これは一昨日の事だ。


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